7話 ガチ夜遊び
忍者に転職してから一ヵ月後のこと。
まだ肌寒さは残りつつも春の訪れを感じるこの季節に、僕は五歳の誕生日を迎えた。
お客さんは迎えず、家族と使用人だけの小さなパーティだと思ってたけど、メイドに料理人に庭師に家族、これだけの人数からお祝いされて、いつもの食堂はちょっとした宴会場だ。
メイドや料理人とは一緒にご飯を食べることが無いから、この日だけは使用人の皆とご飯が食べられる。
とはいえ貴族。
同じテーブルに付いて食事をすることは出来ず、立食パーティ形式での誕生日会となった。
使用人の皆も、仕事モードより少し気を抜いた感じで接してくれる。
料理を軽く口に入れる程度なのは、羽目を外していないからなのかな。
それでも皆と一緒に食事が出来るこの日、この時間は、僕にとって大切で嬉しいと思えるのは、きっと地球の記憶があるからなのかも知れない。
誕生日プレゼントに母上からはペンダントを、父上からは子供用の短剣をもらった。
ペンダントの紐にはライトニングキャットという魔物の髭が使われていて、ペンダントトップにはブルーレギナエという青い鳥の魔物の羽が括られてる。
猫の髭が魔除け、幸せの青い鳥が幸福、この世界でも似たような迷信があるんだねって言いたいところだけど、両方とも魔物だからこれ、どうなの。
父上からもらった短剣は、子供の手のサイズに合わせた柄には過剰装飾、剣身の刃の部分は潰してあり、短剣というより模造刀に近い。
どちらも、冒険者になりたいと言った僕のことを考えてくれたプレゼントなんだと思う。
そんな楽しい誕生日パーティも終わって、今日も一日が終わろうとしている。
余韻に浸りながら床に就きたい気持ちもあるけど、今日はもう一つの大切なイベントがある。
≪ステータス≫
気持ちを入れ替えて僕は、ステータス画面からチートを選択した。
……………………………………………………
チート:たっちゃん専用♡
1年で1個、好きに選んでね
[経験値8倍][スキル経験値64倍][筋力2倍][体力2倍][瞬発力2倍][潜在魔力2倍][体力回復2倍][魔力回復2倍][チーム経験値8倍][チームスキル経験値8倍][状態異常無効][毎日デジタル10万円][ドロップ2倍][透明化][アバター偽造][寿命2倍][転移][千里眼][鑑定眼][未来眼][超聴取][聴取無効][超嗅覚][嗅覚無効][食味鑑定][味覚無効][口臭無効][フェロモン2倍][体臭無効][汗無効][抜け毛無効][可燃性放屁][放屁無効][白髪無効][毛根再生][ストレス緩和][ウィキペ][ナビ][アイテムリペア][アイテムコピー][食事不要][トイレ不要][睡眠不要][絶倫][管理室(レベル999専用)][ツールアシステッドスピードラン]……
職業チート:剣士[変更可能]
[スキルマスター][鋭利2倍][斬撃範囲2倍][斬速度2倍][剣身透明化][斬撃遅延][装備メンテナンス][装備軽量化][パリィ補正][剣強度2倍][鞘強度2倍][装備強度2倍][衝撃緩和]
……………………………………………………
はい出ました。
いつものやり過ぎチートリスト。
もちろん、ここには表示しきれていないチートも数多くある。
八重歯切れ味2倍とか、爪強度2倍とか、痛覚鈍化というのもある。
強力過ぎるスキルから、微妙な効果の物まで選り取り見取り。
毎年悩みながら一つを選んできたけど、今年はすでに何を取得するか決めている。
戸惑いは……ある。
でも覚悟は決まってる。
ステータスプレートに手を伸ばして、僕はチートスキルを選択した。
……………………………………………………
チートスキル[睡眠不要]を獲得します。よろしいですか?
はい いいえ
……………………………………………………
睡眠不要。
読んで字の如く、睡眠が不要になるスキル。
これがあれば寝る必要が無くなる。
夜にトレーニングが出来るだけじゃない。
実際に旅に出たら、向き合わなきゃいけない悩みの一つ。
寝ている無防備な状態で、魔物に襲われるリスク。
野営中を襲われるリスクが減るという面を考えれば、睡魔耐性は絶対必要なスキルだ。
デメリットを考えた時に、眠れないことで悩む日が来るかもしれない。
そう考えたけど、悩むのは止めた。
睡魔が来なくても人は眠れる。
いずれ必要になるスキルなら、今から獲得しても一緒だろう。
…………。
いや、怖いよ?
リスクがあるかも知れないスキルを獲得するんだから、流石に躊躇うよ。
誰でも躊躇うよね?
