冒険者の邂逅5 「それ、なんだかゾワゾワするです」
ズドンという重苦しい音が響くと同時に雪が舞い上がる。
俺と白い男は雪の森を並走していた。
俺が矢を放つと、白い男は雪に潜って身を隠した。
魔法か宝具か分からないが、何かしらの能力が働いていることは確かだ。
そして気配を消すことに特化した白い男が雪に潜れば、俺は奴を捉えることが出来ない。
だが同時に弱点とはいかないが、魔眼で観察してある程度敵の能力について推測はできた。
まず男が地面に潜った時、その場から二メートル圏内程度しか移動出来ない。
地中を移動できるわけじゃない以上、奴が俺との距離を詰めるには地上を走るしかない。
次に一度地面に潜ると、次に潜るまで一呼吸ほど間が出来る。
時間を空けると自ら地面から出てくるのは、地面にいる間は呼吸が出来ないからと仮定。
地中から出てすぐに俺を認知している事から、視覚か聴覚かの機能は地中でも働いているようだ。
閃光石を出現させたところを見られた以上、矢切れを偽装して油断を誘うことはできないと考えた方がいい。
となれば、魔力量を考えて早期決着が望ましいか。
狙うは地中から出て次に潜れるまでの間。
一番と七番でいけるか……。
俺は腰の矢筒に収めた十二本の矢から一本をつがえた。
背中の矢筒には普通の矢を、腰の矢筒には特殊な矢を納めている。
その内の一本。
矢柄は赤、鏃も赤く光沢を放っている。
「 一番矢――――“ 爆ゼル赤箭 ” 」
ズドンと弾ける音が響き渡る。
白い男は変わらず地面に潜り込んだ。
穴を掘るでもなく、通り抜けるように雪の中に身体を隠していく。
エクディキスで放った矢は普通の弓よりも早い速度で飛んでいくがそれでも間に合わない。
だがそれは分かりきったことだ。
俺の本命はこれじゃない。
特殊な形状の鏃が奴の隠れた雪に着弾した瞬間、轟音と共に銀世界に緋色の花が咲いた。
冷気は熱風へと変わり、雪は蒸発して木々は焼かれながら吹き飛んだ。
熱気が俺の身体を打ちつける中、俺は二本目を天に放ってナイフを片手に黒煙の中へと飛び込んだ。
相手は地面に潜りながらも俺が近くに来た時に姿を現し、迷いなくガラスのナイフを突き出していた。
地面の中でも俺を認識出来るとすれば、黒煙の中の俺は格好の餌。
もちろん俺から飛び込んだから多少の警戒はしているだろうが、それでも黒煙で視界が塞がれているのは事実。
爆撃で大地ごと攻撃し、弱っているところを確実に仕留めに黒煙に入ったと思い込ませれば奴は俺という餌に飛びかかる。
最初のやり取りで相手は至近距離なら自分に分があると思っているだろう。
それは勘違いではなく、俺自身の見解も同意見だ。
奴に“流見の才”は通用しないが、黒煙の流れなら目に見えて分かる。
死角に回り込まれようが黒煙の流れでどこにいるかは予想出来る。
現状、黒煙に不自然な動きは見られない。
つまり奴は地面にまだ潜っている確率が高い。
奴の土俵の至近距離、俺は視界不良で奴は地中という安全圏で隙を窺える。
これだけの好条件を逃すとは思えない。
あとはタイミングだけ。
隙を作る必要はない。
むしろ作った隙に飛びつくような奴ではない。
もっと自然に、俺ですらも認識していない隙を奴はついてくる。
呼吸、瞬き、筋肉の収縮。
全力警戒の中で、それらが生み出す偶発的な刹那のタイミング。
待つことに経験を積んだ男なら絶対に見逃さない。
「っ――――」
俺の見る世界が遅く回る。
“識の魔眼”が作る“虚界”の中で俺は不自然な揺らぎをした黒煙から敵の居場所を特定する。
右側後方、背中に矢筒とエクディキスを背負っていることを踏まえて、狙ってくるのは肝臓。
敵の位置、俺の体勢からガラス製のナイフの軌道を予測。
右足をやや前に出しながら左足を後方へ旋回、相手の下から突き上げるようなナイフを身体の捻りでいなす。
左脇腹をガラスの刃が僅かにかすって鋭い痛みが走るが、その程度の負傷で得られたものは大きい。
俺は脇を閉めて男の腕を抱き抱える。
しっかりと腕を掴んで固定し、俺と白い男の距離は一番縮まった。
互いに片手が空いていて、俺も白い男もナイフを持っている。
「ようやく捕まえた。最初に俺を攻撃した時、おたくは地中から完全に身体を出してからナイフを突き出した。隙を待ち急所を的確に狙い確実かつ迅速に仕留めにくるおたくの性格なら地中に身体を出し切る前に下半身の急所を狙うはずだ。それをしなかったのは出来なかったと推測出来る。つまり、身体が一部でも地中にある時は触れることが出来ない。逆に考えればこうして捕まえさえすれば地中に潜ることが出来ない。違うか?」
