40話・鯉佐木さんとの学園祭 6
──二時間経つ前だけど、あと十分で学園祭も終わってしまうということで、自分のクラスに戻って来た。
……のだけど、
「あれ? 看板がなくなってる……?」
このクラスの看板が、消失していた。待ってどういうこと?
鯉佐木さんと二人で顔を合わせて、お互いに首を傾げる。とにかく、中に入って確認しないと。
「あ、二人ともお帰りー! 楽しめたー?」
「ただいま筧さん。……皆、今何してるの?」
クラスメイトは殆どおらず、後片付けまで完了していた。当然お客さんもいない。
筧さんは「あはは」と笑ってから、僕と鯉佐木さんにカフェオレを渡す。ありがとう。
「完売しちゃいました〜!」
「ええっ!? 凄くない!? 結構用意してたよね!?」
「いやぁ、ともがめちゃくちゃ人集めて来てさ〜。最後の一時間で一気ににねー」
「青雨さん、本当に凄いなぁ……」
大体見えないところで色々やってるから、一体何をしたのかは全く分からないのがもどかしい。
隣でカフェオレを飲む鯉佐木さんを見てみたら、両手でコップを持っていて可愛らしかった。チマチマ飲んでるのも、なんか、いい。
「……ってあれ? その、大活躍だった青雨さんは? パッと見た感じ、ここにいないような」
売り切れまで持って行った青雨さんの姿は、この教室に見かけない。厨房代わりだった空き教室にでもいるのかな?
「あー、何かともね、待たせてる人がいるらしいんだよね。だから遊びに行っちゃった」
「あ、あ! そっか。そうなんだ」
よかった。青雨さん、ちゃんと夜兎くんのとこに行ってあげたんだ。
……さてと、残り時間はもう五分くらいしかない。学園祭終了までのカウントダウンが始まっている。
じゃあ、ちょっと、鯉佐木さんとお話がしたいな。二人切りで。
「ねぇ、鯉佐木さん。ちょっといいかな。裏庭の方で話したいんだけど」
本当は屋上がよかったんだけど、今はまだ学園祭。移動までに五分経過するとしても、まだ人はいる。片付けも残るし。
裏庭には出し物とかないし、屋上よりは人が少ないと思うんだよね。
「……? うん。いいよ、小谷くん」
「ありがとう。じゃあ、筧さんごめん、またいなくなるね」
「もうどうせ終わりだしいいよ〜。片付けも終わってるし」
ひらひらと手を振る筧さんにぺこりと頭を下げて、再度教室を後にする。帰宅を始める人達に紛れ、裏庭に向かった。
「──早速、なんだけど。いいかな、鯉佐木さん」
「……?」
コクコクと頷く鯉佐木さんをベンチに座らせる。僕も隣に座ったけど、何か緊張してしまう。
こんなこと聞くの野暮かも知れないんだけど、気になって仕方ない。だから、意を決して口を開いた。
「鯉佐木さん、今日楽しかった……?」
──そう、それだけが知りたかった。僕だけが楽しかっただけなんじゃないかって、不安で。
夜兎くんに言われたから余計に、かもだけど。
驚いた様子の鯉佐木さんは、少しだけあたふたしてから、何かを考え込む。まさか、楽しくなかったとか……?
「……楽しかった、よ」
鯉佐木さんは、照れ臭そうにはにかみながら、答えてくれた。その一言だけで、胸が高鳴ってしまう。
「もしかして、私、ずっとつまらなそうに……してた?」
「えっ、あっ、いや全然! そういうわけじゃなくて、僕が、自信なかったってだけで」
「あまり、顔に出せなくてごめんね。でも、凄く、楽しかったです」
「……よかった。鯉佐木さんが楽しめたなら、僕はそれだけでとても嬉しいよ」
「私も、小谷くんが楽しかったら、それで」
お互いに自分が言ったことで照れてしまい、不思議な空気になる。何か最近、こういうの多い気がする。
鯉佐木さんは、楽しんでくれた。僕も楽しかった。二人とも、一緒に楽しめたんだ。
嬉しい。嬉しい。
嬉しい──?
「小谷くん……?」
ハッ!? よく分かんないけどボーッとしてたしてた。じっと、鯉佐木さんの顔を見てた。失礼しました。
「な、何? ごめん何か、放心してたみたい」
「大丈夫……?」
「大丈夫! 付き合ってくれてありがとうね、鯉佐木さん。これからも、よろしくお願いします!」
「うん……!」
また、ドクンッと、胸が弾んだ。鯉佐木さんの笑顔だけでこんな気持ちなるなんて……僕はどうしてしまったのか。
……いや、もう分ってるのかも知れない。僕があまりにも経験がなくて、気づけなかっただけで。
もう、認めるべきだよね。受け入れるよ、楓。そして理解したよ青雨さん。
僕にとって、鯉佐木さんは──
大好きな人だ。
「小谷くん」
よく考えたら、僕の目に映るのは鯉佐木さんばかりだった。この一年半、鯉佐木さんに夢中だった。
それはずっと、恋をしていたからなんじゃないかって。ようやく気づいたんだ。
少し臆病で、恥ずかしがり屋で、寂しがり屋で、不器用で、滑舌が悪くて、食事が苦手で、何だかちょっとお姉さん振りたい、僕といるのが楽しいと言ってくれる女の子のことが……好きだ。
鯉佐木愛奏さんに
──恋をした。




