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冒険者の邂逅2 「知りたいです!」

 シャーリーやティーゼル、俺自身成長過程を見ながら二年経ったから実感が薄かったが、久しぶりに会ったニーナを見ると本当に二年経ったんだなと実感する。

 変わらず手入れの行き届いた翡翠色の髪。昔て比べて長いその髪はサラサラだ。

 成長期だからか身体の方も成長していて、ますます美人になっている。

 

「久しぶりだな。なんでこんなところに?」


「店は今改装中だから私も出かけようと思ってね。たまには英気を養わないと。それより魔女様には会えたの? 二年も連絡ないから心配したんだよ」


「ごめんごめん。魔女様には……会えなかったけどいい結果にはなった。感謝してる」


 他言無用って言ってたし、ニーナには悪いけど嘘つかせてもらおう。


「ま、元気そうで良かったわ。それでそちらの方は?」


 ニーナは俺の後ろにいるココアに目をやった。

 ココアはニーナと目が合った瞬間俺の前に元気よく立ち、


「ココアの名前はココアです!」


「あ、あらそう。私はニーナよ、よろしく」


 前のめりになって自己紹介するココアに気圧されながらニーナは俺に目をやった。

 何この子? という視線が俺に向けられてる。

 俺はココアの事情を話した。


「記憶喪失ねぇ……大変そうね」


「そうなんだよ。そうだ! ニーナも今から風呂か? もしそうならココアを風呂に入れてやってほしいんだ。このままだと俺は女湯に特攻しなきゃいけない」


「まんざらでもない顔で言われたら困ってる感じしないけんだけど。ま、知り合いの変態性が露見するのは嫌だし、ココアちゃん、一緒に行きましょうか」


「異議あり。変態性の露見だと根が変態みたいなので変態の濡れ衣を着せられるという表現に変えていただきたい」


「えっ、ジャックっててっきり変態だと思ってたわ。何かと理由をつけてスカートの中を覗こうとしたり、休憩時間に湯浴みをしていたら扉の前に待機していたりしてたから」


「バカなっ!? 気配は完全に絶っていたはず」


 まさかバレていたとは。

 昔から俺を含めた男どもは彼女に思春期相応の興味を抱いていたが、彼女のガードは恐ろしいほど硬く誰一人聖域に踏み込んだものはいない。それが逆に興奮するという奴もいたが。


「冒険者のスキルをどこで発揮してるのよ……。さ、ココアちゃん。変態さんに襲われない内に早く行きましょ」


 変態認定は不本意だが、とりあえずココアの事は任せて問題なさそうだ。

 俺はゆっくり温泉を楽しむとしよう。




 ◆◆◆




「はぁ~気持ちぃ~」


 風呂を終えて俺は指圧師の施術を受けていた。

 ティーゼル程じゃないが、なかなかいい腕をしている。

 

 ココアは今ニーナと行動している。

 汚れを落とした後は髪を手入れして服を選ぶように言ってある。

 男の俺よりもニーナに任せた方が良いだろう。


 それより今後の事に思考を巡らせなくちゃならないが、今はこの極上の時間を堪能しよう。


 ――っく……ャック…………


「ジャック、起きて」


「うぅ、んぁ?」


 おっと、気持ち良すぎて寝てしまってたか。

 声をかけて起こしてくれたのはニーナだ。


「おはよう。んでココアはどうだ?」


「ふふーん、我ながら良い仕上がりだわ。ほら!」


 ニーナが自慢げにココアを俺の前に連れ出した。


「おおぉぉ…………」


 なんということでしょう、放置されていた獣のような長い淡い茶色の髪は、顎に向けてシュッと締まるように短く切られ、アホ毛も相まって活気と愛らしさが増しているではありませんか。


 タンクトップとショートパンツで鎖骨や腕周り、胸元だけでなく太ももまで見えてなんともまぁ眼福ものですわぁ~。


「ちょっと露出が多くないか? もうちょっとエロさより可愛らしさを優先させた方が……」


「ココアちゃんのお父さんみたいなこと言うのね。まーでもそれに関しては私も同意見なんだけど動きやすい方が良いって言うから……」


 アホ毛の揺れ方からして喜んでるみたいだし本人が良いならいいけど、これだと別の意味で視線が集まりそうだ。

 つーかあのアホ毛どうなってんだ?