俺が組み上げた推論をぶつけると、白い男は薄く笑みを作って、
「ご名答。この純白の装束こそ我が宝具“フォールダイバー”。一瞬にして地面に潜ることができ、地面の特徴から宝具も色を変える。いわば擬態と隠密の両方を兼ね備えたもの。貴様の言った通り、触れられている間は潜ることが出来ないが、今の間合いは我が最も得意とする至近距離。幾多の暗殺で初撃を防がれたことは何度もあるが、ターゲットを逃したことは無い」
腕を取り、互いに至近距離に対応するナイフと短剣。
条件は同じだが、この間合いに置いて、奴と俺では積んできた経験値が違う。
「んなことは百も承知だ。今のお前は地面に潜れない。それが確定したのなら俺の勝ちだ」
「何を言って――――っぁ!?」
白い男の身体が膝から崩れるように傾いた。
橙色の矢柄と橙色に輝く鏃の矢が、男の右膝に突き刺さり男の白い装束型宝具を血で汚した。
黒煙に入る前に空へ放った七番矢―― “尾ケル橙箭”は狙いを定めたら何処までも追う執念深い矢だ。
この矢はエクディキスで放っても金属も貫通できないし弾速もそれほど早くない。
だが白い男は機動性重視の軽装備。
そんな相手にこの矢はかなり有効だ。
体勢を崩した白い男。
俺は縄を創造し、男の両手両足を縛り上げた。
「俺の勝ちだ。止血ぐらいはしてやるが、協会の人間が来るまでおたくはここへ置いて行く。それまで自分の犯した罪についてしっかり考えるんだな」
俺は男の足に刺さった矢を抜いて包帯を巻くと、ココアの方へ向かった――――。
◆◆◆
「とりゃぁああああ!!」
ココアが雄叫びを上げて拳を振り下ろした。
大男――ゴトンが後ろに飛び引くと、ココアの拳は地面の雪に抉り込み、噴火の如く地面の雪が舞い上がった。
「こりゃ凄ぇ。嬢ちゃん何もんだよ」
「避けるなです!」
「無茶言うな」
バトルアックスを肩に乗せるゴトンは図体に反して動きは速い。
ココアの大振りな攻撃ではなかなか当たらく、避けられる度にココアは地団太を踏む。
ゴトンは余裕な素振りを見せるも内心では冷や汗が出ていた。
ココアの一撃をバトルアックスで受け止めた時、巨大な魔物の打撃と錯覚するほどに重かった。
もしまともに受ければ自慢の肉体であっても骨まで響くだろう。
力に自信はあるが、まともにやり合うほど脳筋ではない。
作戦を考えるのは相方である細身の白い男――ケミルの役割だった。
ゴトンが正面から騒ぎを起こし、その好きにケミルがターゲットを始末する。
好きなように暴れるのが主だったゴトンだが、ただそれだけでは生きてはこれない。
状況判断、敵と自分の実力差を目測する目利き、戦いのセオリーなどはそれなりに持っている。
幾度の修羅場を潜り抜けてきたゴトンは、目の前の少女に警戒せずにはいられない。
今相対しているのが自分と同じ剛体の持ち主ならまだ納得がいく。
だが目前で暴れている少女は、見た目もそのまま少女だ。
細く柔らかそうな身体。
少し力を加えればポッキリいきそうな身体なのに、その内に秘める力は絶大だ。
恐らく真っ向から力比べをすれば力負けするのは自分だとハッキリ分かる。
「“豪躯の才”に優れた女はいくらでもいるが、ここまでは初めてだ。嬢ちゃん本当に人間か?」
「失礼です! ココアは人間です!」
うがぁっと獣のように走るココア。
そこから繰り出されるのは相変わらず大振りの拳打。
だが一撃一撃に死を錯覚する悪寒が伝わる。
「よっと、おらぁ!!」
ゴトンがバトルアックスを振り下ろす。
バトルアックスは柄の両端を持って敵の攻撃を流し、攻撃に転じる時は柄の端を持って威力を上げる。
必然的に両手を使うことになるバトルアックスだが、ゴトンはそれを片手で扱える。
それもレイピアのように軽々しく扱えるのはゴトンの強みだ。
最大の強みだったパワーで劣る以上、ゴトンは経験で敵に勝つ。
ゴトンの攻撃をココアは身を投げるように横に飛んで躱した。
雪に身体を埋めてもがくココア。
「ぷぁっ、危ないです! 当たったら大怪我するです!!」
「怪我どころか死ぬんだが……なんか調子狂うな」
戦闘とは、殺し合いとは互いに張り詰めた空気が流れるものだ。
一つの判断ミスが命を落とす結果に直結する。
あらゆる感覚が研ぎ澄まされるようなヒリヒリした感じこそ戦いなのに、少女の所々気の抜けるような発言にゴトンは気味の悪さを覚える。
「快楽殺人者とやってるみたいだぜ」
「およ? かいら……ってなんですか?」
