6話 感の鋭いガキは私だよ
「あれれ? おかしいぞー?」
乾いた朝風が木々の葉を揺らす。
公爵様が起きる前に屋敷を清掃する所から一日が始まる、メイド達の朝は早い。
それでも厨房の朝はもっと早い。
少し寒くても弱音は零せない。
自分の吐いた白い息を掻き分けながら用具室に向かうと、先客が居たようで声が聞こえてきた。
「どうかしたんですか?」
「あっ子弓さん、おはようございますぅ」
「おはようございます、実恵さん」
実恵さんは薫彦様の乳母で、私より二年早く公爵家にメイドとして働きにきている。
物腰が柔らか……とは少し違う。
人に媚びるような話し方は、男性には人気があるみたいだけど私は少し苦手だ。
訪問されるお客様は、まず初めにメイドが案内する。
その為、屋敷の花形であると言えるメイドには清潔感を求められる。
それは常識だと思っていたけれど、実恵さんにはその常識は通用しないみたい。
髪の毛は纏めることもせず、波のようにうねった髪の毛は本人曰く「ゆるふわ系ですよぉ」と言っていたけれど、メイドの髪型としては不適切だと思う。
でも何故か執事長は注意しない。
商人や職人のような、貴族とは違うお客様がいらっしゃる時には何故か実恵さんが優先的に応対を任されている。
失礼が無いか不安になるわ。
先輩、よりも同僚と言った方が収まりが良い気がする。
悩みとは無縁そうな彼女が、珍しく探偵のような神妙な面持ちをしている。
「何かあったんですか?」
「えっとねぇ、箒が直ってる……のかなぁ」
「んん? どういうことですか?」
「昨日ね、箒が壊れちゃったのよぉ、だから紐で結び直そうと思ってたんだけど、どの箒か分からなくてぇ」
「そういえば紐が緩んでる箒があるって言ってましたね、見つからないんですか?」
「見つからないっていうかぁ全部見たんだけど、何処にも無いのよねぇ、誰か交換してくれたのかしらぁ」
ああー、なるほどなるほど。
これはあれね。
勘違いね。
「もしかしたら、庭師の源さんが直してくれたのかも知れないですね」
「あっそうかも、後でお礼言っておかなくちゃぁ、教えてくれてありがとうね」
ごめんなさい、源さん。
話を切り上げる為に源さんを出しに使っちゃったわ。
メイドの仕事は午前中が一番忙しい。
掃除に洗濯、冬の時期は暖炉に薪木も用意しなきゃいけない。
ここで推理ごっこに興じている暇はないもの。
「それじゃ私は庭の掃除をしてきますね」
「え? もう終わったんじゃないの?」
「え?」
「え?」
「私は掃除してないです」
「あらぁ」
ここに来るまでに他のメイドの姿は見えなかったけど、誰か掃除してくれたのかしら。
最近、朝起きると庭の掃除が終わっていたから、今日こそは手伝おうと思って早く起きたのに。
「木の葉が一枚も落ちてなかったのよぉ珍しいこともあるのねぇ、それじゃ私は洗濯物集めてくるわねぇ」
掃除はやらなくていいって判断したのね。
確かに庭が綺麗なら掃除する意味無いかも。
「それなら私は暖炉を掃除してきますね」
「え? もう終わったんじゃないの?」
「え?」
「え?」
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「起きてください高幸様、もう日は昇ってますよ」
「んあ、あ、おはようございます」
「おはようございます高幸様。ここ数日お寝坊ですね、夜更かしされてるんですか?」
「ふあーーあ」
体を伸ばすと肩からポキッと音が鳴る。
体力回復のスキルがあるから、実際は疲れていない。
でも気持ちが疲れてるのかも知れないな。
「二度寝しちゃったみたい」
「二度寝は癖になってしまいますから、あまり良くないですよ」
布団の中から子弓さんを見上げると、カーテンから降り注ぐ木漏れ日で輝いて見えた。
子花も将来は美人になる。
これは間違いないな。
「葵様も薫彦様も朝食はお済みになられてますので、子花と御一緒でも宜しいですか?」
「うん」
「それでは朝食を用意させますので、普段着に着替えて下さい」
そう言うと、今日の着る服をクローゼットから選び取ってくれた。
