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魔女の導き3 「殺す気できたまえよ」

 石壁と石柱で構成された灰色の空間に、シャーリーはとても鮮やかに目立つ。

 黄土色の髪と翡翠色の瞳、華やかな衣装は人形のようで、灰色の風景じゃなければとても絵になる。


「今からわたしが君の師、足り得るかどうか判断してもらう。殺す気できたまえよ、さもなければわたしは君をうっかり殺してしまうかもしれない」


 物騒なことを笑いながらいう幼い少女。


「実践……って解釈していいんだな」


「その通りだ。わたしは魔装、宝具や武器の類を使わない。君の武器はこちらで用意した」


 シャーリーが箱を寄越すとその中には弓と矢が入っていた。

 特にこれといった特徴はない。

 矢筒に入った矢は合計で二十四本。


 物陰の少ないこの場所では少々心許ないが、それでも十分だろう。

 冒険者が戦闘で警戒すべきは三つ。

 宝具、魔法、そして“才覚(さいかく)”だ。


 才覚は偶然見つける宝具や生まれつき魔力があるものしか扱えない魔法と違い誰でも訓練すれば得られる力で、身体能力を底上げする”豪躯(ごうく)の才”は冒険者なら習得必須だ。

 俺も複数の才覚を所持している。


 宝具なし、魔装なしのシャーリーに警戒すべきは才覚のみ。

 仮に俺より多くの才覚を所持していたとしても、彼女の年齢ではそれほど差はないはず。


「試射は必要かい?」


 俺は軽く弦を引いて感覚を掴む。


「三本あれば十分だ」


 ティーゼルが矢を三本俺に手渡して的を用意してくれた。

 俺はその的に目掛けて一本目を射った。

 的の中心からやや左下に矢が刺さり、それをもとに補正する。


 二射目は僅かに右上。

 だが中心までの距離は確実に近づいていて――――三射目。

 

「お見事」


 シャーリーの賛辞は中心を射抜いた矢を見て呟いた。


「そっちは何の準備もしないのか?」


「ああ。わたしはいつでも構わないさ。さっきも言ったが殺す気できたまえよ。仮に急所を射抜かれても回復できる手段があるから心配はない」


「それを聞いて安心した」


 俺は視線を的ではなくシャーリーに移して対峙する。

 彼女の瓢々とした態度は俺を倒す実力があるのか、それともただの自惚れか。

 

 気を抜くと油断してしまいそうになる俺は、ティーゼルに立会人をお願いした。

 

「準備はよろしいですか?」


 ティーゼルは俺に向けて言った。

 シャーリーはいつでも問題ないってことか。


「ああ。俺は構わない」


「それでは――――」


 ティーゼルが片手をあげる。

 すでに俺の手は矢に伸びている。


「始めっ!」


 ティーゼルが手を振り下ろすと同時。

 俺は速攻で弓を射る。

 “矢継の才”を持つ俺は矢をつがえてから放つまでコンマ二秒をきる。

 意表は突けるが、矢の速度自体が速くなってるわけじゃないから冒険者の彼女が当たることはないだろう。


 俺の速攻で刹那に遅れた反応。

 彼女は迫る矢を最小の動きで躱す。

 だが彼女が身体をわずかに傾けたのを見て、俺はすでに二本目を放っていた。


 彼女がわずかに目を見開いたのを確認した俺はすぐに次の行動に出る。

 意表を突いた囮の先に本命。

 だがこれでもかわされる可能性は十分にある。


 曲射が可能なほど天井の高さはなく、死角から撃てるほど隠れる場所のないこの空間では俺の攻撃パターンはシャーリーの行動を予測して矢を射る直線的なものに限られる。

 

 と、思っての勝負なら勝てる。

 彼女は魔眼で俺の筋肉量から弓を使うことを見抜いた。

 俺のほかにも冒険者と会っているなら、どの武器の使い手がどんな肉体をしていてどれほどの運動能力を有するのかある程度分かっているはず。


 彼女の内では俺の推定運動能力なら勝てると踏んでいるんだろう。

 だがあいにく、俺は近接格闘も得意分野だ。

 弓兵にとって分かりやすい隙の一つが最後の矢を使ったとき。

 得意の武器が使えなくなった俺は相手にとって勝負を仕掛ける存在になる。

 

 俺でなくても弓兵なら護身程度の近接戦の経験は積んでいる。

 だがあくまで護身用にして応急。

 近接戦を主体とする相手に敵うはずがない。

 

 その思い込みが相手に生まれた隙になる。

 そこを圧倒することが出来れば遠近ともに隙なしだ。

 

 俺の持つ“流見(るけん)の才”は風、力の流れを視ることが出来る。

 シャーリーの重心や体勢からどのように力をかければ痛み無く制圧できるか俺には手に取るようにわかるわけだ。


 動揺しながらも二射目を躱すシャーリー。

 俺は既にシャーリーの手の届く範囲に接近していた。


 右に傾いた重心。

 左手を取って足を払えば怪我はしないはず。


「俺の勝――――」


 勝利を確信したその時、俺は一瞬思考が止まった。

 あれだけ傾いた体勢を立て直すには二、三歩は必要なはずだ。

 なのに彼女の左手首を掴もうとした手は虚空を握り、視界の端で彼女の黄土色の髪が揺れるのが見えて、


「わたしの勝ちだ」

「ぐぁっ!?」


 右横腹を彼女の掌底が穿った。

 内臓が圧迫されて込み上げたものを吐き出しながら俺は吹き飛ばされて何度か地面に身を打ち付けた後、壁にぶつかってようやく止まる。


 電撃が走ったように全身が痺れ、内臓がぐちゃぐちゃになったように吐き気がする。

 時間が飛んだような錯覚をしてしまうが、俺の見た限りは動きが速くなったに近い。

 

