8・鯉佐木さんと放課後勉強会2
ああ、何てことになったのでしょう神様よ。
一体何故、こうなってしまったのでょう大いなる大地よ。
「今度は、青雨さんの自宅か……」
高校生活において、異性の家に上がるなんてないと思ってたんだ僕は。しかも結構な短期間で二度も。一週間空いてないよ。
それにしても、何か漫画とかにも出て来そうなオンボロアパート……。
「とも一人暮らしで、家賃もここら辺で一番安いとこにしてんだよね。ぶっちゃけキツいから。ま、半分は親からの仕送りで生活してるんだけど」
「一人暮らしなんだ……ってそりゃそうだよね。こんな……」
「狭い、とか失礼だかんね。一応中は片付いてるし整理してあるから、そこまで窮屈じゃないと思うよ。ほら、コイちゃんもおいで」
「し、失礼します……」
手招きする青雨さんに続いて、物凄く遠慮したいのを抑え込んで上がらせてもらう。
こんな狭…………あまり広くない場所じゃ、いざという時に逃げられないというか。──って何考えてるんだ僕は。
逃げる必要なんてある訳がないのに。
「「お邪魔します……………………っ?」」
僕と鯉佐木さんは、同時に机の横に置いてある物に目が行った。いや、あんな主張の激しいモノが気にならない方が凄いけど。
「青雨さん、それは……?」
「え? サンドバッグだけど?」
「そんな当たり前みたいに言われても……」
「コレがサンドバッグだって、一目見れば分かるっしょ?」
「いや分かるけどそうじゃなくて……」
「コレでパンチ鍛えたんだよね〜中学時代。今はもう月一くらいでしか使ってないなぁ」
身体を鍛えた、とか言うのではなく、ピンポイントにパンチを鍛えたんですね。恐ろしいです。帰りたいです。
「んじゃあま、早速やって行きますかっ。二人が得意な教科って何?」
テキパキとお茶の準備をした青雨さんが、バッグからルーズリーフを取り出しながら言う。僕達はまだ棒立ち。
焦って腰を下ろし、楕円形なテーブルにシャーペンを置く。そんな至って普通な動作を終えて、僕はふと疑問に思った。
──何で、「得意な教科が必ずある」的な言い方なんだろう。僕は何も自信ないんだけど。
「……強いて言うなら、国語かなぁ」
僕日本人なんで。多分一番出来てコレだと思う。
僕の返答を聞いた青雨さんは、「へー」と興味なさげ。そのキラキラした視線の先には、ガクブル状態の鯉佐木さんが立ち尽くしている。
鯉佐木さん、もう座っていいと思うよ。
「コイちゃんは?」
「得意とか、は……ない、です。けど、一番成績がよかったのは、化学……? えっと理科系で、す……」
「へーそうなんだぁ! コイちゃんって絶対、『日本人だから国語』とか言うタイプだと思ってた!」
耳が痛い言葉が聞こえたけど、聞かなかったことにしよう。それが僕の幸せだ……。
「えっと……国語は、あまり得意じゃないです……。漢字、とか。古文とか……が、出来m…………出来ませ、ん」
「あー分かるぅ! ともも結構漢字苦手でさ〜。『鱗』とか『剥離』とか、時々間違えそうになんだよね〜。『隣』と……何か変な感じに」
最早テキトーに話を合わせてるだけにも見える、ヘラヘラ笑いの青雨さん。僕はどちらかというと古文が苦手なのかなとか思いました。
何か、漢字がどうの言うよりは……その、日本語が妙だったりする時が見られるので。すみません埋めないで下さい。
──ようやく鯉佐木さんも落ち着いたらしく腰を下ろし、いよいよ勉強スタート。青雨さんの部屋はサッパリしているからか、あまり緊張しない。
鯉佐木さんの部屋は、ぬいぐるみとか、何か可愛らしい物が多かったし落ち着かなかった。
「で、勉強会って何すんの? 二人も初めてなのくらい分かるけど、ともも分かんないんだよね。人と勉強……ってか勉強らしい勉強をしたことないし」
サラリと天才発言をされて、少しやる気が減少してしまった。何? 勉強をしたことないのに勉強得意って。どういうこと?
鯉佐木さんもいつもより目が開いてるじゃん。
「耕介分かる? 勉強の仕方。つーか勉強会の仕方」
「た、多分。勉強会なんだし、お互い分からないところを教え合うって感じでいいんじゃないかな……多分。でなんだけど、僕の勉強法はアテになりません」
「教え合う……分かんないとこか……」
青雨さんが物凄く険しい目つきになった。彼女のこんな顔初めて見たかも知れません。
鯉佐木さんのことを話す時は真剣なんだけど、それとはまた違った雰囲気。本気で「分からない」ってオーラが出てる。
「じ、じゃあ鯉佐木さん。苦手な教科って何? 僕が分かることなら教えてあげられるから」
「そーそー。遠慮しなくていいんだかんね? 今日は耕介センセーがいるんだし、バリバリ教えてもらお」
「僕は人に教えられる程勉強出来ないよ!?」
というか、僕が鯉佐木さんに教わる予定ではなかったですか? 結局僕が教える側なんですか? 多分鯉佐木さんの方が成績いいよ?
「……こ、これ」
遠慮がちに鯉佐木さんが持ち上げた教科書は、保健体育のものだった。
うん、全く自信がない。
この二人の期待の眼差し……どうにか生徒側にジョブチェン出来ないかな。