「あら? 木の葉が……?」
床に落ちてた葉っぱを拾い上げる子弓さんは不思議そうな顔をしている。
「高幸様、今日は外出なされましたか?」
「う、ううん、どこにも出掛けてないよ!」
「そう……ですか」
屑箱に葉っぱを捨てる子弓さんは、まだ不思議そうな顔だ。
「着替えはお手伝いなさいますか?」
「一人で出来るから大丈夫」
「ふふっ、高幸様ならそう仰ると思ってました。今日は漢字のお稽古ですから三度寝はしないでくださいね」
そう言って子弓さんが退室すると、部屋は静寂に包まれる。
エアコンや電化製品の無いこの世界だからだろうか、物音一つしない。
僕が起きる前に何かの魔術で部屋を暖めてくれたようで、部屋の中にはまだ熱が残っている。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、僕の布団をさらに温める。
この時間、凄く好きだな。
でも今は確認したいことがある。
「ステータス」
子弓さんの優しさの余韻に浸りつつステータスプレートを確認する。
……………………………………………………
名前 :八王子 高幸
年齢 :4歳
レベル :1
HP :530/530
筋力 :16
瞬発力 :12
体力 :270/270
魔力腔 :17
潜在魔力:340/340
職業 :忍者、チート
スキル :
[生活魔術Lv.Z][治癒力Lv.Z][免疫力Lv.Z][体力回復Lv.Z][魔力回復Lv.Z][遁術Lv.B][短剣術Lv.A][投擲Lv.B][隠密Lv.D][気配察知Lv.F][聞き耳Lv.F][家事Lv.A][掃除Lv.A][修繕Lv.A][スキル経験値32倍][職業選択の自由][ストレージ][異世界ドロップ]
……………………………………………………
忍者の職業から得られたスキルは6つ。
遁術、短剣術、投擲、隠密、気配察知、聞き耳。
短剣術は、短剣を自在に操ることが出来るスキル、と詳細に書かれているけど実感には足りてない。
ナイフで紐を切ったりするけど、実際に短剣を扱った訳じゃない。
投擲も同じ理由で、スキルで何かが変わった訳じゃない。
ゴミを屑箱に放り投げるのは上手になったかな。
才能の無駄遣いって怖い。
隠密はかなり使用しているから、スキルレベルもかなり上昇している。
皆が起きる前に、厨房からナイフを借りたり道具を修理したり掃除したり、早朝から隠密スキルを使って屋敷の中を歩き回っている。
なんでそんなことしてるのかって?
隠密スキルのレベリングやるにしても、何もやることが無いんだよー!
4歳児ルーティンなんて、たかが知れてるのさ。
食事、教養、遊び、終わり。
この日常の中で隠密スキルが使えるのは、皆が寝てる時しか無い。
子供だから、昼間は昼寝していればそこまで問題は無いんだけど、何時までもこんな生活続けられないよね。
四歳児にしてお忍び二重生活。
どこで間違えたんだ……。
それと、昼間でもメイドさん相手に隠密スキルを使ったりしてる。
別の仕事をしていたり、会話に夢中になっているメイドさんには見つからないけど、僕を探しに来るメイドさんにはスキルの効果が薄い。
特に僕の教育係である子弓さんには殆ど効かない。
恐らく相手の認識から外れやすくなるスキルなのかも知れない。
この屋敷に監視カメラがあったら、僕の挙動不審な動きがばっちり録画されてるかもね。
次に気配察知と聞き耳のスキル。
これは、今一番お世話になっているスキル達。
この屋敷内のことなら、概ね把握出来る。
誰が何処にいて、どんな会話をして、メイドさんがどんな悩みを抱えているのか、今の僕には手に取るように解る! 解るぞ!
ふは、ふはは、ふははは、ふはははは!
いやいやいや、待ってくれ。
勘違いしないでくれ。
何も悪いことはしてない。
僕は無実だ。
やましいことは何も無い!
ちょっと感の鋭い、地獄耳な子供さ。
……。
最悪じゃねーか!
そんな子供嫌だよ!
どうしてこうなった!
それもこれもスキルが悪い。
そうだ仕方ない。
仕方なかったんだよ。
だが後悔はしないがな!
まさに外道!
