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魔女の導き2 「おたくが魔女か?」

 長い廊下が続く。

 全体的にワインレッドカラーの廊下には内装こそ豪華だが、絵画や花などの飾りものは一切なく、それどころかさっきから部屋の一つも見当たらない。

 窓もないので光源は壁に取り付けてある魔石灯のみ。


 前を歩く少女は燕尾服を着ているのだからこの屋敷の使用人なのだろうか。

 なぜ男装しているのかは知らないが、この際どうでもいい。


 代り映えしない風景に飽きてきたころ、ようやく長い廊下に終わりが来た。

 両開きの扉の奥からは、閉塞感のある空間も相まって威圧感がひしひしと伝わってくる。


「我が主にお会いする前にいくつか約束があります。一つ、ここで起きたことは他言無用です。二つ、武器の類は持ち込み禁止です。今お持ちならこの場で外してください」


「武器の類は持ってない。なんならボディチェックしてくれて構わないぜ」


「いえ、隠して持っているのであればすぐに分かるので必要ありません。それでは中へどうぞ」


 少女は扉を開ける。

 扉が開くのと同時に奥から漏れていた威圧感が外へと逃げる。

 恐怖ではない緊張感。

 まるでショーの幕開けのような気分だった。


「よくぞ来られた迷い人よ。さて、話を聞かせてもらおうか」


 幼い声だ。

 それほど広くない一室に本や書類、その他雑品が散らばっている。

 その真ん中で椅子に深く座りティータイムを楽しんでいる見た目は十歳前後の少女。

 

 黄土色の長い髪、貴婦人のように品位のあるドレス。

 幼い見た目から発する雰囲気は、完全に大人のレディだった。


「おたくが魔女か?」


 俺は探るように問いかける。

 魔女と思わしき少女は緊張で声が上ずり気味な俺を笑いながら手に持っていたカップを置いた。


「その呼び方はやめてくれないか。間違いではないんだが実に不快だ」


「それは失礼した。俺は中級冒険者のジャックドー・シーカー。おたくは?」


「わたしはシャーリー。シャーリー・アルファロードだ。世間では魔女だの占い師だの、助言師に女神様……いろいろと別称、愛称はあるが冒険者協会からはこう呼ばれている。【諮問冒険者コンサルタントアドベンチャラー】とな」


「……というと何する人なんだ?」


「協会の役人や冒険者、憲兵団や評議院に至るまで、手に負えない事件や案件があればわたしの所へ訪ねてくる。こんな幼気な美少女の所に何しに来るかって? 情報を求めてくるのさ、助言を求めてくるのさ。君もその口なんだろう、ジャック君?」


「空き家にあった本は宝具か?」


「ああ。あの本に書かれた内容はそのままここにある本に転記される。片方の本を閉じれば白紙に戻る。魔法器だと魔導士に干渉されてクライアントの秘密が漏れる可能性があるし、思念の伝達は魔法で出来なくもないが、伝達範囲が短い上に思念を送るも受け取るも魔導士がしないといけないからな。その点、この宝具は決まった場所で情報をやり取りする分には便利なのさ」


 シャーリーは空き家に会った本と同じ見た目の本を俺に見せた。

 白紙のページには俺の書いたことが載っている。

 そして本を閉じると白紙のページへと戻っていた。


「さて、本題に入ろうか。君が書いた内容に非常に興味があったから招いたわけだが、こうして君と対面するわたしは君に興味がある」


「一目惚れってやつか? 嬉しいが俺はロリコンじゃないんでね。もう少し大きくなってからなら――――っ!?」


 軽口をたたいた俺の頬を何かが掠めた。

 後ろを振り向くと部屋の扉にフォークが突き刺さっていて。


「勘違いしないでもらおうか」


 シャーリーは俺のところに歩み寄ると、真意の汲み取れない瞳で全身を見る。


「かつて人工的に魔力を得たものはいないからな。一目惚れという点では間違いではない。ただ惚れたのは君ではなく君の身体だがね」


「……俺のことを調べたのか?」


 誰にも話していない秘密を知られて俺は動揺でついシャーリーを睨みつけた。

 それでも彼女は瓢々としていて、ナメられているというより威嚇の対象とさえされていない。


「調べずとも見ればわかるさ。わたしの眼は特別でね。“魔眼”というものを知っているだろう?」


「……いや。聞いたことないけど」


「それはないはず……あーなるほど、自覚がないのか。魔法や魔眼は先天的なものだが、君の場合後天的に、強制的に、実験的に得た力。魔力という一般人には未知な力を感じ取れど、扱えるほどの自覚はない。となれば知らないのも無理はないか」


