魔女の導き5 「配役ミスにも程がある駄作だな」
ジャックが部屋から出ていくと、少し部屋が広く感じた。
相変わらず机の上は書類や本でいっぱいで、足の踏み場がないほど散らかっていると言うのに。
「行ってしまいましたね」
「そうだね。ティーゼル、お茶を入れてくれないか? わたしとしたことがジャックに構っていたせいでティータイムを忘れていた」
感傷に浸るティーゼルに、シャーリーは変わらずの態度だ。
しかし、既に閉じられた扉を見て何か考えているようでもあった。
「やっぱり心配ですか? そうですよね。あのシャーリー様が珍しく可愛がった弟子ですからね」
「“あの”とか“珍しく”とか、気になるところはいくつかあるがそれは置いといて、確かに心配ではあるね」
「えっと……シャーリー様? お体の具合でも悪いのでは?」
「君、ジャックが来てから私に対して遠慮がなくなってはいないかい? わたしだって心配することはあるさ。ただ君の思っているのとは少し違うがね」
「と、言いますと?」
「わたしが心配しているのはようやく手に入れたエルドラードの手がかりを失わないか、ということだよ」
ティーゼルはティータイムの支度をしながら二年間のジャックを思い返す。
雑に鍛えられていた身体が、質の高い身体付きに変化していくのを感じていたティーゼルは、シャーリーの懸念は問題ないのではと思ってしまう。
「大丈夫ではないでしょうか。彼は私がお会いした相談者様の中でもなかなか逞しくなられました。もともと聡明な方でしたし、あれは期待できると思いますよ」
「君はジャックを高く評価しているが、それは当たり前のことだよ。何せわたしが鍛え上げたのだから。だが、それでも限界がある。彼は、優しすぎるからね」
「それは……良いことなのでは?」
「優しいことは悪いことじゃない。守るものがあると力を発揮するタイプもあるし、彼はどちらかというとそっち側の人間だ。だが、人には適役と言うものがある。彼がなろうとしているのは勇者でもなければ英雄でもない。復讐者だ。目的は内ではなく外。彼にとって力を発揮するであろう守るものの存在は弱点となる。厄介事に巻き込まれると分かっていながらも手を差し伸べてしまう。それらはいずれ身を滅ぼす」
エルドラードと仲間を天秤にかけた時、ジャックはおそらく仲間を選ぶ。
たとえそれがエルドラードに接触する最後のチャンスだとしてもだ。
「復讐の道は孤独であるべきということですか? 何とも救えない話ですね」
「復讐には全てを失う覚悟が必要なのだよ。だが、ジャックドー・シーカーという人間は背負った荷を捨てる覚悟はおそらくない。誰かの為に命を落とす。彼はそういう人間だ」
「ですが心配している割には彼のそういう部分を変えようとはしませんでしたね。シャーリー様にも慈悲の心が芽生えましたか?」
「君、そろそろ怒るよ?」
不機嫌にシャーリーはティーゼルの入れた茶で喉を潤す。
「彼の性格は複雑に捻れた状態で固まってなかなか変えられるものじゃない。復讐者であり英雄気質、合理的であり感情的、欺瞞であり誠実、狡猾であり愚直。まるで一つの体に魂が複数あるよう。馬鹿正直で真面目で純粋な役が売りの役者が悪賢く残忍で冷酷な復讐者を無理に演じているような感じだ。そんな舞台があれば配役ミスにも程がある駄作だな」
「と、色々言っている割には二年間最後まで面倒見ましたよね。私の知るシャーリー様は無駄なことはしない主義でらっしゃいます。そんな方が最後まで鍛え上げたということは何かしらの意味があるんですよね?」
ティーゼルの言葉にシャーリーは不敵に笑う。
「ジャックドー・シーカーはエルドラードに関する重要な何かを握っている。ただその何かを知るにはまだ鍵が足りない」
「何を言っているのかよく分からないのですが?」
「理解する必要はないよ。これはわたしやジャックのような記憶を司る者以外にはとても抽象的な解釈になる。つまりはわたしの知る中でジャックが一番エルドラードという人物に近いということだよ」
言い直されてもいまいち理解出来なかったティーゼルは通常の業務に戻ることにした。
シャーリーが茶と菓子を楽しんでいる間に散らかった部屋を整理する。
その間、シャーリーは絶対にティータイム以外のことをしない。
そのはずなのに、
「ティーゼル。扉を開けてくれ」
「はっ、はい!?」
いつもと違う。
ティーゼルが驚くにはそれだけで十分だった。
あのシャーリーが皿に菓子が残っているにも関わらず立ち上がり外出の身支度を始めた。
ティーゼルは持っていた本を机に置いて、急いで支度をする。
「どこに行かれるのですか?」
「憲兵団統合参謀本部元帥室に繋いでくれ」
「いきなり押しかけて大丈夫でしょうか? お忙しい身ですし、一度面会の手続きをした方がいいのでは?」
「それは問題ない。わたしが来た。それが奴が時間を作る理由だ」
ティーゼルはシャーリーに言われるがまま扉を開ける。
宝具の能力で、扉の先には格式高い一室が広がっている。
インクと紙の香りが漂う広い一室、両端の壁一面には本が敷き詰められた棚があり、中央に応接用の机とソファーが置いてある。
部屋の最奥には書類の積まれた書斎机で作業をする一人の男。
「失礼いたします」
「誰だか知らんが後にしてくれ。俺は今忙しい」
