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19・鯉佐木さんとの夏休みの予定

「また明日、鯉佐木さん」


「……」


 コクコクと頷いた、小動物みたいな鯉佐木さんを見送って、僕も自宅へと歩いて行く。

 だけど今日はあまり、家に帰りたくない。気が乗らない。

 帰宅することに気が乗らないっていうのも変だけど、仕方ないんだ。

 何故なら──



「遅かったじゃないか我が兄。ほら、寄越せ」



 玄関のドアを開けると同時に差し出される右手。想像以上の事態だった。

 僕は手の主を見上げて、深く溜め息を吐いた。それからバッグを漁って、CDの入った買い物袋を手渡す。

 ──実は今日、()の誕生日なんです。

 夏休み開始と同時にとか、何度溜め息吐いても足りないよ。


「CDか。被ってもなし。兄にしては中々センスあるんじゃない? 私の好きなアーティストを把握していたとはね」


「あのさ、そこそこ高かったんだから、一応感謝の言葉をくれてもよくない……?」


「よくやった。褒めて遣わす」


「褒めるんじゃなくて感謝ね!? しかもビックリするくらい上からだし!」


「あれ? まだ祝いの言葉を聞いていないなぁ。ん? ん?」


「お誕生日おめでとうございます!!」


「ふふん、苦しゅうない苦しゅうない」


 とっても満足気な顔になった楓は、僕に感謝の言葉を述べることなく二階に駆け上がって行った。

 ……七月二十六日。楓の誕生日。

 今日は楓が、いつにも増して偉そうになる特別な日。僕からしたら嫌な日。パシられるのはごめんだから、部屋に引き篭っていよう。


「は? 引き篭る? 夏休み中? 兄は何処までゴミクズゲロ塗れだったら気が済むんだ?」


 ──という僕の思考をお見通しだったみたいで、鍵開けっぱだった自室に楓が侵入していた。脚を僕の肩に置かないで下さい。

 そして、ベッドには座らないで下さい。床でお願いします。


「ゲロ塗れって……。別に、夏休み中ずっとって訳じゃないよ。バイトもするし」


「それだけ?」


「……うん。だって、学校は休みだし」


「夏休みなんだから当たり前だバカ。はーーーっ! やっぱり兄は兄だな。ゴミだった」


 楓が、濁音混じりの大きな溜め息を吐いた。コレをクソデカ溜め息って言うんだろうなぁ。

 君の兄は人間じゃないの?


「おい」


「うわっ!? ちょっ……」


 いきなり襟を掴み上げられて、体勢を崩した。僕の上にチビッちょい楓が覆い被さる。小さい癖に無茶するなぁ。

 しかもそこから移動せず、押し倒されたみたいな状況のまま、楓に睨みつけられた。


「デートだ」


「は?」


 思考が、三秒くらい停止した。

 僕の間抜けな返事に眉をピクリとさせた楓は、跨っていた状態から完全に乗っ──痛い痛い痛い痛い。下腹部を膝がグリグリしてて痛い。


「デートしろって言っているんだよゴミ兄。せっかく出来た出来る筈のなかった彼女を放って置くつもり? ソッコー振られるよ? 分かってんのかこの男女」


「ちょっと何処掴んで……っ!? 痛いって!!」


「潰すかいっそのこと。デートすると言わない限り私は離れないからな」


 あちこち痛くて仕方ないけど、これには頷けない理由がある。

 だって、


「鯉佐木さんは彼女じゃないよ! 前は一緒に買い物しただけで、楓達に言われたからデートのつもりで臨んだけど、ただの友達なの! 勝手に恋人扱いしていたら、鯉佐木さんが可哀想でしょ!?」


 何より、僕みたいな情けない奴なんて嫌だと思うし。

 僕だって、鯉佐木さんのことは好きだけど、ずっと友達でいたいんだ。恋人なんて将来が不安定な関係を求めるのは、まだ怖い。

 もしかしたらこれから先、僕なんかよりずっと頼りになって鯉佐木さんを大事にしてくれるような、そんな人が出て来るかも知れないじゃん。

 だったら、鯉佐木さんをより幸せに出来る人が恋人になるべきだ。


「……って、別に僕は、鯉佐木さんのこと恋愛的な意味で好きだったりとか、ないんだけど」


「おい」


「痛ぃいいいいいいいいいっ!? 何で殴ったの!? 暴力はいけません!」


「うるさいなハエ野郎」


「ハエ!?」


 鼻が触れてるの気づいてるか分からないけど、取り敢えずそこまで接近されて、無意識に息を止めた。口臭いとか言われたくないし。


「よく聞け兄。兄が鯉佐木先輩みたいな美女から好意を寄せられることなんて……いや、女性から好意を寄せられることなんて今後一切ない」


「それは流石に言い過ぎじゃない!?」


「それと兄の気持ちなんてどうだっていい。このチャンスを逃したらその童貞を捨てることは出来ないんだぞ」


「楓は兄に下ネタ言うことに抵抗はないの!?」


「言っておくけど、鯉佐木先輩が誰かの誘いを拒まなかったところなんて見たことがない」


「……え?」


 相変わらず降りもしないけど体勢を戻した楓は、また溜め息を吐きながら続ける。


「兄はそんな鯉佐木先輩に、プールに誘われたような異端児だ」


 まるで僕が悪い奴みたいな言い方をしないでよ。


「断言してやる。鯉佐木先輩は、兄のことが好きだ」


 ビシッと。キッパリと楓は言った。

 根も葉もないただの憶測を、自信満々に言い放った。

 鯉佐木さんが僕を好きでいてくれているのは、普段の態度などを見ていれば自然と分かる。それに、僕ならいい、的なことも言ってくれるし。

 でもそれは、友達としてだ。恋愛的な感情じゃない。

 ……そうであってほしいというのが、臆病な僕の感想だ。


「そもそも、僕みたいなのを好くわけがないし……」


「それはそうだな。でも取り敢えずデートはしろ」


「デートじゃなくて、一緒に遊びに行くとかなら……」


「デートじゃないならコレを潰す」


「いっだぁああああああああああああああああっ!?」


 ──結局、鯉佐木さんをデートに誘うことになった。

 けど、その日の夜は下半身の一部がジンジンしてて眠れませんでした。

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