それと最後のスキル、遁術は言い換えれば忍術。
火遁、水遁、土遁、風遁などを含む三十遁術だ。
魔術と遁術の違いは何だろうと思って調べたところ、単純な違いは発動スピードだ。
魔術は魔法陣や呪文を媒介にして発動する。
それに対して遁術は、自分の体の中の血管や筋肉の一部分に魔力を通して、疑似魔法陣を造り上げている。
身体の外に魔力を送るより、身体の中でに魔力を巡らせるだけだから、発動するのが早いのも納得。
魔術の利点は、魔法陣を書き換えられる点。
魔法陣の方が発動に時間掛かる分、可能性は無限大だ。
例えるなら、遁術はマルチツール。
魔術は道具箱。
そんなイメージ。
なら遁術が使えるなら魔術も使えそうだ。
そう思うよね?
ところがそうはいかんざき。
数学の教科書を広げながら英語の勉強をするような愚行だと、すぐに思い知らされた。
体の外に出た魔力の制御が、とんでもなく難しかった。
魔力が多すぎるのか、思ったように魔力が操作出来なかったのか、まるで理解出来なかった。
水に溺れた時、上に向かって泳ぎたいのに、どっちが上か分からなくなるような感覚。
あれに似ている気がする。
それだけスキルという恩恵が大きい。
でも絶対に出来ないという訳では無い。
努力すれば克服することが出来る。
その証拠に、覚えてしまったスキルがある。
家事、掃除、修繕の三つ。
家事と掃除のスキルは家政婦、修繕は細工師の職業で得られるスキルだ。
間違っても忍者の職業で獲得するスキルじゃない。
にも関わらず、間違って獲得しちゃった。
原因としては、スキル経験値32倍のチートスキルだ。
でなきゃ、別の職業のスキル獲得なんて、非効率なことはしない。
職業に合わせたスキルを獲得するのは当たり前だ。
そんな当たり前にも例外は存在する。
子供だ。
八歳になれば学校に通うことになるんだけど、貴族は入学までに獲得しなくてはならない必須スキルが幾つかある。
算術、舞踊、魔術、剣術など、子供の職業でありながら別のスキルを獲得しなくてはならない。
だから貴族の子供は稽古が結構多い。
地球の習い事とは違って、こっちの世界の稽古はスキルを獲得する為の反復練習という意味合いが強い。
それほど、この世界にとってスキルは無くてはならない存在だ。
この世界で生きていくなら、スキルは絶対。
とは言ってもね。
毎日寝不足って訳にもいかないよねー。
皆が寝てる間にスキルレベル上げなんて、四歳児がやることじゃないよ?
何か打開策を考えないと。
毎日二度寝ばかりもしてられない。
なんなら今から三度寝もいける。
流石に怒られるか。
着替えよう。
子弓さんが用意してくれた洋服を着終わる頃に、僕の部屋に近付いてくる気配に気付く。
誰か来る。
しかも高速で近付いてくる。
ダッダッダッダッダッダッと大きな足音が近付いてきて、僕の部屋の前で止まる。
バーン! と効果音が鳴りそうな程に勢いよく開け放たれたドアの向こうには、足音の犯人の姿があった。
「たかゆきさまー! あさごはんたべよー!」
子花だ。
子弓さんが居ない時の子花は、敬語とか使わないでフランクに話しかけてくる。
控えめに言って天使。
貴族としては、使用人がため口で話しかけてきたら注意するべきなんだと思うけど、双子の兄妹のように一緒に育ってきた彼女には、このままでいてほしい気持ちがある。
「おはよう、子花」
「おはよー!」
満面の笑顔で応える子花の後ろに、殺気に満ちた人影が現れる。
「こーはーなー」
言われて子花は体をギクリと震わせるけど、既に手遅れ。
子弓さんの握り拳二つが、左右から子花の頭部を押さえ付ける。
「いだだだだだだだだ」
「おはようございます、でしょ?」
「おはっ、お、おお、およよよよよよよよ」
僕がくすっと笑うと、子弓さんはため息を吐きながら手を放した。
ようやく解放された子花は、逃げ出すように僕のほうに駆け寄る。
子弓さんから見えない角度まで移動してきた子花は、舌を出しながら笑顔を作ってみせた。
あざといんだが?
「いこっ!」
「行こうか」
子花に手を引かれて食堂に向かった。