1.マリアからレイラへ
ご覧頂きありがとうございます。
よろしくお願いします。
私は夢見る割には努力が嫌いな娘だった。
体を動かす事も、勉強をする事も。
毎日のんびり過ごせれば、それで良かった。
我が家は、ちょっとお金のある平民で、両親の仲もよく、私はこのまま暮らして行けると思っていた。
あの日までは。
その日、真っ黒な大きい馬車が家の前に止まり、私は一番良い服を着させられて、大きな屋敷に連れていかれた。
そして、その日から、私は両親の子どもではなく、見た事も無かった人達の子どもになった。
私が7才の時だった。
何度も家に帰りたいと泣いて、許されなくて。
繰り返すうちに、私もやっと理解した。
私はここから離れられないと。
3年後、弟が産まれ、家族の関心が私から離れた時には凄く嬉しかった。
ぷくぷくのほっぺも、キラキラとした宝石のような青い瞳もとても可愛くて、私は弟に夢中になった。
一生懸命本も読んであげたし、お歌も歌った。
少し大きくなれば、手を引いてお散歩も行った。
ぎこちなかった両親の事などどうでも良くなった。
弟に教えるために、勉強も好きになった。
乗馬や剣だって、弟といつか一緒にするのだと思えば、必死になれた。
弟の為にと頑張れば頑張るほど、いつの間にか、私は両親にあちこちの夜会に連れ回されるようになった。
面倒だったが、それさえ付き合えば、私は弟と過ごす時間を邪魔されなくなった。
弟は可愛くて、愛しくて、最高だった。
そんな私の毎日は、ある日突然終わってしまった。
弟の6才の誕生日。突然押し入った男達。
何が起きているのか分からないまま、私は剣をとって戦った。
護衛騎士達が倒した男達に縄をかけるのを見ながら、震える弟を抱きしめた。
その時、死んだと思っていた男の1人が立ち上がり、弟に向かって剣を振り下ろした。
咄嗟に動いた体は、弟を抱きしめ、覆いかぶさった。
背中に熱い痛みが襲う。
ああ、この子の大きくなる姿が見たかったなぁ。
これが私の最後の気持ちだった。
体が熱い。息が苦しい。
「苦しくて辛いのはもう嫌なの。私を貰って下さい。」
小さな女の子が泣きながら言った。
そう言われても困ると言えば、女の子は、私は魂の力が強いので、体も丈夫になる筈だと言う。
えーって思うけど、あんまりその子が真剣なので、頷いてしまった。
私は年下に弱いのだ。
彼女の体を貰ってしまった私は、新しい生を始めることになった。
レイラ・ベキャモント
それが私の新しい人生だった。
小さいレイラが言ったとおり、私はどんどん元気になった。16才で死んで、すぐに4才になって、違和感が凄かったけど、楽しい毎日だった。
心残りはただ1つ。私の弟が、あの後どうなったかだ。
きっと心優しいあの子は、私を探して泣くだろう。
「レイラ、お茶にしよう。」
「はい。お兄様。」
私のお兄様、レイモンド・ベキャモント、私の2才上で、今6才。
私は、レイモンドを見て、私が生まれ変わったのが、死んだ直後だと知った。
だって、私が死んだ頃、レイモンドは、まだ6才なのに、既にその美しさは有名だったから。
ベキャモントの薔薇。
そう呼ばれるほど、優雅で、美形。
幼くして床についた妹を思い、彼は毎日教会に通って、祈りを捧げていた。真剣に祈りを捧げる姿は、天使のようだとも言われていた。
その妹が、私だ。死なずに生き残っている。
そして、神への祈りが通じたと、お兄様は教会に通い、私を溺愛した。
お茶にしようと誘ってくれば、お兄様は私を抱っこして、テーブルに運ぶ。
テーブルに着けば、次はお兄様の膝の上。
私も弟を溺愛したから、お兄様の気持ちは分かる。
わかるが、自分がその側になるのはどこかむず痒い。
お兄様の溺愛を両親も当然と受け止めていたし、だんだんそんなものかと感じるようになってしまった。
朝のモーニングコールはお兄様、食事は3食お兄様と。
優秀なお兄様は私の家庭教師も務めて下さる。
私も弟の家庭教師をしていたので、その気持ちはわかる。でも、10才違いの私と、2才違いのお兄様とでは、違うと思うのよね。
それでも、家庭教師ができてしまうレイモンドお兄様は、本当に優秀だと思う。
そして、育った私達は、ベキャモントの白薔薇と赤薔薇と呼ばれるようになった。
この国には、有名な3つの家がある。
知のモルロワ
剣のサバティーニ
気のベキャモント
モルロワ家は代々宰相を排出する一族で、サバティーニ家は王国騎士団の騎士団長を代々務めている。
我がベキャモントはマナを操り、神力を操る一族で、魔導塔の長を務める。
そして、私の前世は、マリア・サバティーニ。
サバティーニ家の娘だった。
そして、愛する弟は、キース・サバティーニ。
現在、サバティーニ家のただ1人の子どもだ。