「全部お見通しってわけか。俺の書いた内容から推定したのか?」


「君の書いた内容……『エルドラード』。かの魔導卿が人工魔導士を作る為に人体実験をしていたと噂されていたが、評議院も憲兵団も冒険者協会ですら尻尾を掴ませなかった男の名。確かに有名人ではあるがあの場でその名を出すということは君は彼と関係があったということ。ではどういう関係だ? 家族か? 友人か? それとも熱狂的な信者か? その段階でここへの切符を手に入れたってわけだ。まーここまでは君の読み通りだろ?」


「まあな。俺の目的はエルドラードを見つけ出して殺すこと。もし魔女の正体が無関係の一般人なら『エルドラード』だけだと何が何だかよく分からない。エルドラードの関係者なら何かしらのコンタクトを取ってくればそれを伝ってエルドラードの下へ。もし冒険者協会や憲兵団のようなエルドラードを捕えようとしている側なら『エルドラード』の名を出すだけで食いつく」


「いい判断だ。もし「弓兵は必要ないとパーティーを追い出された」とかだったらわたしは君に興味すらわかないだろう」


「さっきから心でも読まれてるみたいで気持ち悪いな。魔眼つったっけ? なんなんだ一体」


 彼女の翡翠色の瞳が俺を見据えて笑みを刻んだ。


「“理の魔眼”。見た物を理解することが出来る魔眼()。本の内容と流れる魔力で生い立ちを、冒険者という身分と筋肉量の配分から弓使いを、社会情勢とホルモン分泌具合から悩みを。表層の情報と内部の情報を掛け合わせるだけでここまで分かる」


「すっご。ってことはその眼で宝具の仕組み理解したら金になんじゃね?」


「それは無理だ。試したが頭が割れる思いをして得られた情報はせいぜい素材の情報のみ。一度契約して契約破棄したほうがまだ情報を得られる。だが、宝具以外なら完璧に分かる。たとえば君の左腕に仕込んだ暗器とかね」


「ホント、恐ろしい眼だな」


 俺は袖を捲る。

 手首に付けている、掌に収まる程度の小さな箱を取り外して机の上に置いた。


「スリングの原理を利用した単発の狙撃道具。なるほど、その引き金後ろまで引くと紐が箱の中に入り戻る力で射出する仕組みか。射程は精々二メートル。弾は筒状の金属棒、刺さればそこから血が流れ出る……おっと、毒まで塗っているじゃないか。ここに来る前、武器の持ち込みは禁止と言われなかったかい?」


 彼女は箱型暗器の内部構造までしっかり当てていた。


「もしエルドラード本人に会えるとなれば武器無しじゃ無理だからな。別に無関係なら使わないしいいだろ。身体検査されてもバレるとは思わなかったし。すぐに分かるって言ったのはその眼があるからか。確かに身体検査より信頼できるな。凄いとしか言いようがねぇよ」


「そりゃどうも。ただ魔眼を持っているのはわたしだけじゃない。さっきも言っただろう、自覚が無いんだな、と」


「……言っとくけど俺は魔眼なんて大層なもの持ってないぞ」


 俺の眼は至って普通だ。

 緋色の瞳はニーナに昔は輝いてたという過去形のお墨付きだ。


「わたしには分かるよ。君も魔眼を持っている、それも、わたしの魔眼と同じ系統ときた」


「同じ系統? 俺は特に見ただけでそれが何か分からんけど」


「ここに来るまでの長い廊下、魔石灯はいくつあった?」


「魔石灯? …………六十二個、右側の二十四個目はガラスに小さなヒビが入ってたから取り換えた方が良い」


 答えるとシャーリーはゆっくりと顔に笑みを広げた。


「君の持つ魔眼は“識の魔眼”というものだ。まー言い換えれば瞬間記憶……超情報収集処理記憶能力を持った魔眼なわけだ。たとえば――――」


 シャーリーはパチンと指を弾くと控えていた燕尾服を着た少女が大きい布を本棚にかけた。


「上から三段目の右から七番目を答えたまえ」


「……『アネクメネにおける生物循環構造論』、著者はトートル・エクリス」


「お見事、続いて――――」


 シャーリーはその後も何回か問題を出してきたので俺は全部答えた。

 