ところどころ白髪がある髪をオールバックにして、口髭と顎髭が大人の雰囲気を醸し出す男。
顔にはいくつか古傷があり、見た目は老いても書類を睨みつける眼光は衰えない。
紺色の憲兵団の制服、その背中に縫い付けられたヴェルト連合の太陽マーク、右胸には多くの勲章がバッチとして付けられており、かなりの権力を有することは誰が見ても理解出来る。
ヴェルト連合治安維持機関である憲兵団のトップが元帥の椅子に鎮座していた。
「ほぅ、わたしが来たというのにその態度。君もなかなか偉くなったものだね」
そんな男がシャーリーの声を聴いた瞬間、釘付けだった書類から目を離し、楽にしていた背筋を伸ばして、冷や汗を掻きながら上ずった声で反応した。
「そ、相談役!? 何故ここに!?」
「申し訳ありませんヴォルグ・エドワーズ元帥。いきなり押しかけては迷惑なのではと伝えたのですが……」
「いや、アンタが謝る必要はない。相談役が誰かの言うことを聞くような奴じゃないのは知っているからな」
「言うようになったじゃないかヴォルグ。誰のおかげでこの無駄に豪華な部屋でふんぞり返れると思っているんだ?」
「いろいろ感謝はしている。だが少し後にしてくれないか? 『レプス』国でテロリスト共が国家転覆を計画しているらしくてな。拠点の捜索の絞り出しと共に兵の配置や国民の避難誘導計画の精査もしなくちゃいけないんだ。早くしなくては評議院が動きかねん」
説得するヴォルグにシャーリーは応接用のソファーに勝手に腰かけて、
「テロリストのアジト探しや武器の調達ルート探しに難航しているなら『レプス』国の財務大臣を問い詰めるといい。面白い事を知っているだろう。さて、突然押しかけた理由はエルドラード卿のことだ」
「ちょっと連絡させてくれ」
ヴォルグはいそいで伝達用魔法器――魔信器で部下にシャーリーの推理を通達する。
バタバタとせわしなくした後、ヴォルグはシャーリーの向かいのソファーに腰かけた。
「待たせた。それで、魔導卿がどうしたって?」
「今まで奴に繋がる尻尾を掴むことが出来なかった我々だが、ようやく進展がありそうだ。奴に関わりのある人物と接触した」
「なんだと!? 一体誰だそれは! もし本当にそうならすぐに捕まえて――」
「まぁ落ち着け。わたしが来たのそいつを捕まえてほしいんじゃない。手助けしてほしいんだ」
「手助け?」
シャーリーはジャックドー・シーカーについて語る。
一通り話を聞くと、ヴォルグは鼻で笑った。
「はぁ~冗談を言いに来たのか? 相談役が弟子を取るなどあり得ない。いたとしても奴隷の間違――――」
シャーリーは指を鳴らしてヴォルグのこめかみに小さく火をつけて強制的に制止する。
「信じてもらえたかな?」
「はい! 信じさせて頂きまふっ!」
威厳も何もない返しがヴォルグから放たれる。
「さて、わたしの愛弟子を手助けしてほしいとのことだが、特にそちらから動いてもらう必要はない。あいつが手を貸してほしいと頼んだ時だけでいい。代わりにあいつには憲兵団の依頼を引き受けさせよう」
「それって相談役に来る面倒事を弟子に押し付けただけじゃ……」
「何を言う。困った時はお互い様というだろう。ジャックはいろいろ面倒事に巻き込まれるだろうし、ジャックが評議院に目を付けられぬよう上手い事やってほしいだけなんだ。なに、わたしが鍛え上げたんだ。憲兵団としても絶対に役に立つ」
「だがそのジャックとやら、憲兵団だと自由に身動きが取れないから冒険者になったのであろう。我々が何かを頼んだとして、引き受けてもらえるのだろうか?」
「大丈夫さ。流石にくだらない内容なら構ってられないだろうが、エルドラードを狙う身としては憲兵団に恩を売っておく必要はあるだろうし、エルドラードが関わってそうな大きな事件となれば快く引き受けるだろう」
「憲兵団中に知られるのは本人も不本意だろう。信頼のおける団員数人に話を通しておく」
「それは助かる。ジャックは『サギッタ』を活動拠点とするはずだから『サギッタ』支部の奴に話を通しておいてくれ」
「了解した。そのように手配しよう」
ヴォルグが了承するとシャーリーは立ち上がって扉の方へ。
ティーゼルが扉を開けると、まだ片付いていないシャーリーの部屋へと繋がる。
「あっ、そうだ」
帰ると思いきや、シャーリーはふと思い出して立ち止まる。
「あんたの所の次男坊、冒険者としてなかなかの活躍を見せているそうじゃないか。部外者のわたしが言うのもあれだが、そろそろ認めてやってはどうだ?」
顔だけで振り返り不敵な笑みと共にシャーリーは言う。
笑うシャーリーとは反対に、さっきまで威厳の欠片もなかったヴォルグの顔は険しく覇気を纏った。
「上級になった程度ではまだ足りない。俺の息子ならな」
「名のある家の生まれというのもいろいろと大変だな。さて、愛弟子の件は頼んだぞ」
そう言い残してシャーリーは出ていった。
扉が閉まり、扉の先がもとの廊下に繋がっているのを確認すると、全身の力を抜いて椅子に座り込んだ。
「だぁ~疲れた~」
山のようにある書類業務よりも、シャーリー・アルファロードという人物を相手にする方が疲れるとつくづく思ったヴォルグだった。
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