第42話<聖女の友人>
呼び出しがあり、俺は王宮の聖女を訪ねる。クリスタルは城に閉じこもっていた。
「こんな所に一人で暮らしていて、寂しくはないのか?」
高いドーム天井には水晶が光る。つらなる大きなガラス窓からは、眼下に街が見えた。
赤い絨毯の先、黄金の椅子に聖女は腰掛けている。
これが映画なら、両脇にズラリと家臣団、騎士たちが居並ぶ光景であろう。
「わたくしはいつもそうですから……」
つい嫌みを言ってしまった。俺も同じだと苦笑し、クリスタルに歩み寄る。
「いえ、一人ではありませんわ」
俺は視線の先を振り向く。通路への入り口で、一匹の三毛猫がこちらを見ていた。そしてさっと走りクリスタルの膝に飛び乗る。
「私が子供の頃に亡くなった飼い猫、名はヘイゼルです――」
現実で失った思い出を再現できるのがこの世界だ。フロンティアには、様々な可能性がある。
「――またこうして出会えるとは思いませんでした」
額を撫でてから、ひっくり返った猫のお腹を触る。ヘイゼルは気持ちよさそうに身を震わせた。
「このような技術は、すばらしいとは思いませんか?」
「思うさ。たかがペットの話とは言わないよ」
「だからこそ、たかがゲームで終わらせてはいけないのです」
「たかが、ではないだろう」
「そうですわね。失礼いたしました。ゲームも猫と同じくらいに大切なものだと、理解はしているのですが……。分かり合えないからこそ、こうやって争いも起きるのですね」
「一人ではないか……。こちらも失礼したよ。君の大切な友達なんだな」
「この事件を解決できなければ、この技術は潰されます。それは絶対に阻止しなければならない。誰が潰したいと思っているか分かりますか?」
またクイズである。俺はそんなこと、考えたこともない。
「さあ? 類似の技術を開発中、完成間近、って感じの奴らかな」
「どうでしょうか? 社会が激変しかねません。変化を嫌う人間は、どの時代のどの世界にも大勢おります」
「くどいが、俺はただのゲーマーだ」
「そうでしたわね」
クリスタルは小さくため息をつく。俺はこれ以上巻き込まれるたくはないと思っていた。係わるのはゲームの世界までだ。
「先日のマップデータは大変参考になりましたわ」
「知っているのか?」
「ええ、この世界で起こっていることは、大概分かりますので」
ヘイゼルは飽きたのか、むずがりはじめる。膝から飛び出して俺の足元に擦り寄った。
ニャンだニャンだと言いたそうだ。
「勇者に協力を求めます」
「そちらの手勢でやればいいだろ? 俺は忙しいんだ」
正直に言って、俺は行き詰まっていた。次の一手が見つからない。ラスボスは魔王なのだが、手掛かりすら見つからない。
どこにいるかも分からないし、何をやっているかもだ。時間はハッカー側に味方する。
「ワクチンプラグラムの起動はフロンティア社の仕事ですわ」
『その通りだ。しかしそれはメインプログラムに打ち込まなければ、効果は薄い。その場所が分からないのだ』
「それが最優先事項だろ? だから俺たちは探している」
「場所は私が特定いたしました」
「何だって! どうやって――」
チートを使って駆けずり回って、それでも俺たちは行き詰まっていたのだ。
「それが聖女ですから。私のプログラムとは呼び合うのです」
『あらかじめ感染させ、抗体を作っていたのか!』
「それで魔王は私を虜としました……」
クリスタルの話はよくわからない。つまり聖女は、今この世界を侵食しているウィルスプログラムにすでに感染し、そしてワクチンを作り上げた。そのためにあえて、魔王に捕らわれていた、ということなのだろうか?
「皆はここから脱出できるのか?」
『魔王はなぜ阻止行動をとらないのかな?』
二人同時に、質問攻めにしてしまった。クリスタルは立ち上がる。
「脱出できます。それから魔王はこの計画に、さほど興味は持っていなかったのか、なくしてしまったのか……」
俺は首をかしげた。
ハッカーたちを操っているのは魔王だと思っていたが、互いに似たような目的を持ち、ただ共闘していただけなのかもしれない。そんな気がしてきた。
「場所はどこだ?」
「ここです」
「はあ?」
「城です。ここの地下が不正プログラムの魔窟となっております」
「灯台下暗しかよ……」
確かに盲点だった。使われていない城は完全に封鎖されていたはずだし、何より街の中心だ。
『この私が、気がつかないとはな……』
「追記したマップを表示いたします」
先日と同じようなCG映像が浮かぶ。そしてその下には、初めて見る空間が広がっていた。
「しかしなぜ、こんな分かりやすい場所に……」
「魔王の正体はゲーマーの一人、つまり街の住人です」
「だからこの街に! 他の場所じゃあ誰か絞り込まれるからな。確かに……」
「事件が起こる前も、時々この王宮に侵入し地下への経路を探していたようです。そしてその方法を見つけた」
迷宮深部であれば行ける人間は限られている。怪しまれる場所は、あえて避けだのだ。だからここだった。
「容疑者は街の全員か……」
魔王は城の下にいるかもしれない、いないかもしれない。いたとしても、すぐにどこかへ逃げてしまうかもしれない。街のどこかにいるのかもしれない。
「もはや誰でもかまいません。わたくしたちは、少しずつでも進みましょう。捕らわれたゲーマーを救い出すのが、やはり第一の目的です」
「しかしヤツを野放しにはできない。切り裂きの魔を拡散させているんだ」
「ならばあなたがそれをおやりなさい。それは、わたくしの仕事ではありませんから」
「……」
「プログラムを起動させれば、強制ログアウトが始まります。わたくしは皆を先導し現実に戻らなければならないのです」
「後は俺に任せてもらおうか。探し出しさえすれば、俺が魔王を倒してやる」
「あなたこそが、この事件の切り札なのですよ」
クリスタルの目が見開かれた。美しい瞳だった。キラキラと輝く泉の瞳だった。
俺の心は思わず吸い込まれる。これはゲーム特有の現象だとは分かってはいた。
「何か?」
「い、いや……」
心奪われた。魅了されてしまった。
上手く表現できないが、魂の一部が抜かれるような感覚。これがステータス聖女の力。
「スキルなのですよ。ゲーム世界に君臨する力……」
クリスタルはこちらの心理を察して答える。
「<メシア>なんて名乗っているが、ヤツらあんがいバラバラなのかもな」
俺は話をはぐらかす。
「あと少し調べます。今しばらくお待ちください……」




