46話・鯉佐木さんと雪の中での約束 2
鯉佐木さんから、突然のお話。僕が覚えていないかも知れないことだという。
何だろう、凄く不安だ。鯉佐木さんに関することで、今日二度も忘れてることがあったら、自分をお説教したい。するしかない。
「……でも、ここじゃ目立つかも」
鯉佐木さんが周りを遠慮がちに見回して、そう零した。確かに、このお店あんまり広くないし、他の人にも聞こえるかも。
でも、聞かれたくない話なのかな。だとしたら何だろう。
「じゃあ、外に出よっか? 雪降ってるし寒いだろうけど、どうする?」
「あまり人がいないところなら、大丈夫。寒さも、大丈夫だよ」
「分かった。そうだなぁ、なら…………」
♡
──今は午後六時を過ぎていて、訪れる人もそこそこ多いショッピングモール。でも実はここの屋上、人があまり来ないんです。
理由は、特に何もないから。解放されてて出入りも自由だけど、本当に何もない。
隅の方にベンチがあるだけのスペース。
「ここなら、話せそう? 人も、殆どいないし広いから遠いし」
「うん。じゃあ、言うね?」
「うん、どうぞどうぞ」
雪が降っているけど、僕達は傘を差さない。何故なら、恐らくどっちも傘を持っていないから。
さっきショッピングモールの中で買えばよかった、とか、今更に思う。そろそろ手袋とかも欲しいかも。
寒さを堪えながら、鯉佐木さんの目をじっと見つめる。鯉佐木さんも見つめ返して来て、準備は整った。
「……誕生日、小谷くんと一緒にいたいです」
「……へっ?」
少し、不安そうに放たれた言葉に、口が開いたままになった。
鯉佐木さんの誕生日。十二月だっていうのは前に聞いた。十二月のいつかを聞かなかったのは、僕がバカだからだと思う。
だからなのか、確かに忘れていたかも知れない。正確に言うと、十二月と分かっていたけれどいつなのか聞くのを、忘れていた。
祝う予定もちゃんとあったし、プレゼントも確保済みだけど、それ以前の問題だった。
それは、不安にさせちゃうよね。いつなのか一向に訊かれないんだし。
僕が返事を忘れて反省していたら、不意に鯉佐木さんが口を開いた。そこでようやく、引き戻される。
「わがままだし、教えなかったのは私が悪いから……大丈夫。でも、私は……」
鯉佐木さんは一度口を結んで、何か悔しそうにしながら、言葉を繋いだ。
「私は、小谷くんに隣にいてほしい……です。誕生日、隣に」
裾をギュッと握り締めていて、鯉佐木さんがとても勇気を出しているのだと気づく。間抜けな反応をして見せただけの数十秒前の僕、頭を下げろ。
せめて「こちらこそよろしくお願いします」と伝えたかったけど、その言葉は鯉佐木さんの声で遮られる。
「ただの友達……でもただの友達でも、私にとっては一番大切な人が小谷くんでっ……小谷くんで、その、特別な日に小谷くんにいてほしくて……一緒にいたくて……っ」
こんなお願い、絶対に拒んだりしない。拒否なんか選択肢にない。
なのに鯉佐木さんは、今にも泣きそうなほど震えていて……なんか僕が泣きそう。耐えろ僕。
「……両親の、代わりなんかじゃない、です。ずっと友達がいなかったから……は、ある、けど……それ以上の気持ちが、あって」
一歩も動かないで聞いている僕を、まるで引き留めるように、縋るように鯉佐木さんは続ける。
何か、怯えているのかも知れない。僕がアホ面で間抜けな声を出したのが原因か、それとも、別の感情がそうさせているのか。
──その答えは、次の一言に現れていた。
「……小谷くんを、その日だけでも、ひひt、独り占め……したいです」
独り占め。
独り占めしたい。鯉佐木さんのその一言では、僕は直ぐに気づけなかった。けど、一瞬考えて、直ぐに正解に至ったんだ。
鯉佐木さんは口下手である。鯉佐木さんは緊張にめちゃくちゃ弱い。鯉佐木さんは──陰キャを極めている。
これまでに知った、鯉佐木さんの特徴の中に、隠されていたんだ。
「理由は、直接は言えない……です。でも、きっと、来年には……えっと、卒業までには、絶対、教える、ます」
頑張っている時の鯉佐木さんは、直ぐに敬語に戻る。これは、嫌な印象を持たれたくないっていう、保険でもある。
つまり、本音を話している時……いや鯉佐木さんは大体本音で話してくれてると思うんだけど、多分、そんな感じだ。
なんて言えばいいんだっけ? ヤバいそんな簡単な日本語すら忘れた。
「……小谷くん、私の誕生日、一緒にいてくれますか? 私は、小谷くんと一緒にいたいです」
今度こそ、鯉佐木さんの言葉に答える。また間抜けな声なんて絶対出さない。男だからちょっとかっこつけたいとか邪な気持ちは湧いたけど、関係なく、伝えるんだ。
「僕こしょっ!!」
──すんごい裏返った。き、気にしない気にしない。
「僕こそ、鯉佐木さんと一緒にいさせてほしいです。鯉佐木さんのこと、一番近くでお祝いしたいです。ぜひ、よろしくお願いします!」
照れが勝って勢いをつけたら、その勢い余って、告白する時みたいに手を差し出した。頭も下げて。
これ、傍から見たら告白シーンなのでは? 凄く恥ずかしい。……鯉佐木さんの、返事は?
って、返事も何も決まってるんだった。僕がテンション狂ってるだけなんだった。
「こちらこそ、お願いします……っ! ……嬉しいっ」
「……っ!」
僕の手をギュッと握った鯉佐木さんの目からは、一雫の涙が流れる。鯉佐木さん、勇気出してくれて本当にありがとう。祝えないところだった。
……あ、そっか、勇気だ。
──勇気、だ。




