第45話<魔窟の王>
天井の岩肌がほのかに光る。幅広の洞窟は薄暗く、奥行きがある大きな空間であった。
その先、高い場所に人らしき影がうずくまっている。そいつはまるで、考える人の彫像のごとく固まっていた。
空間は静謐と思わせるほど音を感じない。俺の足音すら、どこかに吸い込まれているような静寂。自分がまるでこの世から、消えさってしまったようだ。
百メートルほど間をおいて俺たちは対峙する。俺の能力は高まり、相手は手を伸ばせば届く程に見えた。
「魔王……」
そう呟くが音にはならない。頭の中に響くだけだ。無のような空間で、悪魔は何を考えていたのか?
「やっと会えたぜ。待たせたな……」
その姿は悪魔そのものであった。俺のぼんやりとした記憶に基づいた悪意の塊。それが切り裂きの魔王だ。
「ここまで来るとは思っていたけど――」
悪魔はそびえる岩の上に、目をつむり何かを考えるように腰掛けている。そのままの姿で、俺に思念を送った。
「――本当に来るなんてね……」
「来るさ。このゲームをさっさと終わらせるためにな」
「く、くくっ……」
マントのように垂れ下がっていた鴉の濡れ羽が持ち上がり広がる。そして目を開く。
「音がないと不便か。人間たちの思念を受けるのには、邪魔なんだよ」
魔王が右手を上げると音が復活した。
「よく来たな。僕に勝てるのかな?」
「勝てるさ! 俺の力を見ていただろ?」
「せっかく作り上げた清浄な世界に侵入した細菌。なかなか強力なようだね」
「ぬかせ! ワクチンを打ち込まれて清浄に戻るのはこの世界の方だ」
浮き上がった魔王は、ゆっくりと着地する。獣のような人形、漆黒の羽。尖った耳に二本の角、そして牙。黒い髪は腰まで長い。
「姿を見ないと思ったら、こんな穴蔵に引きこもっていたのか? おまえは誰だ?」
「僕は人間そのもの。これは世界を支配する者の姿……」
「女ばかりを殺す、サイコ野郎が支配者?」
「ゲームが全てを現していた。見ただろ? 人の恐怖とは面白い。人間を分析するなら、生きたまま切り刻むのが一番だ――」
魔王はこの穴蔵に引き籠り、ゲーマーたちを観察していた。そして時には街に出て、切り裂きを楽しんでいたのだ。
「――ザカライアはその本質に気が付いた。そして取って代わろうとした。この魔王と。始末してくれて、感謝するよ」
「人の死を眺めて楽しむ同志だったな。お前たちは……」
「新しき世界、ネオフロンティアを作るための犠牲さ」
「何をわけの分からないことを。御託はもうたくさんだっ!」
右側の壁が突然スクリーンのように光った。一面に無数の画面が現われる。
「何だ?」
「真理の壁さ」
白い壁には様々な映像が流れている。それは人の争いの歴史であった。
「真理……」
遠くにいるが、魔王の声はまるで囁くように聞こえる。俺の耳のそばで、まるで息づかいが吹き掛かるような気味の悪い感触。
「これが過去の映像と思うのは間違いだよ」
殺し合い、戦争、革命、迫害、粛清。魔女狩りから強盗殺人まで、ありとあらゆる人の姿をした獣の所業。
「意味が分かんねえな」
「この世界から逃げ出し始めた人間の業さ。これは未練を映す鏡……」
「未練だと?」
俺のはらわたは煮えくり返っていた。苦しんだ多くのプレイヤーたち。こいつが全ての元凶なのだ。
それをこいつは、人間の業に責任転嫁しようとしている。
こんな世界に仕立て上げた張本人が、人間のせいにしようとしている。
「まさか聖女がこの世界に来るなんてな。あの女め……」
「あの? 知っているのか?」
「邪魔してくれた駄賃にさんざん切り刻んで、犯してやった。けど――」
「クソ野郎が」
「――僕だけじゃないさ。帰りがけに参加してくれた、ゲーマーの悪意がいっぱいいたよ。まるでそうしなきゃ損すると思ってるみたいにね。我も我もって」
「貴様――」
「それが人間だ。いい加減目を覚ませ、勇者さん。聖女を犯すなんて一生の思い出だ。皆に良い思いを作ってもらえて、僕も嬉しいよ……」
「悪魔めっ!」
「これが真の人間なんだよ。君がまがい物なのさ」
目の前の悪魔の笑いに、苦しみもだえるクリスタルの姿が重なった。
「しぶといね。正気を保って帰って行った。そんな女さ」
「ぶっコロしてやる……」
「そう、それが人間さ」




