2・鯉佐木さんはめっちゃ細い。
「168センチに54キロか……去年測った時と全然変わってないな。もしかしたら成長止まるのかも」
春の終わり頃になると、この学校では身体測定が実施される。夏の体力測定に向けてなのだとか。
中学の時は違ったし大体は統一されてるらしいから、この学校が特殊なことは分かってる。
ここの体力測定は、個人個人に合わせてくれるらしいんだ。親切だよねぇ。
「あ、おい小谷。お前170いかなかったんだろ? しかも去年と変化ねぇし、もう止まんじゃね〜?」
「かもねぇ」
おっと、反射的に答えてしまった。誰かな誰かな。
……えっと彼は、同じクラスの橋田くんだね。カースト上位っぽい男子だ。
「俺さ、178だったわ。あでも、去年と全然変わってねぇからもう止まるかな〜。180、行きたかったな〜?」
…………何だろう、コレ。直接言えはしないけど、自慢なのかな。どうなんだろう。
それにしても170台後半か。確かに、身長高いもんねぇ。
凄いナチュラルに、肩を組まれているのが気になるところだけど、ちょっとごめんなさい。
「あ、おい何処行くんだよ。無視すんな」
「えっと、ちょっと用事が……」
「……あ〜あ、そういうことか。ははっ。──俺知ってんだぁ、お前が最近鯉佐木のストーカーしてんの」
「……え」
僕、ストーカーしてたの? いちいち追いかけ回したりはしていない筈なんだけど。あれぇ……。
ていうか、今のに反応して取り巻きくん達が集まって来ちゃった。
……ちょっと待って芦田さん、女子は別の場所なのに何でいるの? もう終わったの? 出席番号一番ではあるけど。
「え、何? コイツ、ストーカーなん?」
「えーキモ。こんなムサい奴に執着されるとかマジついてないねメロっち」
「誰だよメロっちて」
何か色々言いたい放題されているだけで、僕は何も言い返せない。こういう人達は、弱者だと悟った相手には常に上からだから、反論するだけ無駄だ。
それより、一応呼ばれてるんだよね僕。始まる直前に、終わったら屋上に集合って。鯉佐木さんに。
もう終わってるのかな。それともまだかな。……勇気が出ないから誘えないけど、SNSとかでやり取り出来ればなぁ。
あまり遅くなると授業始まっちゃうから、急がないと。
「じゃああの、本当に用事あるからこれで……」
「何? お前女子んとこでも行くつもり? 覗き?」
「うーわ、鯉佐木さんとこ行くんだコイツ!」
「……」
間違っていないから否定出来ないな。覗きではないけど、女子である鯉佐木さんに会いに行くわけだし……。
どうしよう。そうやって困っていたら、芦田さんが明るい茶髪に染められた髪の毛を弄り出した。
「つーかさ、メロっちマジヤバいよ身体。私より身長高いのに、体重2キロ差しかないの。キモくね?」
「お前がデブなだけじゃねーの?」
「はぁあ!? 私の何処がデブだっての!? 40キロ台が重いわけなくない!? 一応156センチはあんだかんね!? 大体男って夢見がち──」
……何だか仲間割れを始めたようなので、隙を見て逃げ出した。目指すは約束の屋上。
何でこの学校、屋上常に解放してあるんだろうか。
「あ、いた。……ふぅ。よし。──おはよう、鯉佐木さん」
「……!」
屋上のベンチに腰かけていた鯉佐木さんは、僕に気づくとキレよく立ち上がった。しゅっ! と行ったね。
普段はジャージ姿見ないから、今凄く新鮮に感じる。体育は男女別だから見る機会ないんだよね。
「……おは、よう。小谷くん……」
「うんおはよう」
「何か、つtついてる……?」
「え、あっ。ごめんごめんジロジロ見過ぎたね。ジャージ姿滅多に見れないなぁと思って」
「……」
鯉佐木さんは納得してくれたようで、二回頷いた。それからベンチに座り直す。僕も隣に座る。
こうして近くで見てると、改めて実感する。鯉佐木さん、本当に美人だなぁ。
「……小谷くん」
「ん? 何?」
恐る恐るといった感じで、鯉佐木さんは身体測定の結果が書かれた、用紙を取り出した。
凄い不安そうにチラチラ見て来るんだけど、どうしたんだろう。ダメだ全然思い浮かばない。
何を訴えているんだ。
「しん……ちょうの伸びてた……?」
あ、身体測定の結果について話したかったのかも。なるほどだから用紙を。
「えっとねぇ、悔しいことに身長に変化は見られませんでした。ミリ単位だったら分からないけど。鯉佐木さんはどう?」
「……どうぞ」
紙を差し出された。「どうぞ」って、それはまずくないですか。鯉佐木さん。
だって、聞いた話によると、女子の方ってスリーサイズまで表記されているらしいじゃん。見ちゃうかも知れないじゃん!?
……と、目で訴えてたら。
「小谷くんになら……」
何か、信頼はしてくれているみたいだけど、とことん危なっかしく思えてくるなこのコ。
「じゃあ、身長の部分だけ、見えるように……」
「……」
鯉佐木さんは頷いて、用紙の一部を指差しながら見せてくれた。僕もなるべくそこだけしか見ないように視線を向ける。
──その時、事故が起きた。事件ではなく事故。
「……あ、身長163なんだ。えっと、去年より2センチ伸びたんだね。よかったじゃん」
「……」
コクンコクンと、鯉佐木さんは照れながら頷く。そして予鈴が鳴ったので、やっぱりいつものようにそそくさと去って行った。
……はぁ。思わず溜め息だよ。
ここで、事故の内容。
「鯉佐木さん、指差してたとこ……スリーサイズだったんだけど……」
ついでに体重まで見てしまって、数字は伏せるけど言えることが。
鯉佐木さん、ほっそ────。