1・鯉佐木さんは滑舌が悪い
可愛い。スタイルいい。美人。クール。
校内では、鯉佐木さんをそう噂する人達で溢れている。
特に新一年生なんかは、殆どの人が初めて見るだろうからね。……あ、でも同じ中学だったとかなら知ってるのかな?
とにかく、鯉佐木さんは孤高の美少女的なキャラクターとして見られているみたいだ。
実際は内気なだけなんだよね。だからあまり持ち上げないであげてほしい。
「……私、は、その…………クールなんかじゃ、ないのに……」
──だって本人こんななんだもん。可哀想になってくるよ。
「鯉佐木さん凄く美人さんだからね、仕方ないのかも。でも、ちょっと不安になってくるよね」
「ち、ちょっとじゃ……ない……」
いつにも増して暗い鯉佐木さんは、逆にいつもより口数が多くなっている。不安は声に出すタイプなのかな?
周りの視線が気になり過ぎて困っているらしく、今は購買で買ったフレンチトーストを、何と非常階段で食している。
ここなら確かに殆ど誰も来ないけど、まぁまぁ緊張するよね。……僕がヘタレなだけか。
「鯉佐木さんはさ、褒められること自体が苦手なんだっけ? それとも注目浴びるのが苦手なだけ?」
「……」
鯉佐木さんは、僕の顔を見て俯くのを何度も繰り返す。コレは返答に困っている時の反応だ。
どっちかが正解で片方不正解かな? あるいはどっちも不正解もしくは正解。
困るってことは、その2パターンくらいしか浮かばない。
「……どっちも?」
「……」
コクン、と遠慮がちに頷いた。なるほど、どっちもか。
僕の場合は褒められるのは苦手まではいかないから、更に重症だね。出会った時に何となく分かってたけど。
でも、鯉佐木さんを全然知らない人達は勝手にイメージ作っちゃうだろうしなぁ。そして真の姿を知ったら直ぐに、裏切られたみたいな反応をすると思う。
だから噂を何とかするとかは、難しいよね。まず僕みたいな陰キャが出来ることじゃない。
「小谷くんは、しっ、知ってるでしょう……? 私は、陰キャを極めてるから……そそんな、期待されても…………吐きそう」
「だ、大丈夫!? 背中摩ろうか!?」
「……」
吐きそうって言われたから提案してみたら、首を振られた。はい、すみません。無闇に触れようとしてごめんなさい。
ていうか、陰キャを極めちゃったんだ……。それは中々。
どうにか助けてあげたいけど、何かしてあげられる気がしない。お手上げだ。評判を気にしないなら、本当の自分を見せるのが早いと思うんだけど。
陰キャに「気にするな」って言っても無茶なのは、僕がよく分かっている。
「……今更なんだけど、鯉佐木さんお昼ご飯それだけ?」
「……」
コクン、と小さく頷かれた。何か地雷でも踏んじゃったのか、一層縮こまってしまったようにも見える。
鯉佐木さんの昼食は、フレンチトースト 一枚と栄養食ゼリー×3。中々見ないセットだ。
「食事があまり…………」
ボソッと、鯉佐木さんが溢す。「あまり」ってことは、好きじゃないんだろうなぁ。
たまに見かけるよね、そういう人。栄養さえ摂ってくれてればそれでいいかな。僕は。
それから黙々と食べ進めていたら、鯉佐木さんに袖を引かれた。とっても控えめに。
「どうしたの……? 何かあった?」
「……あの。こたn。……小谷くんさえ、ぃよ、よければ…………」
全く目を合わせようとせず、鯉佐木さんは俯きながら何か言いたげ。僕さえよければ……?
暫く黙り込んでいた鯉佐木さんは、言っちゃ悪いけど下手な深呼吸を、何度も繰り返して胸を撫でている。心を落ち着かせようとしているのかな。
「……っ」
凡そ一分半。そのくらい経過してようやく、鯉佐木さんは言葉を紡いだ。
とっても不安そうに、ギュッと目を瞑りながら。
「これから、も……っ。いいい一緒にn、おひりゅごひゃむた@#*☆………………」
「……ん? あの、ごめんね。もう一度だけお願いしてもいいかな……?」
特に後半。特に肝心な部分が全く分からなかった。
何かを伝えたいんだろうけど、緊張がそれを上回っちゃってるみたいだ。
正直、内気な人間にとって聞き返されるのは地獄だ。なるべく、一回で会話を終了させたいから。
だから申し訳ないな……。
「お、お昼……を」
より丁寧で慎重に、鯉佐木さんはリピートする。「おひりゅ」は「お昼」だったんだね。
ちょっと考えれば分かることじゃんか、僕。その後は多分「ご飯」で、問題は最後。恐らく日本語になっていなかった。
ビクビク肩を震わせながら続ける鯉佐木さんに、凄い罪悪感を覚える。
「これ、からも。いt一緒に、食べてくれませんか……っ?」
──なるほど、謎は解けた。そういうことか。納得。
「うん、勿論。威張れることじゃないけど、僕食べる人いないからね……。いつでも大丈夫だよきっと」
「ありがと……ぅ」
「いえいえ。じゃあこれから、昼休みになったら誘うよ」
「あ、ありがとう……ございましゅ。……す」
「ううん、明日から楽しみだね。誰かと食べるなんて久々だからドキドキはするけど。よろしくね、これからも」
「……うん」
二回頷いた鯉佐木さんは、いそいそとゴミを片付ける。終わったタイミングで、チャイムが鳴った。
次の授業はそれぞれ別のを選択してあるから、今日はもう会えないかな。
「じゃあ、先に言っておくね。また明日」
「……」
鯉佐木さんは、小さく頷いて去って行った。
今回は僕も、頑張ったと思う。自分から話しかけるのが不慣れだからね。
それにしても色々知ることが出来た。場合によっては口数が増えたり、食事の事だったり。
あとはまぁ──
滑舌がとても悪いことかな。