18・鯉佐木さんは首を振る。
「……」
トイレから帰還した鯉佐木さんは、何やらキョロキョロと辺りを見回す。取り敢えず、一回座ってみることをオススメします。
「……鯉佐木さん? 何か気になるものでもあった?」
「……」
コクン、と頷かれてちょっとビックリ。合ってたんだ。
一旦、鯉佐木が満足するまで待ってみようと思う。もしかしたら集中したいかも知れないし。
一体何を探しているのかは分からないけど。
「……ここ」
キョロキョロしなくなった鯉佐木は、自分が座っていた席を見つめて小さく溢した。
汚れてたり、しないよね。椅子とか。
不安に脳がバグりそうな感覚があったけど、正解はもっと恐ろしかった。
「ここに、人がいた……?」
「えっ!? ひ、人……!? ぼ、僕は見ていないけど、なぁ……」
「……」
鯉佐木さんの、読めない瞳が僕をじっと捉える。目を逸らしてはダメだ。
と言っても、騙してるの嫌だなぁ。青雨さんに「教えるな」って言われてるから仕方ないんだけどさ。
「分かった」
暫く見つめ合ったら、鯉佐木さんが二回頷いた。すっと着席して、ポテトをもにょもにょ食べている。
……やっぱり鯉佐木さん、元気がない。目が死んでる、というか、焦点を失っているというか。
それもこれも全部、プールの件が問題だよね。僕がしっかりしていないから、鯉佐木さんをがっかりさせちゃったんだ。
だから、青雨さんの言う通り挽回しよう。この後、まだ時間があるならだけどデートに誘うんだ。
「……ご馳走様でした」
律儀に掌も合わせた鯉佐木さんは、ささっとおぼんを返しに行く。本当は僕が片付けようとか思ってたんだけど、気を貼り続けていたら頭から抜けた。なんてマヌケな。
お店の外で再会して、同時にお互いの顔を見た。
「……帰る?」
鯉佐木さんが、澄んだ目をして首を傾げる。これは大チャンス。
「あの、さ。よければなんだけど……この後、この後さ……あの……」
「うん」
「えっとね……」
──言えない。「デートしよう」なんてとてもじゃないけど言えない。
だって僕達恋人でもないんだよ? ただの友達だ。それなのに突然そんなこと言われても、変な人だと思われちゃうよ。
鯉佐木さんにはなるべく引かれたくない。だから、青雨さんには悪いけど、デートには誘わないよ。
デートなんだけど、デートという単語は使わないよ。
「時間があったら、もっと遊ばない? と、言っても何も決めてないんだけど……。それでもよければ、どうですか……?」
「うん、遊ぼう」
「即答!? いや、凄く嬉しいよありがとう! じゃあ、早速何するか話し合おう? 何処か行きたいとこある?」
「案内、するね」
「あ、うん!」
何処かは教えてくれないけど、鯉佐木はついて来て欲しいと言う。だから素直に後を追おう。
そう言えばだけど、ここから少し離れた場所で海が見えるんだよね。近いとは言えないけど、絶景というか何というか……取り敢えず海が見えます。
山を流れる川から繋がってるんだけど、周囲が木で覆われていて浜辺もないに等しいから、遊べはしないんだよね。
時々人が泳いでるの見かけたけど。
鯉佐木さんにも見て欲しいな、その景色。このままの道なら確実に教えてあげられるんだけど。
「ここ」
「ここじゃん!?」
──辿り着いたのは、ついさっき僕が話していた海が見える場所。
後方に山があって前方には海。それを繋ぐ川の上に、石レンガの橋が架かっているんだ。
ここが僕のオススメ、簡単に来れる絶景スポットだ。庶民的な、ね。
「小谷くんも、知ってた……?」
「あ、うん。せっかく連れて来てもらって申し訳ないんだけど、小さい頃よく見てたんだ、この景色」
「そっか……」
鯉佐木さんはボソッと呟いて、海の方に目を向けた。まさかこんなキセキが起こるとは。
まぁでも、知らない人の方が少なそうだなぁ。ここは、夕焼けで海が染まる時間が一番綺麗だ。
多分、海を知ってる人は大体分かると思うけど。
「鯉佐木さん、ごめんね何か。今日はもう情けなさ全開だったし、気も利かないし……」
「……」
今日のプールでの出来事などに関して、景色を見ながら謝る。夕焼けまではまだ時間があるかなぁ。
……何も言われないから、恐る恐る鯉佐木さんの方を見る。景色じゃなくて、完全にこっちを見ていた。
僕が気づかなかっただけだごめんなさい。
「……」
また、何も言うことなく、鯉佐木さんは首を振った。
その瞬間、一切空気を読む気のない風が吹いて、目に砂が入るという地獄。痛い。鯉佐木さんがせっかくこっち向いてくれてるのに。
「……私は、小谷くんを情けないなんて、おm……思ってない、よ」
風に靡いた髪を押さえながら、鯉佐木さんは続ける。
──とっても、優しい笑顔で。
「助けに来てくれた時、かっこよかった。ドキドキしたよ。……本当に」
「何も出来ずプールに突き飛ばされたのに……?」
「それでも」
鯉佐木さんは何度も頷く。これは慰められているのか、本当にそう思ってくれているのか。
鯉佐木さんは優しいからどっちも有りそうだけど、今だけは自惚れたい。
こんなに、幸せそうな笑顔を向けてくれるんだから。




