6・鯉佐木さんの友達日記 2
──『友達日記』。
かつて、中学生だった鯉佐木さんが所持していたノートには、そう書かれていたらしい。青雨さんによると。
友達になれそうな相手や、友達なんじゃないかって思える相手の名前が、可愛らしいイラストと共に記されていたんだとか。
……いやちょっと待って?
「何でその日記の内容を知ってるの? 鯉佐木さんに『見せて』って頼んだら見せてくれたの……?」
「そんな訳ないじゃん。偶然、見ちゃっただけ」
「書いてるとこ覗いたってこと……? それはちょっと……」
「違う違う、そんな変態じゃないし。全く、人を何だと思ってんのマジ」
「……ごめん」
一気に不機嫌オーラを出した青雨さんに、すかさず謝る。怖いし。
けどさ。じゃあ、何で日記の内容を知っているの?
「……ゴミ箱に、上手く入ってなくて。開いてた部分読んじゃっただけ」
青雨さんはふぅ、と溜め息混じりに言う。視線の先は、鯉佐木さんの席だ。
ちょっと衝撃的な答えが返って来て、直ぐに反応出来なかった。
「ゴミ箱……?」
「うん、ゴミ箱。マジ偶然なんだけどさ、あの日教室に忘れ物取りに行ったんよ。放課後。使う予定だったゴm…………忘れ物を取りに」
何か言い淀んだみたいだけど、「ゴミ」って聞こえた。使う予定だったゴミって何それ。ゴミじゃないじゃん。
それとも僕が聞き取れていないのかな。そっちかも。
ギロッと睨まれているのに気がついて、反射的に姿勢を正した。怖い。
「で、教室入ろうと思ったらコイちゃんがいて、ノートをガン見してたの。その後、普段からは想像つかないくらい乱暴に、ノートをゴミ箱に放っぽったんだよね。スリーポイントみたいに」
「思ったより乱暴じゃなかった」
鯉佐木さんにそんな一面があったなんて。やっぱり人間なんだなぁ。当たり前だけど。
「……で、そのノートを入れ直したら見えたって訳」
「何が理由かとか、分かる……?」
「ま、色々調べたしね。噂頼りだけど」
背もたれにまた寄りかかって、青雨さんは真剣な目になる。態度と心が釣り合っていないと思うのは僕だけでしょうか。
「友達になれたと思ってた奴らが、裏切ったっていうか。遊ばれてただけだったみたい。よく考えたらあの日記に、悪口が書かれてたりもしたんだよね」
「……酷い」
「っしょ? そいつらはともがボコボコにしといたんだけど、コイちゃんの心は閉ざされちゃったって訳。トラウマとも言える。だから、基本的に独りでいるっぽいんだよね。ともの見解では」
確かに、鯉佐木さんから誰かに歩み寄っている場面は浮かばない。それよりさらっと「ボコボコにしといた」とか言うの恐ろし過ぎる。
鯉佐木さんは元々内気だったのかも知れないけど、要するに人間不信になっちゃったってことなのかな。それは惨過ぎる。
「因みにそれ中一の話ね。やらかした連中は、お調子者グループ。『本当はジョークのつもりだった』とかふざけたことぬかしてたから、まぁ……埋めたよね」
「嘘ぉお!?」
「嘘じゃないし。首まで出して後は埋めた」
「……っ」
怖い怖い怖い怖い。この人本当に怖い。ヤンキーとかじゃなくてそれ以上じゃん。
その場合って、命に関わるとか聞いたことあるんだけど……無事だったのかな。怖くて訊けないんだけど。
「安心しなよ、一分で出したから問題なかった。トラウマになった程度じゃん?」
「……」
「それよりさ、ともは耕介に期待してんだよね」
「……え?」
不意に屈託ない笑顔を向けられて、内心ビビり散らかした。一度覚えた恐怖は中々洗浄されない。
こんなビビりな僕に一体、何を期待していらっしゃるのでしょうか。そして期待に添えられなければ、海の藻屑になったりするのでしょうか。
訊きたくはない。聞かない方が絶対幸せ。
「聞いてる? ともは耕介に期待してんの期待っ。コイちゃんと、たった一年で打ち解けてみせたんだしねー」
「な、何を期待してるの……?」
「何でビビってんの? んっとね、コレは期待と同時に試してるかも」
「試し──ひっ!?」
ビシッと、目の直ぐ近くに指が突き出される。綺麗だけど、その長めな爪が超怖い。
動いたら目潰しされる気がして、震えはするけど微動だにしないことにした。
青雨さんはまた屈託のない笑顔で、僕のおでこを軽く突いた。爪が当たって痛かったです。
「絶対に、コイちゃん裏切んなよ? 耕介しか出来ないんだから、任せた! ……ま、それだけよ」
裏切るな……ということは、中学時代にボコボコにされた人達と、同じことされるかも知れないよね。裏切ったら。
でも、僕が鯉佐木さんと仲良くなりたいのは事実だ。遊びなんかじゃない。嘘でもない。それは断言出来る。
だから、
「絶対、鯉佐木さんを笑顔にしてみせるよ。ちょっと、何が出来るのかって……自信は湧いて来ないけど。それでも、二度と同じ悲しみなんて…………ごめん何か胃が痛くなってきた」
何恥ずかしいセリフ言っているんだ、と理性に鼻で笑われて我に返った。
いや、嘘は吐いてないんだけど……。
「はー? 何それ。しっかりしてよね〜」
「ごめん……ってあれ? 鯉佐木さん、学校来たんだ?」
「……」
ドアのとこに、ポツンと佇む鯉佐木さん。制服もバッグもちゃんとしてる。
今日は授業ない日だけど、今頃何で来たんだろう?
「おはよ、コイちゃんっ。……ともは席外すわ。ごゆっくり〜」
「え、ああ……またね青雨さん」
「バイビー」
青雨さんのことをじっと目で追う鯉佐木さんは、キョトンとしている様子だ。多分呼び方でだよね。
……中々その場を動かないから、僕も呼んでみよう。
「鯉佐木さんおはよう。席、座ったら?」
「……うん」
小さく頷いた鯉佐木さんは、何だか少し、いつもより機嫌がいいように見えた。




