最終話・鯉佐木さんと。
──寒さに堪えながら登校して、少し深呼吸してから教室に入った。
僕には、席に着く前に必ず目が合う人がいる。誰よりも大切な、大切な人だ。
「おはよう、小谷くん」
「おはよう、鯉佐木さん。今日も寒いね」
──鯉佐木愛奏。
学園一とも言えるほどの美貌を持ち、無口でいることが多いため孤高の美少女と囁かれているコだ。
本当のところは、内気で臆病で、人と話すことが苦手な自称「陰キャを極めた」女の子なんだけどね。
なーんて、久々に鯉佐木さんについてちょっとだけ語ってみたり。
「明日も、雪が降るみたい。小谷くん忘れがちだから、傘、気をつけてね?」
「あはは、確かに忘れるの多いなぁ。ていうかもしかして、朝から降るわけじゃない?」
「気象情報で見たら、午後からだった」
「傘、ちゃんと準備しないとなぁ」
朝から鯉佐木さんと、何気ない会話を交わす。実はこれだけでも、大きな進歩なんだ。
かつての鯉佐木さんは、教室内であまり喋ろうとしなかった。でも今は、完全にではないけど人目を気にせず、話してくれるようになった。
それだけで凄いんだ。僕や鯉佐木さんにとっては、大きな一歩なんだ。
「……明日、雪が降るんだよね」
「うん、降るって」
さっき聞いたことを確かめたからか、鯉佐木さんは不思議そうに首を傾げる。ごめんね、流れが欲しかったからさ。
授業の準備をする手を一旦止めて、鯉佐木さんと目を合わせる。
「だったら、さ。今日放課後何処か行かない? 丁度次が土日だしさ」
学校の前日は、鯉佐木さんを疲れさせるわけにはいかないし。というわけ、なんですが。
鯉佐木さん大きく目を開いて、少し顔を近づけて来た。近い、可愛い。
「それって……」
「え、えっと。デート、なんですけど……」
「……うん。じゃあ、放課後、一緒に遊ぼう?」
「ありがとう鯉佐木さん」
「こちらこそ、ありがとうございます」
こそこそと、小さな声で会話する僕達。ここは教室だし、出来れば誰にも聞かれたくないもんね。
それより、鯉佐木さんとのデート決定だ。放課後までに何処で何するか決めておかないとね。
「えっと、小谷くん待たね。私化学室行かなきゃ」
「あ、うん待たね。僕も早く準備しないと」
一時間目が別な鯉佐木さんとお別れして、慌てて授業の準備再開。
──突然腰を鷲掴みにされて、心臓飛び出るかと思った。
「び、ビックリしたぁ。やめてよ青雨さん」
「いやぁ見せつけてくれんじゃん。デート何処行くの?」
「も、もうちょっと小声で言ってよ! 場所は、まだ決まってないけどさ」
「まぁ、まだ時間あるしゆっくりでいいっしょ」
青雨さんはずっとニマニマしてる。一応、僕達のことを知ってるからだろうけど。
「いやぁ、耕介が不快な選択をしなくてよかったわー。コイちゃんのこと裏切らなくてよかったわー」
「だから声が大きいって。あと何度も言ったでしょ? 裏切らないって」
「ともを騙したのはムカついてるけどね」
「……だって、一番最初に鯉佐木さんに伝えたかったし」
「ま、結果的によしとしますか」
青雨さんは二ヒヒと笑って、僕の机に座る。ちょっと青雨さん、せめて前か鯉佐木さんの席に座ってよ。空いてるでしょ。
……因みに、なんだけど。
僕と鯉佐木さんは、付き合っています。恋人に、なれました。凄く嬉しいです。気分は最高です。
あの、鯉佐木さんの誕生日からは一ヶ月以上経過していて、今は一月の七日。冬休みが終わって二日目だ。
クリスマスだったり、お正月だったり、鯉佐木さんとは沢山思い出を作れた。これからも更新していくつもりなんですけども。
とにかく僕は、鯉佐木さんを一生幸せにしたいと、そう願っておりますです。はい。恥ずかしいです。
「……結果的にっていうのは、まだ早いか」
「……え?」
青雨さんがふと呟いた。少し声のトーンが低めだったのが、不安になる。
ふっ、と邪悪な微笑みを浮かべた青雨さんは、僕の耳元に口を近づけて、
「これからも、裏切ったら承知しないかんね」
結局そう言った。付き合っても、ゴールはそこではないということ。それは分かってるんだけど、思わず背筋が凍ったよ。
普段は怖くて素直に「はい……」ってなるんだけど、毎度毎度、この言葉にだけは言い返すようにしてるんだ。
「でも僕は、絶対に裏切らないし!」
「あはは、ともも期待してる」
ニッと笑った青雨さんは、機嫌よさげに自分の席へと戻って行った。あの人と話してると寿命が削られる気がする。
改めて言います。僕は一生鯉佐木さんを幸せにする。何があっても絶対に裏切らないから!