眠れない体になった影響で、ストレスを溜め込むようになったらどうしようとか。
レム睡眠中に記憶の定着があるって科学的に言われているのに、スキルという非化学なのか超科学なのかよく分からない代物で睡眠を妨害して、記憶力に影響は出ないのかとか。
世界を旅した時に、一緒に行動を共にする人がいたらどうするとか。
これは賭けかもしれない。
でも、この場は利点を優先する。
応えはこうだ。
はい。
[睡眠不要]を獲得しました。
ステータスプレートに表示されているその文言を見つめる。
心臓の音が聞こえてきそうな静寂。
これは高揚なのか。
それとも後悔なのか。
心臓の高鳴りが、僕の心の動揺を教えてくる。
もう引き返せない。
最初から覚悟は決めていたつもりだったけど、その覚悟を今、再確認させられたような気分だ。
「よしっ、出るか」
ステータスプレートを閉じる。
屋敷の皆は寝静まる頃合い。
魔術で明かりを灯すことは出来ても娯楽が無い。
電気が無いこの世界の就寝はかなり早い。
隠密スキルを使った僕が外に出ても、気付かれることはまず無い。
レベル上げといきますか!
***************
メイド達は仕事を終え、執事長も一日の報告を済ませて自室に戻るよう伝えた。
それなのに「お客様がお帰りになるまでは」と言って聞かないのは、頑固者というか責任感なんだろう。
屋敷は寝静まり執務室には私と執事長、ギルド長の三人が集まっている。
「では来月の王都に入学される学生の護衛には、騎士団から三十人の護衛を出して頂けますか?」
「ああ、それだけの人数がいれば十分だろう」
仕事柄なんだろう、ギルド長は確認を端的にまとめて伝えてくれる。
貴族相手に話をすることが多いこの身としては、建前が多くて回りくどい話より、平民上がりのギルド長との話はコンパクトでストレスが無い。
「今日はこんな遅くに呼び出して悪かったな」
「そんなこと……お気になさらないでください、今日は御子息の誕生日じゃないですか。私も今日は職員が不足していたので丁度良かったんですよ」
相変わらず嫌みの無い奴だ。
公爵家に夜遅くに呼び出されれば、嫌な顔一つでもしそうなものだが。
「では次に甲府領から来られる学生の宿屋の手配の件ですが、受け入れを受諾している宿屋のリストがこちらです。左側が貴族の学生を受け入れ可能な宿屋、右側が平民の学生を受け入れ可能な宿屋のリストになってます」
「ほう……」
見やすい。
去年使用した宿屋はリストの一番下になっている。
リストは上から七国地区の宿屋が並んでいる。
ギルドの意向としては、七国に集客したいのか。
いや、確か来月は片倉伯爵が主体で、慈善市が開催される予定になっていたな。
片倉地区から近くの、七国の宿屋を使うことでトラブルを避けつつ、集客を狙っているということだろうか。
「ん?」
「どうかなさいましたか?」
不安にさせてしまったようだ、ギルド長が尋ねてくる。
「あぁ……何も問題は無いんだ。ただ気になることがあってね」
気配察知スキルで微かに感じた。
屋敷から外に飛び出した人がいる。
それも子供。
高幸?
裏庭で素振りをしている……?
気配察知スキルを使っているのに、感知しきれない。
距離があるから気配が薄いのか。
「失礼」
そう言って立ち上がり、窓際に移動する。
窓越しに裏庭を見下ろすと、さっきまでそこにいたはずの気配は物陰に隠れて完全に気配を絶っている。
気付かれた?
「……まさかな」
部屋を振り返ると執事長とギルド長の二人が不思議そうに見ている。
夜とはいえ、敷地内。
見張りの兵士もいるし間違いは起こらないだろう。
今日プレゼントしてあげた短剣が気に入ってくれたのなら、少し腕白なぐらい多めにみるさ。
「ふっ」
口元から笑みが零れてしまう。
息子が喜んでくれる。
それだけで案外嬉しいものだな。
「先程の件なんだが、学生達の宿泊は七国地区の宿屋を中心に手配を頼む」
「承知致しました」
「それと、八王子領の新入生達には鉛筆を一箱プレゼントしたいんだが、用意出来るだろうか?」
「それはまた随分と景気がいいですね。では貴族の子供人数分の鉛筆を用意出来るか職人に確認した後、見積もりのほうをお届けに上がりましょう」
「子供達全員分を用意してほしい」
「なっ!?」
驚かれるのも当然。
鉛筆というのは最近知られ始めたばかりの産業。
まだ技術者も少ない。
つまり高価なだけじゃなく、生産が細い。
ギルド長は少し考えたあと、いつものように冷静に話し始めた。
「嬉しい悲鳴ですね。では子供達全員に行き渡らせるように、鉛筆の数を調整出来ないか職人達に相談して予算なども精査しながら進めていきましょう」
「よろしく頼む」
これからの時代は子供達が財産になる。
そんな予感がした、今日は気分のいい夜だ。