第37話<聖女の近衛>
聖女クリスタルは再び歩く。そして森の外に立ち草原を見つめた。
何を考えているのか、何をやろうとしているのか分からない。俺にはただ待つしかなかった。しばしの時が経つ。
「準備が整ったようですわ」
聖女は両手を掲げた。通常よりも大きな光球が出現し渦を巻く。
『転送回廊が展開する』
「敵か?」
『いや、人間だよ』
数名がこちらの空間にやって来た。そして迎えるように一例に並ぶ。
「クリスタル様。お迎えにあがりました」
「こいつら……」
先頭はあの少年、エリオットだ。全員がそろいの制服のような衣装を着ている。
整列はまるで憲兵式のようで、その前をクリスタルは優雅に進んだ。
中央付近で向き直ると、全員が見事に敬礼する。
「これで全員ですか?」
「いえ、他を含めて総勢四十七名です」
「結構です」
「何者なんだ?」
クリスタルは俺の方を向いた。エリオットは俺がいると分かっているのに、正面を見たまま微動だにしない。
「陸自サイバー戦の特集部隊です。この日に備えておりました」
『そうだったのか……』
「知ってるのか?」
『ゲーム内に留め置かれている隊員を強化できないかと相談を受けた。今作業中だよ』
「あなたの街への移動は、新たな回廊を作り出さねばなりません」
クリスタルは一呼吸置いた。少し目を細める。
「ユーシ、助けて頂いたことには感謝いたします」
そして左手をかざした。もう一つの回廊が渦を巻く。
「あなたの街の近くに移動いたしますわ」
「あんたらはどこに行くんだ?」
「街の中心、城に――王宮に入ります。わたくしのために用意された場所です。では……」
主不在の王宮に、初めて王が入城するのだ。
一団は俺を残してさっさと消えた。一人この場に残される。
『役者がそろったね。次の段階に進もうか』
何が何だか分からない。釈然としないが、俺は気持ちを切り替える。とにかく仕事が一つ終わったのだから――。
「ああ、次は何をやるかだ……」
『ワクチンの件は、当面彼らに任せても良いだろう』
「そのあいだに、こちらは因縁を斬り飛ばそうか」
因縁とは個人的な話だ。いや、この事件に深く関わる話なのかもしれない。リッパーとの決着だ。
「借りは返すぜ。ザカライア」
目の前の脅威を一つ一つ排除する。それが今の俺にできることだ。
「ゲーム自体をなんとかしようと思っていたけれど、今はプレイヤーを助けたい。ゲームがなくなっても皆が生還できれば、同じ世界をまた作れるさ」
『君はよくやってくれているよ』
聖女クリスタルに言われ放題だった俺を、プロフェッサーは慰めてくれた。
「人の評価は色々さ」
◆
ヒナが追跡のスキルを続けてくれていた。
そして盾の団の協力もあり、街に出没していたリッパーの潜伏先について、おおよその見当がついた。
未確認の、おそらくは事件が起こってから作られたであろう、新たな迷宮の開口部が発見されたのだ。
盾の団のメンバーと有志による封鎖が行われ、いよいよ俺に突入の指示が出た。
俺たちは城壁の上に立ち、その方角を見ていた。はるか遠くまで深い森が続く、魔獣と怪人が跋扈する危険地帯。
かつては平和の森だったが、今や街の周囲は難易度の高い地域となってしまっている。
「私も行くわ!」
「ダメだって……」
「あなたって、いつも私にはダメダメって。私ってそんなにダメ女?」
別にエイミのことをダメと言っていないのは、本人も分かっている。そのうえで俺に絡んでいるのだ。
どうやら、気に入らないことがあるらしい。
「そうじゃないって。あいつは、お前を狙ってるんだ。獲物がのこのこ行ってどうするんだよ」
「そうだけど……」
『座標は確定した。これで追跡できる』
「良かった」
ヒナはほっとしたように息を吐き出して魔導書を閉じる。
『よくここまで使いこなしたよ。たいしたものだ』
「なんとか、です……」
そして少し照れた表情になった。
「俺の仲間は優秀なんだ。ギグは何から何まで一人でやらなきゃならない。そのへんが仲間同士で楽しくやってるのとは違うんだよな」
今やエイミも以前と比べ、ずいぶんと力を上げていた。
『ユーシを誉めたわけじゃないよ』
「この人は私を誉めたことはないのよね」
「そうか? 今度いくらでも誉めてやるぞ」
エイミは顔を伏せてから、少しためらうような仕草を見せた。そして顔を上げ、俺を見つめる。
「どうした?」
「ザカライアを殺してやる、って言ってたわね」
「……」
「私が死んでも、そう言ってくれる?」
あの時に、俺が口走ってしまった言葉だ。
「……言うさ」
ザカライアがどれほどに執念深いか、俺はよく知っている。エイミは未だに、常に狙われ続けている獲物なのだ。




