第1話<日雇い傭兵>
この世界に青い空はない。
薄ら寒い半導体の光が見本となった、輝く水晶に覆れる巨大な地下空間の天井。
それが空の代わりだ。
だから、こんな場所であっても人々は――、このゲームのプレイヤーたちは、ここを地上と呼んでいる。
「そろそろね。警戒しましょう」
「了解だ……」
現在の活動地域は、東京都の某区二つ程度とアナウンスされていた。
その巨大空間、蟻の巣のような穴蔵で欲望のまま戦い遊び金を稼ぐ。
それが俺たち<フロンティア・オンライン>のプレイヤーだ。
俺は隣の相棒をチラリと見てから、前方に目をこらす。
敵の気配を感じて集中した。
岩肌の天井からは一部水滴が落ち、森のように木々が生い茂る。
その奥の茂みから蠢く集団が姿を現した。
ゲームの獲物、俺たちに狩られる存在程度であるが反撃する牙は持っている。
敵はゴブリンの群だ。
それは伝説上の怪人で、初心者であればその醜悪さにスリルも感じ倒せば達成感を得る。
ベテランであれば、偶然なるご褒美を期待するだろう。
これはまさにゲームなのだ。
見える個体は馴染みの姿とは少し違う。
調整され、いくつかの魔獣が混ざり魔人体に進化しつつある。
このゲームの、オリジナルゴブリンであった。
「お出ましね……」
「ああ、予定通りさ。どうすれば良い?」
俺は剣を抜いて戦闘に備えた。
傭兵稼業の雇い主は上着とパレオを脱ぎ捨てる。
同じく武器を抜き、戦闘態勢をとった。
ヤツらは奥の、おそらくはその先の洞窟から、雑多な得物を持って、わらわらと出て来る。
「ちょっと多いかしら? さて……」
深紅の女剣士は、敵を数えながらしばし考えた。
小さな唇を真一文字に結び、前方に真剣な眼差しを送る。
その横顔に、俺は一瞬吸い込まれそうになる。
ファンタジーゲームならば、このような少女が怪物と戦い、そしてピンチになり俺のような主人公に助けられ一目惚れする。
しかしここはゲームであってもリアルだ。
彼女は俺に命令し、そして俺は金銭を対価にさも当然のように助ける。ゲームは現実となり、ロマンはただ失われるだけであった。
しかし人はそれに馴れきり、それを当然だと思っている。リアルこそが最高のエンターテインメントなのである。
「適当に戦ってから、中央を突破して奥を目指して! ボスキャラがいるから、そいつが出たら相手をしてね」
干渉にひたるのは一瞬で良い。対価のために戦う人はすばらしい。それこそが人間なのだ。
「了解だ」
「私は雑魚狩りするわ。後続が多いようなら撤退してください」
この雇い主は無茶を言わない。金と、更に信頼があればなお良いのだ。
俺は前に出て剣をかまえる。
「タイミングは任せてくれ」
「ええ」
傭兵の俺と女の剣士の即席パーティー。お気楽な二人組みの戦闘開始である。
俺が走り出すと、後方から飛ぶ煌めく光が後続の群を襲う。タイミングは絶妙であった。
その混乱の渦に突っ込み、前列のゴブリンと戦闘を開始した。
雇い主は背を守りつつ側面に動く。互いに馴れたものだと、その戦いぶりを横目で確認した。
深紅のビキニは早さの証である。しなやかな動きは天性なのだろう。
極小の軽アーマーは俊敏さを発揮するためだ。
群れに突っ込み、複数の攻撃を器用にかわして、驚くべき速さで獲物を切り裂く。
敵の攻撃を受けないのは、力負けするからだ。いつものとおりで、戦いぶりは安定している。
「数が多くないか?」
「これくらいっ!」
そう叫び、右手の短剣と、左手の大型ナイフを器用に操って、そして群の統率者を探した。
俺は撤退をうながしたつもりだったが、ビキニ娘はやる気だ。
ゴブリンの得物を剣で受けて後退、力を吸収する。
足を大きく開いて体を引く。そして踏ん張り攻撃に転じる。
腿と間接を覆う筋肉、皮膚の動きが生々しく、そして少し荒くなった呼吸の胸の動き。上下に揺れる二つの塊。
全身を使い戦う姿は、CGによる映像である。
剣を鞘に戻し、攻撃をかわしながら飛び上がり空中で停止。体を捻りつつ腿の古式銃を抜く。狙いを変えながら二連射。目標の頭が二つ吹き飛ぶ。
再び短剣を抜くと、それは三段に伸びて剣となった。
それは特別なアイテムで、距離感を幻惑された敵は、易々と喉をかき切られる。
相変わらずやるな――、俺は負けじと剣を振り敵を切り裂いた。
そろそろ頃合いだと前へ前へと進み、魔力の炎を近距離爆発させて道を切り開く。
「行くぜっ!」
更に奥へ突っ込むと洞窟の入り口が見えた。
その前にはゴブリンと呼べないような大物が立ちはだかる。横には付き従う中型が二体。全てゴブリンの成長体であった。
「さて、俺の見せ場だ……」
生意気にも上等の剣を振るう二体が、生意気にも挟撃を仕掛ける。
見事な連携と言いたいが、その動きにはわずかなズレがあった。
右側の剣を上に弾き、続いて左は横に弾く。その運動慣性を残したまま、剣の起動を変え左の敵を斬首する。
右のゴブリンは剣を構え直す間を捨て、そのまま突進した。
俺は左手を突き出し突っ込み返し、手のひらを顔面に叩きつける。そして炎の魔力を爆発させた。
前座の処理はこれで終りだ。
デカ物のビッグフットは、これもまた小生意気に腕組みなどしてこちらを見下ろしている。
「待っててくれたのに、時間をかけられなくて悪いね」
俺は剣を下段に大きく引く。巨大な敵は棍棒を大きく振りかぶった。
突進を見計らって剣を振り上げると、剣圧が地面を引き裂きながら、ビッグフットの体もまた、真っ二つに引き裂いた。これで終りだ。
「さてと……」
気配を探ると、赤いビキニアーマーの女子も激しく戦っていた。
苦戦しているようには感じないが、傭兵としては雇い主の心配も仕事の一つなので、早く終わらせる必用がある。
本日のノルマとしては、こんなモンであろう。
俺はギグと呼ばれているプレイヤーだ。名は仙崎勇士。通り名はユーシ、職種は傭兵を選んでいた。




