第16話<死線との戦い>
迷宮最下層、奈落。
俺はあいも変わらず小物の群れと格闘する。付き合いが長くなり、親しみがわいてしまわないか心配なくらいだ。
体中を小刻みに切り裂かれ、体力のバーはじりじりと減る。
こいつらを倒しても、ポイントは加算されないしドロップアイテムなどもない。
一息ついて傍を見ると薬草が生えていた。
それを鷲つかみに千切り採り口に押し込む。若干であるが体力のバーが回復するが、まだイエローだ。本来は魔法スキルで大量の薬草を生成し飴玉の形にするのだが、俺にその力は無い。
必死の戦いで、何とか新たなセーブポイントを確保した。
今日はもうこれくらいと思いつつ、偵察も兼ねて先へと進む。
衣服は千切れかかり、体中に刻まれた傷からは血液が滴り落ちる。俺は抜き身の剣を握り、周囲を警戒しながら慎重に進んだ。
「もうかよ……」
まだたいして進んでもいないのに、ボスキャラが現れた。巨大なウルスだ。
そいつは俺を迎え撃つように二本の足で立ち上がる。
「勝てる気がしないぜ……」
体力魔力ともにイエローゾーンだ。俺はどうしてやろうかと考えながら、上唇をなめた。
そのモンスターウルスの後方には薬草が大量に生い茂っている。全く厄介なゲームであった。飴玉とムチを目の前にして、明日への持ち越しはないであろう。
「行くぜ」
やるしかない。俺はモンスターウルスに向かって突進、跳躍して剣を打ちかける。牽制用のいくつもの旋風が四方に飛ぶ。
熊は右腕で防御し火花が散った。俺の脇腹を狙い左腕を振るが、器用にかわし側面に着地する。そしてすかさず薬草をつかむ。逃げ方も上達したものだ。
「まったく、情けないっ!」
熊は俺にのしかかるように攻撃を仕掛ける。背中を爪で引き裂かれ、のけぞるように地面を転がって避けながら、口に草を押し込む。散々倒してきた、リエーヴルになった気分だ。
旋風が暴れるように突っかかるが、モンスターウルスは何も感じない。
「鈍感ヤローめっ!」
俺は体を起こし、熊の足に剣を叩きつけるが全く効果がない。黒い剛毛はまるで鋼鉄のワイヤーだ。
そのままその足に蹴り飛ばされ、俺は壁に激突する。さらに薬草を採り、後方に回りつつかじりついた。
ぶっとい腕の攻撃をかわしつつ、更に薬草をつかみ取る。美味くもない草を無理矢理腹に押し込むと、二本のバーはグリーンへになった。
「いつまでもギグじゃ通用しないわ。私と組めばもっとうまくできるのよ」
俺はいつだったか、エイミに言われたセリフを思い出す。
「そんなこと分かっているさ」
こんな時だけ都合よく思い出すなんて、まったく俺は最低の男だ。
確かにゲームは急激に変貌してきていた。たった一人で、なんとかなった世界は変わり始めている。
「違うんだよ。一人でやるから意味があるんだ」
親のすねかじりの、ささやかな意地であった。バカな男の典型である。俺は逃げ回りつつも、何とかすべての薬草を採取し、セーブポイントへと撤退する。ボスとの対決は明日へ持ち越しだ。
◆
ログアウトのあとは、情報集めだ。ネットの噂もダテではない。既に奈落墜ちし、俺の先輩になったプレイヤーたちが何人もいる。
面白い記述をいくつも見つけた。
水晶に閉じ込められている美女を見た。
「ゲーム的には、確かにありがちの設定のような気がするけどなあ……」
パーソナルモニターには、ステータス聖女と表示された。
「そんなステータス、聞いたことないぞ」
脱出のカギに違いない!
「何で分かるんだ?」
これらの書き込みは、複数人によるもののようだ。奈落墜ちの途中、視界の中でそのような物体を見たとある。
奈落でモニターを開くと、聖女と表示されたのだろうか?
俺は死んじまったが、いつか誰かが攻略してくれることを願う。
あれは絶対無理ゲー。だけど、きっと何か方法があるはずだ。それが聖女だ、多分。
俺のアイテムも残っているはずだ。使ってくれ。頼むぞ。
と、声援のような書き込みも多数あった。
俺はエイミのSNSを開く。最近の更新はない。もちろんゲームのダイレクトメッセージへの返信もなかった。
どれほど忙しいかは分からないが、こんなに重要な話なのに短い返信くらいできるだろっ! とイライラした。
トップページのアイドル画像は、普段ゲームの中で見るエイミと同じ姿だ。眺めながら画面をスクロールする。
紹介されている画像は笑顔や不満げに頬を膨らました顔、深刻そうに悩んだ顔など、アイドルの営業コンテンツだ。
普通はそう思うだろう。しかし、俺は知っている。これは普段のままの、素のエイミそのものなのだ。
今ごろエイミは何をしているのか? 続いて名称エイミのフォルダを開く。そこには様々なエイミ画像が保存されていた。
どこで撮ったのだろうか、南の島のビーチで開放的な水着になり、はしゃぐエイミの姿がある。
これで女を売っているなど、他人を批判するのだから、まあ、エイミらしいというかだ。他にも水着画像はたくさんある。
俺は一人暮らしの年頃男子。仙崎勇士だ。




