第26話<事件内の日常>
俺とエイミ、そしてヒナの三人で街の通りを歩く。見る限りでは街中は安全地帯のようだ。
「ねえ、私の今の状態ってどうなの?」
「昏睡状態さ」
「それはそうでしょ! 具体的には?」
「個人情報だな。俺は一般論しか聞かされていない」
「イケメンの看護師さんが世話してくれてたら良いのにね」
「知らないよ……」
エイミはあえて明るく言った。女子ならば知りたい情報だ。
「とこで、どこに行くんだ?」
「宿よ」
「宿?」
「今の私たちは、夜をどこかで過ごさなければならないのです」
「そう、今までの現実の部分を、こちらでは寝るのね。もうゲームの中に引っ越したみたいよ」
俺たちは路地に入った。そして石造りの建物の前で止まる。
「ここに住んでいるのよ。さっ、入りましょう」
最上階の三階まで上がり、そして一室の扉を開ける。ベッドが二つ並んでいた。
「こんな部屋があったんだなあ」
今まで宿は、ゲームに不要の存在であった。
「うん、生産スキルを持つ人たちが、あっちこっちの建物を改修しているの。よく考えたらこの世界って、使われていない建物がいっぱいあったでしょう」
「確かに」
運営は街の体裁を整えるため、多くの建築物を設定している。しかし、その数に対してプレイヤーはまだ少ない。将来はもっと賑わうと予測して、器だけ大きく作っているのだ。
中心部にある城の王宮にしても、まだ無人なのだ。そこへの立ち入りはゲーム上、できない設定になっている。
「ご飯は食べられるけど、お風呂がね。ここにはそんな設備は無いのよ」
「ゲームには元々そのような設定はありませんから。泉で水浴びぐらいはできるのでしょうが、城壁の外はとてつもなく危険になっています」
CGのポリゴン体は風呂に入る必用などないが、習慣の欲求が叶わねばそれはストレスとなる。
「なんだ。風呂が恋しいなら、妖精の泉へ行こうか?」
「今は転送回廊もめちゃくちゃなのよ。試したけど無理だったわ」
「危ないだろう。無茶するなあ……」
「安全を確認しながら慎重に確かめたのっ!」
「何の話ですか?」
ヒナは昔の事情を知らない。エイミはかつて俺との共同クエストで手に入れた山荘の話をする。
「別荘を所有しているなんて凄いですね」
「いやいや、現実的には使い道なんてあまりないんだよ」
二人とも元気そうに振る舞ってはいるが、さっきの戦いが脳裏をよぎった。彼女たちがやっているのは、もはや殺し合いだ。
気分転換が必要であろう。
「大丈夫だ。プロフェッサー、できるかな?」
『可能だ。君の記憶を探る』
部屋の中に転送回廊の光が渦巻いた。
『さぁ、つながったよ』
「よし行こうか」
俺たちは光の中へと入った。部屋から好きな場所に移動できるなど、チートは便利すぎだ。
◆
「懐かしいな……」
その場所の思い出が、もうずいぶん昔のように感じた。
「ええ、昔のままでよかったわ」
このような混乱の中でこの場がどうなっているか不安であったが、ハッカーたちもこんな辺境までは手を加えなかったようだ。
山荘の中も、以前と同じままである。
泉もそのままだが、妖精たちの姿は見えない。
「何も――、誰もいないなんておかしいわよね」
「どうかしたんですか?」
「以前は必ず妖精が入っていたんだ」
ゲームの負荷を抑えるために、魔王にとって必要のないキャラクターは活動停止とされているようだ。妖精もまた、この事件の犠牲者である。
「会いたかったです。妖精なんて見たことがないですから……」
「まあ、今日は温泉だけで我慢しよう。俺が周囲を警戒するから先に入ってくれ」
「分かった。悪いわね。覗いてもいいのよ?」
「……遠慮しておくよ」
森の奥まで入って警戒をするが、特に気配を感じない。静か過ぎる位だ。
ゲームが魔王の支配下に置かれて、戦いが起こるのは人間のいる場所、街の周辺ばかりとなっているのだと思った。
勝手知ったる洞窟の中に入ると、昔はあった妖精の亡骸が消えている。こんなものまでハッカーたちは消し去ってしまった。
問題はなさそうなので、俺は来た道を引き返す。
『ここでのいきさつは知っている』
「そうか、あの頃はなんだかゲームが楽しかったよ」
『最近はつまらなかったのかい』
「いや、そんなことはないのだけれど。なんだかなぁ……、俺の身勝手な感情だ。自分でもよくわからないな」
とごまかした。グチの聞き相手になってもらうのは悪い。
山荘に戻ると、湯上がりのヒナがいた。
「早いな」
「お先です。良いお湯でした。先に帰ります。お二人はどうぞごゆっくり」
「気を使わなくても良いんだぞ?」
「いえ……、エイミはあれでもかなり参っています。泊まられてはいかがですか?」
「そうするか。久しぶりだな」
ヒナは魔導録を開く。そして自分で転送回廊を作りだした。
『これは凄い。街の部屋まで繋がった……』
「ヒナは優秀な賢者で魔法使いなのさ」
「一度使った回廊を記憶させるのです」
◆
「なんでこんなクエスト受けたの?」
「成り行きだ。個人的な理由もある。適性があると言われたよ。それに、やっぱり仲間を助けたいと思ったからさ」
「報酬はでるの?」
「でるよ」
「なんだ、それが目的じゃない」
「もちろんさ、俺はゲーマーなんだから」
二人っきりで過ごすのは、久しぶりだった。