 とりあえず俺達は落ち着ける場所に移動した。

 ココアの見た目はマシになったが、問題はこれからだ。

 彼女の状態じゃ一人で生きていくのは難しいだろうし、彼女を養ってくれるような知り合いはいない。


「そうだ、【迷い猫亭】で雇えないか? 物覚えが良いかどうかは分からないから最初は大変だろうけど元気はあるし見た目は美少女だ。何かやらかしてもドジっ子ってことで売り出せばいい。男性客が増えるかもよ」


「ウチの店をいかがわしい感じにしないでもらえるかな。まーココアちゃんがいいなら店長に相談してみるけど?」


「はいっ! ココアはぼうけんしゃ? になりたいです!!」


 手を挙げて元気に言った。

 迷いのない力強さは覚悟の証ではなく、感情任せのものだろう。


「えっとね、冒険者ってどういう人たちのことか知ってる?」


「分かんないです!」


 なんともまぁ清々しいこって。


「いい? 冒険者っていうのは危ない仕事なの。死ぬ人だって少なくないんだから」


「しぬってなんですか?」


「えっと、死ぬっていうのは……生き物が動かなくなるというか、長い眠りにつくというか……なんて説明したらいんだろ。ジャック、ちょっと試しに死んでみてよ」


「試しどころか本番もできねぇよ。まぁなんだ、ちょいと手貸してみ」


 ココアは俺に手を差し出した。

 ゴリラ並みの握力を持っているとは思えない綺麗で細い手をしている。


「なにするですか?」


 首を傾げるココア。

 俺はナイフを逆手に持って、ココアの手に勢いよく突き刺した。


「ウギャァアアッ!?」

「ちょっとジャック!?」


 ココアは叫び声をあげてニーナは息を呑んだ。

 ココアの手に鋭く研がれたナイフを突き刺したが、血が出るどころかナイフの方が欠けてしまった。

 だが痛みはあるようでココアは手を押さえている。


「これが痛いってことだ。死ぬっていうのはまぁ痛いがいっぱいってことだ」


「ズンズンするです! イタイがいっぱいはイヤです!」


 分かってくれたようで何よりだ。


「えっと、ココアちゃん大丈夫? ねぇジャック、彼女は一体何者なの?」


「んなもん俺が知りてぇよ。言っておくけど本物だからなこれ」


 俺は欠けたナイフをニーナに見せた。

 破片を触るとツーと血が出る。これが普通の体だ。

 手を触った感触は普通の人と変わらなかったが、実際彼女の皮膚は鋼の強度を持っている。


 肉体の強度を上げる才覚はあるが、ナイフの方が負けるなんて聞いたことがない。

 宝具を持っているようには見えないし、“流見の才”で彼女を見るが魔力の流れは見えない。

 ココアの力の根源がなんなのかさっぱり分からない。

 シャーリーなら何か知ってるかもしれないが、機会があれば聞いてみよう。


「ま、痛いのが嫌なら冒険者は向いてないな」


「イヤです! ココアは冒険者になりたいです! なるです!」


「なんでなりたいわけ?」


 金、欲望、憧れ、復讐。

 冒険者になりたい理由はいろいろある。

 だが彼女にはそれがないはずだ。

 記憶もなく世間を知らず、自分が何者かも分からない。

 俺が冒険者だからか。もしそうなら彼女は今選択肢がないだけで心の底から冒険者になりたいわけじゃない。

 安易に冒険者になって命を落とした人を何人も見てきた。


「なんで冒険者になっちゃダメなんですか?」


 聞いているのはこっちなんだが、まぁいいか。


「理由は二つある。まず冒険者になるには身分証明として冒険者からの紹介が必要になる。紹介くらいしてやってもいいが、ココアが冒険者協会規約を破ったり命を落としたりしたら俺の評価に響くんだ。最悪、新規冒険者の紹介権利を奪われることだってある。次にココア自身謎が多すぎる。俺は俺の目的のために冒険者になってる。あまり不確定要素を増やしたくないんだ」


 もしココアが俺のようなどこからか逃げ出した実験体だとしたら、彼女を狙う勢力がいるかもしれない。

 俺はエルドラードに辿り着く為に冒険者として有名にならなくちゃならない。

 ココアを紹介すれば俺が彼女の面倒を見ることになるが、もし評議院が関わるような厄介事に巻き込まれたら俺の過去を調べられる可能性もある。


「さっき言った理由は完全に私的な理由だ。ナイフで傷一つつかないココアなら身の危険とかは特に心配していない。だからココアに何か目的があって冒険者になりたいなら教えてくれ。納得がいけば条件付きで紹介してやる」


 俺はソロで活動したいわけじゃない。

 シャーリーのおかげで実力は上がったかも知れないが、俺は中級冒険者の弓兵なのは変わっていない。

 どこかのパーティーに入るのも難しく、人を集めるのも難しい立場なのは二年前のままだ。


 俺が後衛である以上、前衛となる人間が欲しいのは事実。

 ココアの頑強さなら壁役として十分力を発揮するだろう。

 もしなんとなく冒険者になりたいのなら却下だが、何かしらの意思を持って冒険者を志すなら考えてやってもいい。


「ココアは……分かんないです。何も分かんないです。周りのことも、みんなのことも、ココアのことも何も分かんないです。だから知りたいです! ココアが誰なのか知りたいです! ジャックドーと一緒ならココアが誰か分かる気がするです」


