30話・鯉佐木さんと僕の補習
「あれ? 何で鯉佐木さんと青雨さんも残ってるのかなー? もう下校時刻ですよー?」
僕の机に隣の机をくっつけて、鯉佐木さんと青雨さんは座る。……うーん、女の子に挟まれながら勉強って、落ち着かないな。
というか、本当に僕しか補習受ける人いなかったのね。
「ともとコイちゃんは、耕介の面倒見のために残りましたー。別に追試とかするわけじゃなくて補習だけだし、問題ないですよね?」
「そうだねー、別段悪いことはないね。じゃあ、小谷くんの補習は、二人にお任せしちゃおっかなー」
「「……え?」」
担任は、計五枚程のプリントを、青雨さんに手渡した。コレ、今日の不定期考査にあった五科目からの問題だ。
……つまり、コレを僕が解くのを、二人がサポートしてあげてってこと?
僕が答えを求めて見つめると、担任はニコッと笑みを見せて扉に向かった。
「じゃ、先生これから色々忙しいから、お願いね。鯉佐木さんは小谷くんと仲良さげだし、青雨さんは勉強出来るからきっと大丈夫だよねー」
「えっ!? 先生が居残り授業するとかじゃないんですか……?」
「違うよー。プリントの問題解いて、帰り際に職員室まで届けてくれればそれでいいの。それじゃあ、その時までまたねー」
ふわふわしたような口調が特徴的な担任は、颯爽と教室を去って行った。
そこそこ衝撃的で唖然としていたら、とんとんっ、と左肩をつつかれた。そっち側に座ってるのは鯉佐木さんだった筈。
「小谷くん、頑張ろう……? 早く終わらせれば…………ううん、何でもない。進めちゃおう……?」
「う、うん。二人ともよろしくお願いします。でもまずは、自分で解けるとこ解いてみるから、二人は終わるまで待ってて」
正直、チラッと見ただけでも、分からない問題があったことに気がついたんだけど。何事も自分自身の力でやってみなきゃ、ということで頑張ろう。
「──あの、ごめん二人とも。今一通り解いてみたんだけど、いくつか分からないとこもあって……教えてもらえないかな?」
十数分後、分かる場所を解いて、分からなかった場所も少しだけ粘ってみたけど、無理だった……という問題を二人に頼る。全部で七ヶ所もあった。
スマホを弄っていた青雨さんも、途中うとうとし始めて時々カクンッ、となっていた鯉佐木さんも、直ぐに反応してくれる。
鯉佐木さん、眠たそうなの可愛いな……。
「あー、耕介ごめん。今パッと見た感じ、この問題も間違ってるよ。ともが教えるから覚えて」
「え、あ、うん。分かったありがとう」
「……耕介? 集中してる?」
「してるしてる! え、何で?」
「……いやだって。まぁいいけどさ」
青雨さんがジト目で見て来るけど、よく分からなかった。僕自身はちゃんと集中してるつもりだったし。
……鯉佐木さん、無意識かな。机に伏せてる。顔だけはこっち向いてるけど、相当眠いんだろうね。ごめんね本当に。
「──んで、こう。ここね? 理解した?」
「う、うん。ありがとう青雨さん。分かり、やすかったよ」
「……ふーん」
素直にお礼を言ったつもりだったけど、青雨さんは不機嫌そうに眉を曲げる。
因みに鯉佐木さんは、僕が青雨さんに教えてもらってる間に寝てしまった。鯉佐木さんって、机で寝れるタイプだったんだね。
──なんて考えてたら、青雨さんにグイッと、顔を向かされた。首が痛い。
「その割には、理解するまでに時間かかってた気がするけど?」
「……えっ、そう? そう、かな……?」
「四回くらい同じこと教えたんだけど? ねぇ耕介、本当に集中してた?」
「し、してたよ!」
確かに、鯉佐木さんの寝顔に目が行っていたのは、否めないけど。
でもこれで全部の問題が埋められた。何気に、教えてもらうと思い出せるね、解き方やら何やら。これが記憶ってものか、なんて。
「さてと……」
僕と青雨さんは先に帰る準備を済ませて、スヤスヤと寝息を立てる鯉佐木さんを見る。リラックス中を邪魔したくないけど、帰るために起こさないとね。
「おーい鯉佐木さーん。起きて、帰るよ」
「うぅん……」
身体を揺すってみると、鯉佐木さんはむにゃむにゃと声を出す。何だろう、凄く可愛い。
ていうか、青雨さんも起こすの手伝ってくれないかな。鯉佐木さん意外にも中々起きないよ。
「鯉佐木さーん、終わったよー。おうちで寝よー?」
今ここにいるの、僕が悪いんですけど。
「……ぅん? 小谷くん……?」
「あ、おはよう鯉佐木さん。補習用のプリント終わったから、帰ろ?」
「……。…………。………………っ!」
時々瞬きをして、暫くの沈黙の末鯉佐木さんは、ハッとしたように身体を起こした。そして直ぐに髪の毛を整える。
「ご、ごめんなさい。小谷くんのお勉強、一緒に教えるつもりだったのに……」
「へーきへーき、気にしなくていいよコイちゃん。寝顔キュートだった」
「やっ……うぅ……」
鯉佐木さんが、恥ずかしそうに俯く。寝顔見られて照れちゃってるみたい。可愛いなぁ。
普段見ることの出来ない鯉佐木さんの寝顔。それを特等席で見れて、何だかよく分からないけど心が洗われた。
「小谷くんに、こんなダラしない姿見られりゅなんて……もうちょっと、しっかりしてたいのに……」
「……」
もしかして鯉佐木さん。その悔しさって、勉強を教えてあげられなかったことでは、ない?
もしかしてそれって、またあの、歳上感出したいとかそんな感じ? 一ヶ月くらいしか誕生日離れてないのに、そこまで気にする?
「何かよく分かんないけど、とりま帰りますか。雨降ってるけど」
「「…………あ」」
僕と鯉佐木さんは同時に窓の方を見て、小さく声を漏らした。
──忘れてた、雨。




