3・鯉佐木さんは絶不調
雨の日は憂鬱になる。そんな、最早当たり前のことを脳裏に浮かべつつ、隣の席をチラ見する。
窓際に、一際どんよりした空間が。
──鯉佐木さんがうつ伏せになっていた。
「鯉佐木さん、大丈夫……? 調子悪い?」
「……」
ピクリと反応した鯉佐木さんは、顔だけこっちに向けた。顔色悪いし、いつにも増して暗いから、やっぱり体調崩しているのかも。
「……大丈夫」
苦しそうな声で返事をされた。本当に大丈夫? 全くそうは見えないんですけど。
一応納得した素振りは見せておくけど、ここはどうするべきかな。間違いなく我慢しているだけだと思うんだけど。
悪化しちゃったら大変だもんなぁ。保健室連れて行くべきだよね。
目立っちゃってて居心地も悪いだろうし。
「ねぇ、鯉佐木さん? 僕が先生には話しておくから、保健室行こう? 付き添うからさ」
結構見ていられないし、風邪とかなら酷くなる前に何とかしなきゃ。悪化したら帰るのもしんどいよ。
まだ次の授業まで時間あるし、早めに移動すれば遅刻せずに済むと思う。だから鯉佐木さんに手を差し出して、「行こう?」と合図。
じっと僕を見つめた鯉佐木さんは、ズルズルと頭を引き摺りながら立ち上がった。重症では?
「……」
「うん、行こう。肩貸す? 支えなくて大丈夫?」
「……うん」
ふらふらしているから心配だけど、鯉佐木さんは自分で歩く。僕も何かあった時直ぐに対応出来るように、真後ろをついて行こう。
そんな僕達を見た生徒達が、何かヒソヒソと話し始めた。またあらぬ疑いをかけられていたりするのかな。
「……先生いないなぁ。何でこんなタイミング悪いんだろう」
保健室に着いたはいいけど、先生がいなかった。僕は普段ここに来ないのもあって、風邪薬の場所とかもよく分からない。
どれかも分からない。
せっかく連れて来たのに、これじゃ疲れさせちゃっただけなんじゃ……。
「ごめん鯉佐木さん──ってアレ?」
さっきまでそこに立っていた筈の鯉佐木さんが、いない。いなくなってしまった。
……と思ったらいた。ベッドに顔だけ乗せて、ぐてっとしてる。
何で顔だけ? そんなとこで座ったら埃とか付いちゃうよ?
「鯉佐木さん、ベッドに転がっちゃおう。借りちゃお」
「……許可、取ってないから……」
「多分許してくれると思うよ、その状態を見たら。風邪引いちゃった……? 体温計ならあるけど測る?」
「恥ずかしい……」
「…………そっか」
何で恥ずかしいんだろう。体温、測るだけなのに。
取り敢えず、鯉佐木さんをベッドに寝転がせたいけど、ぐったりしてて動けなそう。でも僕に、彼女をお姫様抱っこする力はない。どうしたものか。
……鯉佐木さん体重は軽いけど身長あんま変わんないから、僕じゃ持ち上げられないと思うんだよね。
「大丈夫……」
貞子みたいに這いつくばりながら、鯉佐木さんは移動。何とか横になった。
何か、こういう……コミュ障のコとかが苦しんでいるのを見ると、凄く不安になるね。放っておいたらいけない気がしてならない。
「……じゃあ、ゆっくりしててね。僕は授業前に、職員室覗いてみるから」
「ひゃっ……!?」
「えっ」
毛布をかけた流れでトントンって肩を叩いたら、聞いたこともない声を出された。今まで聞いた中で一番大きな声だ。
まずったな……触れちゃいけなかったか。女の子だもんね。忘れていた訳じゃなく、ちょっと幼く見えてしまってて油断してた。
ほら、妹とかが風邪引いたらしてあげるでしょ? それと同義。
ここは一旦謝って、急いで教室戻ろう。
「ごめんね鯉佐木さん、馴れ馴れし過ぎた。それじゃあ……次の休み時間また来るから、安静にしててね」
「……」
鯉佐木さんが頷いたのを確認して、職員室に直行。保険医に諸々伝えて、即教室へ。普通に遅刻した。
ああ、これまで遅刻なんてしなかったのになぁ。時間ギリギリを攻めていくのが好きだったのに。オーバーしちゃった。
まぁ仕方ない。緊急事態とも言える状況だったし。
「──コイちゃん何かあったん? さっきゾンビみたいに歩いてたけど」
昼休みになって直ぐのこと。僕がお弁当の準備をしていたら、目の前にクラスメイトの女子が座って来た。
金髪がやたら似合い、ピアスなどの校則違反だらけの彼女は、『青雨十望』さん。噂だとヤンキーらしい。
それよりそこ、田代くんの席だよ……。あと胸元ちゃんと閉めようよ。ついでに「コイちゃん」って呼び方凄い。
「ねー、どしたのって」
「あ、えっと……風邪引いちゃったみたいで」
「風邪? マジか。五月でも風邪って引くんだ」
「多分季節関係ないんじゃないかな……」
「お見舞い行くかー」
「うん────え?」
耳を疑って、思わず二度見した。それに気づいた青雨さんは、しかめっ面を向けて来る。
「何? 『え?』って何なの? ともがお見舞いしちゃダメっての?」
「い、いやそうじゃなくて……その」
「何? 耕介のそのハッキリしないとこ好きじゃないんだけど」
「ご、ごめん」
圧が強過ぎて、思わず謝る。だって怖いし。
ていうか名前、苗字とかあだ名でもなく普通に呼ぶんだね……。
話すの初めてなのに。
「えっと、鯉佐木さんと仲良いんだっけ……って思って」
「あー、なるなる。んっとねー……」
「小谷くん、ちょっといいかな」
「「え?」」
僕達の会話を遮ったのは、保険医の松下先生だった。身長がめっちゃ高くて、モデルだったんじゃって噂されている人でもある。
……ん? 何で鯉佐木さんのバッグ持ったの?
「はい、コレ。鯉佐木ちゃん早退するから、送ってってあげてね」
「「えっ」」
え?
「えぇ!?」
ええええええええええええ!? 何で僕!?
続きます!