♡
「もう直ぐ小谷くんの誕生日だね」
「えっ────あ、そっか。そうだった」
「忘れてたの……?」
お昼休み、裏庭で食べるために移動。鯉佐木さんに言われるまで、自分の誕生日が目前に迫っていることを、完璧に忘れていた。
僕の誕生日は今月の十一日。つまり四日後である。もう本当に直ぐじゃん。
「小谷くんの誕生日にも、デートしたいね」
「したい。でも寒そうだから、おうちデートでもいいなぁ」
「じゃあ、うち来る?」
「……いいの?」
「うん、いいよ。休日の間に色々決めちゃおうね」
「うん、そうしよう。ありがとうね」
「ううん。小谷くんの誕生日は、絶対一緒に過ごしたかったから」
鯉佐木さんの笑顔で、心が癒される。鯉佐木さんって何でこんなに可愛いんだろうなぁ。
僕さ、恋を自覚してから鯉佐木さんにデレデレだね。キモくないかな。
「あ、あの……小谷くん。お弁当作って来たんだけど、た、食べてくれますか……?」
遠慮がちに弁当箱を差し出された。えっ? 鯉佐木さんが作ったの?
「食べる食べる! 嬉しいありがとう鯉佐木さん!」
「い、いえこちらこそ。あの、不味かったら遠慮なく捨ててください」
「そんなことしないよ!? 早速、いただきます」
普通は期待だとか、不安だけど祈るような、そんな顔をするんだと思う。でも鯉佐木さんは、絶望感丸出しの表情で僕を観察している。
……いや、美味しいけどなぁ。味見とかはしただろうし、不安になることもないと思うんだけど、やっぱり鯉佐木さんは鯉佐木さんだね。
ちゃんと、不安というか絶望を払拭してあげないと。
「美味しいよ、鯉佐木さん。だから安心してね?」
「あり、がとう……。ありがとう、小谷くんのために、頑張ったの」
「本当嬉しい。凄く美味しいし、丁度僕好みの味付けなのかも」
「楓ちゃんに、小谷くんの好みを聞いたから……」
「そ、そうなんだ。ありがとうねそこまでしてくれて」
今度は、僕にどっと不安が湧き上がる。楓、変なこと吹き込んだりしてないよね。大丈夫かな。
……でも、鯉佐木さんの手作り食べられるの凄く幸せだなぁ。それだけで嬉しいもんね。
残りの授業も、めちゃくちゃ張り切れそう。
♡
──僕より遥かに、体育担当が張り切っていた。そのため時間をちょっとだけ過ぎてしまい、謝罪するのにもそこそこ時間をかけられてしまった。いいよそこまでしなくて。
「急がないと。鯉佐木さん待たせてるのにも〜!」
超特急で着替えて、階段を駆け下りる。昇降口まで軽く走って──鯉佐木さんと目が合った。
鯉佐木さんは、僕に柔らかい笑みを向けてくれる。
「帰ろう?」
──鯉佐木さんがいてくれて、鯉佐木さんと笑い合える。
この幸せな時間を、僕は一生守り抜く。
〜fin〜
完結です!50話分、ありがとうございました!
珍しく感想貰えたのめちゃめちゃ嬉しかったです!
……よければ、他のも見ていってね☆w