「お見事ですねー」


 燕尾服の少女が拍手しながら称賛してきた。

 うん、悪い気はしない。

 ただこれは能力というより特技と思っていたんだが。


「人は意識していないものは見えないし覚えていないものだ。さっきの本棚だって、今から何段目の何列目に何の本があるか答えてもらうと言っておけば答えることは可能だ。だが抜き打ちならこの本棚などただの風景。置いてある本を十冊答えるだけでもなかなかなものだ。だが君は答えた。これが君の魔眼――“識の魔眼”だ」


「“識の魔眼”……超情報収集処理記憶能力を持った魔眼()――――」


「君は視界に入れたものを処理して記憶する。視界全体にピントを合わせた視野、観察力、洞察力に優れ過ぎた魔眼()と言っていいだろう。わたしの魔眼()が深淵を理解するものなら、君の魔眼()は表層を理解するもの。な、わたしと君の魔眼()は同じ系統だろ?」


 シャーリーは目で見えない部分を理解し、俺は眼で見える範囲を理解する。

 確かに視点が違うだけで系統は同じだな。


「そして、君の魔法はその魔眼()で集めて理解した情報を保管していつでも引き出せるもの。まー正確には魔法で出来ることの一つだがね。場所法という記憶術を知っているかね? 別名『記憶の宮殿』。見慣れた風景を記憶の置き場所として情報を配置する記憶法。これはあくまでイメージ的なものだが、君はそのイメージをより鮮明に作り上げることが出来る。コントロール出来ていない分情報の引き出しには時間を使っていたがね」


「魔法の使えない魔力と思っていたけど、ちゃんと魔法は使えたんだな」


「君の魔力は人工物。天然の魔力と波長が違うから汎用的な魔法は一切使えないがね。だが幸か不幸か、君の魔法は君の想像を上回る利便性を秘めている。ましてや弓兵の君にとってはね」


「いや話を聞いてるに単に記憶力が良いってことだろ。便利っちゃ便利だけど弓使いと何の関係もない」


「言っただろう。正確には魔法で出来ることの一つだと。君は得た情報を別の場所に保管し引き出している。今はただ情報を情報として現実に引き出しているが、君の魔法は本来引き出すのではなく再現するものだ。具現化、実体化と言い換えてもいい」


 シャーリーは空になったカップを持ち上げる。


「例えばこのティーカップはわたしのお気に入りだ。柄、重さ、質感など目を閉じて触っていなくても想像できる。だがわたしに出来るのは想像までだ。失ってしまえばもう手に取ることは無い。だが君は“想像”を“創造”する。君が見て、触って、感じて得た情報を実物として作り上げる。簡単に言えば無から有を生み出すものだよ」


 彼女の言っていることが本当なら、弓兵の俺にとっては大きなアドバンテージを得ることになる。

 弓兵にとって矢は完全に消耗品だ。

 回収できる分は回収しているが、それでも剣の刃こぼれと弓の矢切れでは消耗速度は桁違いだ。

 だが何もない状態から矢を生み出せるとなれば、弓兵にとってこれほどありがたいことはない。


「つっても魔法がコントロール出来たらの話だけどな」


「ふむ、なら取引しようじゃないか。三年……いや二年で君を鍛え上げる。その代わり、君にはエルドラードを釣る餌となってもらう」


「鍛え上げるって……言っとくけど、これでも中級冒険者だ。おたくみたいな子供に遅れをとるほど落ちぶれちゃいない」


「ほう、ならば試してみようか。ティーゼル」


 シャーリーが名を呼ぶと、俺をここまで案内した後、傍で控えていた燕尾服を着た少女が前に出た。


「わたしとしたことが紹介が遅れたようだ。彼女はティーゼル、わたしの身の回りを世話してくれてる。さて、彼を実習室へ連れて行ってあげたまえ」


「承知致しました」


 ティーゼルは部屋でたった一つしかない扉、俺が入ってきた扉を開けた。

 その先にはワインレッドの廊下が続いているはずだが、扉の先には無機質な空間が広がっていた。


「ここに来るときも思ったけど、こりゃ一体どういう手品だ?」


「彼女のつけている手袋は宝具でね、右手で扉を開けると、左手で開けたことのある扉へとつながる」


 ティーゼルのつけている白手袋には契約の刻印が刻まれていた。


「最高のドアガールだな。それでこれから何するんだ?」


「まーついてきたまえ」


 そう言うと、シャーリーは無機質な灰色の部屋に軽い足取りで入っていった――――。


お読み頂きありがとうございます。

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