第25話<フロンティアの状況>
エイミは倒れたプレイヤーの傍らに跪いていた。その男は血まみれで、すでに腹ワタが飛び出している。もう、長くは持たない。
「すげえ、本物のエイミだ……。俺ファンなんスよ……」
「しゃべらないで」
「マジで痛いッス。俺、死ぬんですかね……」
「まさか! ちょっとのあいだ眠るだけよ。すぐにあっちで目覚めるわ」
「今度、握手会行き――ます……」
「待ってる」
エイミはその男にすがりついた。涙がこぼれ落ちる。
プレイヤーは息を引き取り、そしてポリゴンとなり消える。
「エイミの親衛隊ですよ」
俺の傍らにエリオットが来ていた。
「親衛隊?」
「エイミを守るプレイヤーの集まりです」
「だったらお姫様は一番後で、おとなしくしてればいいんだよ……」
「人気者が先頭に立ってこその結束。士気が高まります」
「戦争じゃあるまいし――」
この世界はそこまで追い込まれているのだ。悪手だが仕方なしなのだろう。
「――いや、エイミを守ってくれて感謝する」
「別に、あなたのためではありません。各自の判断ですよ」
俺はへたりこんだままの、エイミの後ろに立つ。
「食事、悪かったな……」
振り向いたエイミは、まるで幽霊でも見るような顔だ。まだ頭が混乱している。
そして俺だと気がついた。立ち上がる。
「今までどこにいたのよっ!」
「すまない。ログインできなかったんだ」
「ばか……」
そして俺に思いっきり抱きつく。
「早く服を着ろよ」
「うん……」
互いにそうは言ったが、俺はエイミの華奢な体に両腕を回す。しばしの時が続いた。
「ユーシ、驚きました」
ヒナがこちらに駆けて来た。また一人、仲間が無事でホッとする。
「良かった――、突然いなくなって悪かったな」
「いえ、あの魔法はいったい?」
「うん、このゲームじゃあチートだな。後で説明するよ」
「はい」
クレイグが周囲の人をまとめながら移動している。
「全員城壁まで戻って待機だ! 斥候隊は俺に続けっ」
そして俺の前まで来た。まずは説明をしなければならない相手だ。
「今までどこにいたんだ?」
「奈落墜ちしてアク禁をくらってました。運営から強制的に送り込まれたんですよ」
「なんだって? 話は後でゆっくり聞かせてくれ。森の様子を見てからギルドに戻る」
「はい」
やはり盾の団は頼りになる存在だ。副団長のハリエットも別の隊を率いて森に向かう。
「メルヴィンを見掛けたか?」
「あれ以来、見てないわ」
エイミは首を横に振る。あれとは魔王出現のイベントのことであろう。
「混乱の中で街を出たプレイヤーも多いのですよ」
ヒナが補足する。俺のように、たまたまログインしていなかった場合もあるだろう。
ギグの鏡のような男だ。そして強い。単独で、どこかで行動しているのかもしれない。心配などは不要であろう。
◆
「――というわけさ」
俺はギルドの待合いで現実での経過を一通り説明した。ギルド職員と集まったプレイヤー、そして中に入りきらない者が通りに溢れている。
「つまり私たちは助かるの?」
「ああ、そのために俺が送り込まれた」
エイミの問いに答えると、大歓声が上がる。現実の世界に戻れずゲームに閉じ込められた彼らはさぞや不安だったに違いない。
「ただし皆の協力が必要だ」
「もちろんよ」
「それに全員の帰還は、全て上手くいった場合だ。確率的に犠牲者はでると思う」
「分かっているわ」
あっさりと肯定されたのは意外だ。
「もう死んだプレイヤーも大勢いるの」
「彼らは、現実ではどうなっているのですか?」
「いや、俺は知らされていないんだ」
場がざわついた。ここはバラすべきである。
「プロフェッサー! 情報開示を求める。できるか?」
『音声を公開に切り替える。可能な限り要望に応えるのが私の仕事だ』
「え? 声?」
ヒナがキョロキョロと周囲を見回す。皆も同様だ。
「現実で俺をサポートしてくれている仲間だ。続けてくれ」
『百数十名が脳波微弱の状態に陥っている。助かると推察する』
それはこちらの世界で、死を迎えたと思われるプレイヤーの数だ。
『全てが専門の医療機関に運ばれている。集中治療の体制もできている。政府は先ほど、全力の支援を発表した』
全員にほっとしたような空気が流れる。
「魔王の言っていた話と、ほとんど一致するわね。あいつら、隠すつもりはないのかしら?」
「秘密にしなくても、目的を達成する障害にはならないんだよ。あいつらの目的は、表面上は金だけだ。しかし他に、何かがあると俺は睨んでいる。それが何か探す。そして脱出用のワクチンプログラムの始動、それが俺の目的だよ。とにかく皆を助ける。これ一点だ」
場はザワついた。それらしいことは言ったが、確定的な話は何もないのが現状だ。
「汚ねえ……」
「お、おい。よせって」
どこからか、そんな会話が聞こえた。
言いたいことはわかる。皆の状況は変わらないが、俺はいつでもログアウトできる安全圏内だ。
「ユーシ、気にしないで」
「分かってる……」
小声でエイミが気遣ってくれるが、皆無言で顔を見合わせたり、首をひねったりしていた。気まずい沈黙が流れる。
「情報提供はギルドで集約いたします。魔王と、そしてザ・リッパーのついての情報、事件に関する全てについての報告は義務といたします。もちろん報酬はお支払いします」
振り向くとアイヴィーが受付カウンターからこちらにやって来る。
「現実の方にはメリッサがいたよ」
「それはよかったわ。私がここのギルドマスター代行になります」
「うん」
『選手交代だよ。ちょっと待ってくれ』
プロフェッサーケイが、マイクを隣の人物に切り替えるようだ。
『メリッサです。私は現実世界からそちらへ行けませんから……』
「マダム!」
『あなたがいてくれたのは幸いですね。緊急事態マニュアルの解除をこれからおこないます。内容を確認してください』
「はい、マダムメリッサ」
『よろしく頼みます。マスターアイヴィー、全権はあなたにありますから』
昼も夜も共に働く二人は信頼感を共有している。
そしてアイヴィーは俺に街の状況を改めて説明する。ずっとこのように一進一退の戦いが続いているそうだ。
「レディ・ディーバも営業中よ」
別れ際、アイヴィーは小声でそう言った。
今日のところは、これで解散となる。ギルドの外にはまだ大勢のプレイヤーがいた。
皆が俺に期待してるかと思いきや、大半がうさん臭そうな目でこちらを見ているだけだ。
もちろん俺の顔や名前を知っている者もいるだろう。ギグのユーシ、そいつがめちゃくちゃ強くなって偉そうにやっている。
気に入らないと思うやつだって、絶対にいるだろう。
とにかく俺たちはその場を離れる。そして俺は上空から見た、人間の軍勢を思い出した。
「プレイヤーの数が少ないようだが……」
「そうなのよ」
「人間とは嘆かわしい存在です」
「?」
エイミは苦々しく言い、ヒナは唇を噛んだ。
「魔人の側に行ったプレイヤーが大勢いるの。なんで今までの敵側になるのかしらねえ……」
「そうか……」