 才覚は熟練度によって力が違う。

 “豪躯の才”にしても上級冒険者と下級冒険者とではかなりの力量差が生まれる。

 細身の女性がガタイの良い大男を腕相撲で圧倒することも可能だ。


 だが冒険者の動体視力で捉えられないほどの“豪躯の才”は見たことがない。

 スピードに特化した才覚もあるが、これほどのレベルは珍しい。

 あれはもう高位な魔法の域だが、魔装を使わない彼女が魔法を使うには多くの手順を必要とするはず。

 魔法陣すら見えなかった彼女は魔法を使うことは出来ない。

 なら彼女の不可思議な力は一つだけ。


「うっ、宝具は使わないって、ぐはっ……」


「わたしは魔装も宝具も武器も使っていないよ。魔法は使ったがね。おっとズルいなんて言うんじゃないよ。わたしは魔装は使わないと言ったが魔法を使わないとは言っていないからね」


「魔法? ハッ、馬鹿言え。魔導士が魔装無しに魔法使う時は時間がかかる。いくら凄腕の魔導士だったとしてもな。冒険者なら常識だ」


 壁にもたれかかり呼吸を整えながらシャーリーに異を唱えた。

 だが彼女はそんな俺を憐れむように笑い、右手に炎を出現させた。


「なっ――――」

「常識は常識。時に常識の外の存在がいることを知らねば立派な冒険者にはなれないよ」


 魔法を使うには魔力を練り魔法陣を形成し、魔力の威力や対象などを調整、指定した後、起動の条件などを設定してようやく発動できる。

 彼女のやった炎を出すだけでも数十秒は必要だ。


 だが彼女はそれを一瞬でやってのけた。

 一瞬にして魔法陣が組み上がり、魔法陣出現と同時に炎が出現。

 魔装を使っていなければ説明できないが、彼女は魔装を使っていないと言っている。


「わたしには"魔人の才"があってね、魔法を使う際に必要な設定を一瞬で行うことが出来るのだよ。言わばわたし自身が魔装なわけだ」


「んな才覚卑怯だろ」


「まー確かにわたし以外にこの才覚を持つ者は見たことが無いな。だがそれを言ったら君の“流見の才”もあまり拝めるものではないよ。レア度で言ったら大して変わらないのじゃないかね?」


 俺の場合“流見の才”は気が付いていたら身についていたものだが、今思えば“識の魔眼”による洞察力によって草木の揺れ方や相手の姿勢などから流れを読むことを無意識に行った結果得たものだと思う。


「それでどうだ? まだ続けるかね。加速魔法の移動と増幅魔法で衝撃力を上げた一撃。とても立てる状態でないのはわたしの魔眼()による診断だがあながち間違いではないはずだ」


 続けると言いたいとこだが、正直今の一撃は大きすぎる。

 加速魔法も増幅魔法も効果自体は微々たるもののはず。

 だが彼女の体格でこれだけの威力なら相当の魔力を使ったはず。


 余裕ぶっているがわずかな息切れと額の汗が彼女の残魔力量も少ないことを示している。

 だけど――――


「いや……もういい。俺の負けだ」


 ここから先は意地だ。

 特に何かを賭けたわけじゃないこの勝負をこれ以上続けるのは無意味に等しい。

 本来の目的を忘れるな、俺は彼女と勝負しに来たわけじゃない。

 彼女からエルドラードの情報を聞きだすことだ。

 なら俺は目的を果たす為に彼女に頭を垂れるとしよう。


 白旗を上げた俺に彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「利口な男は好きだよジャック君」


「俺より強いのは理解出来たけど、指導出来るのは別の話だろ。どうやって俺を鍛えるんだ?」


「それは問題ない。才色兼備にして文武両道のシャーリー・アルファロード様の手にかかれば君のような三下冒険者でも一流の冒険者に仕立て上げられる」


 挑発的な言い方と痛みによる思考力低下で少しイラっとした俺は、


「ハッ、才色兼備? もうちょい成長してから――――」


 言い切る前に魔力の弾丸が顔の横を射抜いて俺の強がりはかき消された。


「話を戻すが、君はエルドラードを誘き寄せる餌として十分な素質を持っている。人工魔導士の成功例を手放したくはないだろうからね。だが簡単に捕まってくれては困るのだよ。だからわたしが君を二年で鍛え上げる。わたしもエルドラードとは少し因縁があってね。君とは利害が一致するわけだ」


「……おたくの見込みで、俺はどれくらい強くなれる?」


「弓の技量は十分だろうからね。魔法や魔眼の制御と多種多様な武器の扱い。あとは出来るだけ才覚を覚醒させることを考えると……うむ、化けようによっては上級冒険者クラスも夢ではないだろうね。なんせこのわたしが師匠なのだから。まー素材が素材なだけに特級クラスとまではいかないがね」


 毎回一言余計だ。

 でもそう言うことなら彼女に教えを乞うのは十分ありだ。


「ならよろしく頼む……いやお願いします」


「うむ。素直な弟子で嬉しいよ」


 彼女の差し出した手を握った。

 小さい手だが、そこにはとても力強いものを感じて。

 手を握り、そして――――


「スマン、もう限界――うぉええええええ…………」



 力が抜けたのか、我慢していた吐き気が限界に達した――――。


 

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