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9・鯉佐木さんと放課後勉強会 3

「──あ、もう九時になる。いつの間に……」


「へー、もうそんな時間経ってたんだ」


 スマホで時間を確認して、思い切り焦った。凄い居座ってしまったことに。

 よくお腹空かないな今日。僕達全員。


「んじゃ、今日は泊まりますか〜。三人で背中流しっこしよー?」


 立ち上がった青雨さんが、屈託ない笑顔で恐ろしいことを言い放つ。


「いやいやいやいや何言って……」


「とまぁ冗談はさておき。お開きにしよ。コイちゃんありがとねこんな時間まで」


「い、いえ」


 ……冗談でも、言っていいことといけないことがあると思うんですよ青雨さん。貴女のキャラクター的にも、軽い気持ちで言いそうだからどっちか分かり難いし。


 ──僕と青雨さんは帰りの支度をし、鯉佐木さんにお礼を言って今日は解散。そんな流れになる。当たり前だけど。

 何か、あまり役に立てた気がしないなぁ。多分、そもそもこの中で一番成績下だし。

 やっぱり、青雨さんから教わる方がよかったんじゃないかな。


「……」


「……?」


 何だか申し訳なくなって、鯉佐木さんをチラリと見た。向いた時には目が合って、不思議そうな顔をされる。

 うん、更に迷惑をかけては意味がないというより最低だし、挨拶だけして帰ろう。


「あの、鯉佐木さ……」


「じゃーまた明日ね二人共っ! 今回のテストは平均90点台行けるといいな〜」


「あ、青雨さんまた明日!」


「また、明日……!」


 あっという間に遠くなった青雨さんは、もう殆ど見えないってのに手を振ってる。よっぽど、鯉佐木さんと勉強会が出来たのが嬉しいんだろうな。

 あの人、鯉佐木さん好きそうだし。

 それにしても、タイミング悪かったな今の。


「えっとじゃあ……僕も、帰るね。鯉佐木さん戸締りはちゃんとしなよ……って偉そうに言うなって話だよねごめん」


「ううん、ありがとう………………………………えっと」


「また明日、学校でね。一時間目から体育だから、ジャージ忘れないようにしなきゃ」


「うん……あの」


 あー疲れたぁ。たった二時間ちょいしかやってないけど、座ったままだったしなぁ。

 お腹減って来たよ今になって。


「──ん? お?」


「……っ」


 何か、制服が重く感じる。ほんの少しだけ。

 コレは、何だろう。触って見た感じ、すべすべしてて……形が何か、その、細い部分と柔らかい部分と……何だコレ?


「あ、鯉佐木さん……の手だったんだ。ごめんね、確認もせずに触っちゃって」


「う、ううん……私こそ、ごめんなさい……」


 僕の制服は、鯉佐木さんによって少しだけ掴まれていた模様。そう言えば、何か言いたげだった気もする。

 うわ、やっちゃったな……。鯉佐木さんはコミュ障だっていうのに、無視するみたいなことしちゃったよ。


「えっと、気づかなくてごめんね。さっき、何か言おうとしてた……よね?」


「……」


 鯉佐木さんは、小さく頷く。視線はほぼ下向きで、何かを躊躇っているようにも窺える。

 ……ふむ。この場合どうしましょうか。本人の口が開くのを待つか、僕が積極的に質問してみるか。難しいところだよね。

 ──なんて迷っていたら、思いの外早く鯉佐木さんと目が合った。


「わ、私……と、れn、れm…………」


「お、落ち着いて。ゆっくりでいいから。まずは深呼吸して」


「ふひー、ふひー」


「……」


 鯉佐木さん、それ深呼吸? 吸えてなくない? 首から上だけでしてない?

 思いもよらない弱点も発見してしまったけど、鯉佐木さんが落ち着くのをじっと待つ。

 容赦なく鳴るお腹に腹が立つ。空気を読みなさい、コラ。


「……ご飯作る……?」


「え、いやそこまで迷惑かけられないよ! あと、家までそんなかからないから大丈夫。賞味期限今日までの唐揚げ弁当が冷蔵庫に入ってるし。だから、鯉佐木さんの用件さえ教えてくれたら、大丈夫だよ」


 言い方、ちょっとキツかったかな。なるべくリラックス出来るようにしたいんだけど、日本語は難しいからなぁ。

 日本語しか出来ないけど。


 きゅっと目を瞑った鯉佐木さんは、意を決したように深く息を吐いた。ずっと後ろに隠していた右手を──震わせながら僕に差し出す。

 その手には、可愛らしい猫のカバーがついたスマホが握られていた。


「わ、私と……SNS……で、やり取り……でk、出来るように、してくれませんか……?」


「SNS……あ、トークアプリとか? ……いいの?」


「……っ」


 鯉佐木さんは目を強く閉じたまま、コクンコクンと頷く。いや、もっと激しい……ガクンガクン、と言える。

 ま、まさか女の子とチャットすることになるとは。人生で初めて、家族以外の人と交換するよ連絡先。


「鯉佐木さんってどれ使ってる? 何でもいいよ。言ってくれたら入れるから」


「えっと、『Cーt』ってアプリ……を」


「ああそれなら僕が使ってるのと一緒だ。スタンプの種類多くて好きなんだよね〜。……使わないけど」


「わ、私も、使わない……」


 まぁ、ウザがられないかなぁとか不安になるからね、スタンプって。相手が嫌いな感じのとかも使わないようにしたいし。

 コミュ障の人間は基本的に、使わないんじゃないかなぁ。多分。知らないんだけど。


 設定されたバーコードを読み込んで、お互いのアカウントが追加されたのを確認する。鯉佐木さん、ニックネーム『メロ』なんだ。本名だね。

 僕も『耕介』だけど。


「見る人、いなかったから……」


「僕も家族以外には……って、ということは僕が初めての『トモダチ』?」


「……」


 ハッとして訊いてみたら、鯉佐木さんは遠慮がちに頷いた。

 今まで誰もいなかったってなると、もしかして、わざわざインストールしてくれたのかな……? そうなら何か嬉しい。


「お互い、初めてのトモダチだね。僕は家族を除く場合だけど」


「うん」


「えっとじゃあ……これから末永くよろしくしたいです」


「……」


 へこへこ、軽く頭を下げていたら、鯉佐木さんがスマホを操作し始めた。リアクションは、まだない。

 何か気持ち悪いことでも言っちゃったかなぁ。どうしよう。黙られるのが一番怖い。


「……あっ」


 振動したスマホの画面を見たら、早速、鯉佐木さんからメッセージが届いていた。

 コレを打ってたんだ、なるほど。


「──うん、よろしくね。鯉佐木さん」


「……」


 鯉佐木さんは、スマホで口元を隠しながら何度も頷く。それが何か、とっても可愛かった。


 鯉佐木さんと別れ、帰路を辿りながら、送られて来たメッセージをもう一度読んだ。

 あのコにとっては、こんな一言すら大きな勇気がいるんだ。



 ──『たくさん、お話できたら嬉しいです』



 僕も、凄く嬉しいよ。

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