5・鯉佐木さんの友達日記 1
今日は世にも珍しき、自由登校の日。僕はまだ三年生じゃないのに何故、こんな日があるのか全く知らない。
三年生だったらさ、分かるよ。卒業から就職・進学に向けて〜みたいなのがあるからさ。
でも、二年生はド真ん中じゃん。一体何故に設けられた日なんだろう。
……まぁ、暇だから登校したんだけど。朝から、大好きなミステリー小説読んでいるんだけれど。
授業ないらしいから。
「授業ないなら、来る必要なかったじゃん……。自由登校じゃなくて普通に休日にしたらよかったのに」
みんなそれを知っていたのか、二割程度しかクラスにいない。今日は鯉佐木さんも来ていないみたいだ。
いてもいいならこのままでいるけど、本当に何もないんなら損だ。特別授業とかあって欲しい。
「おっ、耕介いんじゃん。おはよ。えっと……? コイちゃんはいません、と」
「あっ、青雨さん……。おはよう」
お行儀悪く脚で扉を開けたのは、青雨さんだ。自由登校なら絶対来ないだろうと思ってた人が来た。
今の独り言を聞いた感じ、鯉佐木さん目当てだったのかも知れない。用事でもあったのかな?
「よっと」
「え、またそこ座るの? そこ、田代くんの席……」
「別にいいっしょ、いないんだし。てかどうせ来ないし」
「えぇ……でも」
「コイちゃんは? 今日来ないの?」
「……分からない。けど、普段だったら授業中の時間だから、来ないってことなんじゃないかなぁ」
「ふーん、そっか」
せっかく一人で小説読んでたのに、青雨さんが机を肘置きにして来る。何でここでスマホ弄ってるの。前向けばいいのに。
そこ田代くんの席だけど。
正直、苦手なんだよね青雨さんみたいなタイプの人。髪を染めてたりは気にしないんだけど、ピアスは校則違反だよ。シャツのボタン開けっ放しなのも。
それに、噂でヤンキーって言われてるし。ぶっちゃけた話怖い。
青雨さんがいつもつるんでる人達が誰もいないから、弱そうな僕のとこに来るのかな。
「耕介さー」
不意に呼ばれて、逸らしていた目を向ける。スマホ凝視でこっちを見てもいなかった。
「……何?」
「コイちゃんと仲良くなったきっかけとかある? あんな大人しいけど顔面クイーンなコとさ、耕介みたいなオドオドしてる奴がさ、どーやって話すようになったのか気になんだよね」
「あー……」
オドオド、してるけどさ確かに。何も躊躇わずに言うんだね……。
それと、顔面クイーンって中々なワード。
僕と、鯉佐木さんは仲良いのかな。そこはちょっと不安だけど、話すようになったのは、
「僕が毎日挨拶してたら、自然と。鯉佐木さんの方からも挨拶してくれるようになって」
「へー、そうなんだ」
全然興味がなさそうな態度で、青雨さんは相槌を打つ。頑なにスマホから目を離さない。
「まー、言っちゃえばあのコ臆病だもんね。何かやたら高嶺の花みたいな噂立ってるけど、実際輪に入れないだけだし。こっちから行くしかないよねー」
「……鯉佐木さんのこと、分かってたんだ」
「ま、中学一緒だし。段々分かって来てたよ、全く口開かんし」
中学一緒だったんだ、二人とも。
でも本当に気になるんだよね。何で殆ど話さない鯉佐木さんが、クールだと思われているのか。普通にコミュ障だって分からない?
その点を、青雨さんは理解しているみたい。
「……青雨さんってさ、鯉佐木さんと仲良くなりたいの?」
校内で恐らくただ一人、鯉佐木さんをあだ名で呼ぶ人物。僕には興味なさそうだけど、鯉佐木さんのことは追いかけているようにも感じる。
だからってこの疑問なんだけど。どうなんだろう。
「うん」
即答だった。
しかも、スマホからようやく視線を変えた。やっぱりこの人、鯉佐木さんのことだと反応するのかも。
青雨さんは椅子の向きを変えると、こっちを向いたまま背もたれに寄りかかった。
「やっぱさ、あんなモデルみたいなコと仲良くなれたら嬉しくね? 冗談抜きで。とも綺麗なもの大好きなんだよね。コイちゃんは物じゃないけど」
「結構ストレートだね」
「隠しても意味ないし。冗談抜きって言ったじゃん」
「……すみません」
「いちいち謝るのイライラするんだけど」
「……」
じゃあ、何て反応したらよかったんだろう。本当に苦手だよ青雨さんのこと。
深い溜め息を吐かれて、小説を読む気力もなくなった。このまま帰りたいけど、今はタイミング悪過ぎて後々痛い目みるかも知れないし、我慢しよう。
「つーか、耕介は? 耕介がコイちゃんにつきまとってる理由は?」
「いや別に、つきまとってるつもりは……」
「何で仲良くなろうと思ったん?」
「……席が隣だから」
「あっそ」
またスマホに戻った。もう泣きそう。早く帰りたい。もしくは授業始めてほしい。
どうやったらこの空間から抜け出せるのかな。素直に「帰る」って言える程僕は勇敢じゃないんだ……。
「……ともはね、もう一つ理由があるんだよね」
「え?」
鯉佐木さんの席に目を向けた青雨さんは、何だか深刻そうな顔をしてる。
さっきの、「綺麗なものが好き」って理由以外に、もう一つあるらしい。
「耕介さ、『友達日記』って知ってる?」
「友達日記……?」
繰り返したら、青雨さんは深く頷いた。珍しくスマホから手を離しもした。
友達日記とは何のことなのか。そう疑問を抱いていたら、青雨さんが再び口を開いた。
「コイちゃんが大事にしてた、ノートの内容なんだけど──」