 焦り、不安、恐怖、怯え、疑惑、苦悩、孤独感。

 震える声、落ち着きがなくなっている体、瞳の揺れや乱れる呼吸。

 さっきまでの彼女の明るさが嘘のようだが、これが普通の反応だ。


 記憶がない彼女が今見てる世界がどう見えているか俺には分からない。

 幸福もトラウマも、成功も失敗も、それが記憶として存在してる限りそれは自分自身を確立させる。

 

 だが彼女にはそれがない。

 本当は発狂したくなるほど怖いはずだ。誰も信頼できないほど不安なはずだ。

 感情や物心がついた状態で、記憶だけがぽつりと抜けているココア。

 あれだけ明るく振る舞っていてが、もしかしたら俺についていくのも不安で仕方なかったかもしれない。

 

「俺と最初に会った時、恐かったか?」


「こわい……は分かんないです。ただここがゾワゾワしてたです」


 彼女は胸元を押さえ、震える声で言った。

 見た目は同い年くらいの少女だが、精神年齢は子供なココア。

 今の弱音も俺が信頼に足る人物だと彼女なりに判断したからこそ漏らしたものだ。


 自分を知ることの恐怖もあるはず。

 ニーナに任せて【迷い猫亭】で働かせたらココアが自分の正体を知る確率は低い。

 覚悟を決めて俺を頼ったココアの手を取らなければ、彼女は心にしこりを残したまま悶々と過ごすことになる。

 

「分かった。勝手な行動はしない、俺の言うことはちゃんと聞く。この二つが守れるならココアを冒険者にしてやる」


「守る、守るです! ココアは良い子でいるです!」


「ちょっとジャック……」


 ニーナが心配そうにこっちを見る。


「大丈夫、さっき見た通りココアは頑丈だし、俺より力が強いときた。怪我とかは心配ないと思う。何かあっても俺がいるし」


「何か手伝うことがあったら遠慮なく言いなさいよ」


「くぅ~久々の優しさで涙出るわ」


 これこそ裏のない純粋な優しさだよな。

 シャーリーにも見せたやりたいぜ。


「それはそうと、私は明日で『サギッタ』に帰るけど、ジャックはどーするの?」


「とりあえず『ラケルタ』で適当に仕事してから『サギッタ』に戻るわ」


 冒険者は特定の場所に拠点を置く者と各地で仕事をこなす者に分けられる。

 冒険者はギルドと呼ばれるところで仕事を受けるわけだが、下級中級はもちろん、上級下位の冒険者も役員に顔を覚えてもらうことも兼ねて仕事を受けるギルドは決めている。


 冒険者序列が冒険者を評価する上で多大な影響力を持つことは事実だが、あくまで指標の一つということもまた事実。

 性格、考え方、得意分野……仕事内容が多種多様な冒険者という職業上、序列上位だから安心できるとも言い切れない。


 だからこそ冒険者のほとんどはギルドの役員に顔を覚えてもらいたい。

 顔を覚えてもらい尚且つ印象が良ければ、良い案件を斡旋してもらえることもある。

 いい案件を斡旋してもらい仕事を確実にこなしていけば序列にも影響する。


 中級冒険者の集まりだった【女神の盾(アミュレット)】もまた『サギッタ』の隣国である『アクイラ』を拠点に活動していた。

 『アクイラ』のギルドで俺の顔は覚えられているが、【女神の盾(アミュレット)】を脱退クビになった理由が理由なのでしばらくは利用したくない。


 『サギッタ』のギルドなら下級時代に活動していたから少しは知っている人もいるだろうし、小国ながら申し分ないほど必要な設備は揃っているから俺には丁度いい。


「申し訳ないんだけどココアの事もあるから部屋と生活用品買いそろえて置いてくんね? 金は送っておくからさ」


「それはいいけど、ココアちゃんしっかり見ておきなさいよ。身体は丈夫かもしんないけど記憶が無いんだから」


「了解」


 ニーナはまだ不安そうだがとりあえず納得してくれた。

 

「そうと決まれば明日にでもココアの冒険者登録しないとな。そもそも『ラケルタ』のギルドってどこにあんだ?」


「確か中央に小さなギルドはあったはずよ。ほとんど要請しないと冒険者は来てくれないみたい。まー住むには不便な所だから隣国の『ぺガスス』で活動する冒険者を集める為の施設って点では十分役目を果たしているわ」


 そういえばシャーリーも問題が起きるほど冒険者はいないって言ってたな。

 ココアの事もあるし、他に冒険者がいないならありがたい。


「それじゃ明日さっそくギルドに行くぞ」


「分かったです! ジャックドー!」


「あと俺の事はジャックでいい」


「……分かったですジャンク!」


「おい誰がガラクタだこの野郎」


 そんなこんなで、俺の仲間第一号はいろいろ問題を抱えた少女に決まりましたとさ。

 

 ……先行きが不安だわ~。



お読み頂きありがとうございます。

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