「いやこっちの話だ。そんじゃ、ちょいと本気で行かせてもらうぜ」
ゴトンはバトルアックスを天に掲げる。
馬をも一刀両断できそうな血で汚れた巨大な刃が日の光を反射して雪に照らした。
ゴトンの身体は脱力を極めているが、見ているだけで重さが伝わるバトルアックスにブレはない。
「逃げるなら今のうちだが?」
「イヤです!」
頑固なココアにゴトンはため息。
諦観したゴトンの眼は、さっきまでの余裕染みた柔和なものではなく、今から殺すと宣言する冷たく鋭いものに変わって。
「断ち切れ――――“嘘つきの戦斧”ッ!!」
ゴトンがバトルアックスを振り下ろす。
距離は離れ、振り下ろしたところでその血なまぐさい刃が雪に埋まるだけ。
だというのに、
「――――っぁ」
ココアは本能的に何かを想像した。
左肩から削ぎ落とされて両断される自分の姿が、イメージにしては鮮明に脳裏に焼き付いて。
「うがっ!?」
何が起こるのか理解した訳じゃないが、ココアは無意識に横に飛ぶ。
グラウルスと対峙した時には感じなかった悪寒。
ココアがさっきまでいたところの雪には深々と削り取られた跡があった。
「ほう、察しが良いな嬢ちゃん。突っ立ってたら今頃身体が二つになっていたぜ」
ココアには対人戦の経験値はない。
今の攻撃を躱すことが出来たのは野性的な生存本能が極端に強かっただけだ。
分析という概念がココアにないのはゴトンにとって大きなアドバンテージになる。
宝具、才覚、魔法、武器、身体能力、癖、環境。
いかにして自分の手札を隠し、相手の手札を分析、推測、仮定、確定するかが命運を分ける。
どれほど才覚を鍛え上げようと、どれほど強力な宝具を手に入れようと、馬鹿では勝てない。
「それ、なんだかゾワゾワするです」
ココアはゴトンのバトルアックス――宝具“嘘つきの戦斧”を指さした。
直感ではゴトンの宝具が危険であることを理解しているココアだが、それ以上が続かない。
本来なら相手の持つ宝具がどういう能力を持っているのかを把握しなければならないが、宝具という存在すら分からないココアには分析することが出来ない。
“嘘つきの戦斧”の能力は斬撃の座標を変更するもの。
ゴトンの腕のリーチを含めた戦斧の間合いは4メートルほどだが、戦斧を中心に10メートルは届かなくても斬撃の効果を発揮する。
斬撃を飛ばすわけじゃないので、間に何かを隔てようと本体の斧とタイムラグなしにゴトンは敵を叩き切ることが出来る。
いわば本体の斧と連動する架空の斧が、射程10メートルで自由自在に現れるわけだ。
発動条件は敵に自分の姿を完全に見せることと敵の姿を完全に目視することで使用可能になる。
暗殺には不向きだが、10メートル圏内であれば視界に入った相手を一掃出来るこの力は多人数相手の戦闘にはもってこいの能力だ。
当然、発動条件のことは言ったりしない。
それがたとえココアのような無知な人間だったとしてもだ。
「オラっ!」
ゴトンは戦斧を横に振り抜いた。
ココアはそれを野生の勘のみで回避する。
“嘘つきの戦斧”の厄介なところは10メートル圏内で現れる架空の戦斧が視認できないということだ。
ただの見えない武器なら長さや形状を把握すれば紙一重で躱して最速のカウンターを決められるが、この宝具は架空の戦斧が出現する力。
いわば10メートルまで伸縮可能な見えない戦斧だ。
故に躱すもの大きな動きになる。
それも射程圏内なら自在に現れる架空の攻撃は、前後の動きで躱すことが出来ない。上下左右の大きな動きで躱すことになると、自然と動きも読まれやすくなる。
「うがぁっ!!」
防戦一方のココアは僅かな隙に地面を殴りつけた。
ただ殴っただけなのに、爆撃されたように雪が宙に舞い上がる。
「雪煙の目眩しか……考えたな」
ゴトンは雪煙の中にいるであろうココアを睨む。
姿が見えない以上、宝具を使うことはできない。
しかしココアも近接の直接攻撃しか出来ないわけで、今となっては互いに間合いを詰めなければ攻撃することが出来ない。
となれば、ゴトンは雪の煙が晴れるまで待つだけだ。
見えない攻撃を勘で凌ぐほど感性の研ぎ澄まされた相手と視界がない雪煙の中で戦うのは愚策。
雪煙からココアが出てくるか、雪煙が風で流されるかしない限りは動かない。
「無駄な足掻きはやめて出てこいよ嬢ちゃん。どうせ何も出来なっッ!?」
何も出来ない。
そう思った瞬間、ゴトンの左膝に打ちつけるような痛みが走った――――。
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