第15話<現実の生活>
あのタグが人間にまで出回っていた。もしくはザカライア自身が、どこからか手に入れてバラ撒いていたのかもしれない。
悪い予測が当たってしまったのだ。
「やられたな――」
現実の世界に戻り、俺はベッドから起き上がってヘッドギアを外す。
窓の陽光はもう薄くなっていた。休日の昼から始めて時間制限、目一杯にプレイした結果だ。
「――今更か」
これからの対策を考えねばならない。とはいえ、そうそうこの窮地を脱出する妙案などはなかった。
ゲーム機、通称ブラックボックスの上にヘッドギアを置いて電源を落とす。続いてノートパソコンを起動し、冷蔵庫のお茶を一気飲みした。
「ふう……」
ゲームの時間に睡眠の要素はない。体は休まるのだが、脳はフル回転し細胞を酷使しているからだ。
優先的にやるべきことがある。俺はフロンティア・オンラインの公式ページを開いた。ダイレクトメールをクリック、運営に注意喚起のメールを送る。
更にグループフォルダ内にあるエイミの名をクリックする。ザ・リッパーの正体はザカライア、お前を狙っているから気を付けろ! 俺は奈落に墜ちた、と書き込み送信した。
我ながら迂闊だったと反省する。絶対に怒られるであろう。
ザカライアが怪しいと思ったなら、自分で確かめるより先に、ギルドなりに相談すれば良かったのだ。
「ギグか……」
エイミが心配であるが、ギルドは動いてくれるだろう。何より盾の団の中にいれば完全だ。その名はダテではない。
ログインしなければ心配も何もないのだが、あの性格ではそれは望めない。俺の「仇を取ってやる」だのなんだの言って、張り切ってゲーム世界にインするはずだ。
続いて一般ネットにアクセスし、迷宮の情報を集める。
「しばらく真面目にやるか」
学校行ってる? 俺はエイミの言葉を思い出した。
◆
翌朝、俺はガラにもなく寝汗をかいていた。シャツが湿っている。
危機の連続の後、脳がまだゲームから完全に脱出していないのに睡眠に入ってしまった影響があると言われていた。
パソコンを起動してエイミからのメッセージを確認すかるが、返信はまだない。
「忙しいのか……」
互いのプライベートはよく知らなかった。それにエイミは社会人だ。
右下の時刻を確認して、電源を落とす。シャワーと簡単な朝食を済ませた。
俺は真面目に学校へと向かう。まるでお袋が色々とうるさいからだ。
いや、自分のためだ。
まったくもって退屈な授業を真面目に受けて、昼飯時にカフェのテラス席でこれからどうしようと考えていた。もちろんゲーム世界の話だ。
ここの支払いはゲームで稼いだポイントを電子マネーに変換して支払った。ゲームの協賛集合体は、学び舎まで浸食しているのだ。
こちらの残金もほぼゼロとなってしまった。
「まいったよなあ……」
ゲームのポイントは、着実に社会に広がり始めている。そして俺は、それを稼ぐ手段を失っている状態だ。ここからしばらくは、現実の世界でも貧乏暮らしが続く。
こんな時に奈落行きとはつくづくついていない。いや、くどいが俺のミスである。
「どうしたのかな? 暗い顔して」
「先輩……」
その女性は、コーヒーのカップを持って俺の前に座る。
「先輩は止めてよ」
知り合った頃は敬意を込めて先輩と呼べと言っていたのに、今は違うと言っている魅力的な女性だ。
「じゃあ、多岐さん」
「よろしい」
彼女は多岐真佳奈。大学の先輩であり、フロンティア・オンラインの参加者でもある。ゲーム名はライラだ。
「彼女と喧嘩でもしたの?」
「彼女じゃないですよ」
「そんな言い方は良くないわねえ……」
よく言うな、の感情が奥底にわき起こる。難しい顔をして座っていたむくいだ。
俺としては、ゲーム内の噂話を否定するしかない。アイドルのためにもハイそうです、とは認められない。
「実は……」
俺は奈落墜ちの事情を話す。もちろんリッパーについてはなしだ。この件の周知はギルドからのアナウンス一本に絞った方が良いだろう。
ボーイッシュな髪型。勝気な表情。それにこの人に話せば「私が仇をとってやる」と言い出しかねない。
こちらもリッパー好みの魅力的な獲物である。
「そうかあ、私の知り合いに奈落の経験者はいないのよねえ」
彼女は大学のサークル仲間とパーティーを組み、フロンティア・オンラインを楽しんでいる。典型的な普通のプレイヤーだ。
「まあ、ダメなら死んで一ヵ月のアク禁ですよ」
「それも仕方ないのかあ――。クリアしたら英雄よ。ギグのユーシが、また有名になるわね」
「ポイントにはならないし、あまり目立ちたくはないよなあ・……」
「彼女のためにもね」
「彼女じゃないって」
お袋もそうだが、俺の周りには世話好きが多い。本当にお袋だらけだ。




