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5話 may探偵来ない

「僕は冒険者になりたいです」


 言った。

 はっきり言った。

 また空気が止まる。

 今回はメイド達も止めてしまうほど。

「……冒険者?」

 母上に問われる。

 そう。

 この世界では冒険者という言葉に耳馴染みが無い。

 一人で街の外に出る人を冒険者なんて呼ばない。

 それは自殺志願者だ。

 遺体だって帰ってこない。

 永遠の旅人として行方不明者になるだけ。

 一人で街の外に出られる人間なんて一部の英雄ぐらいだ。

 英雄だって好き好んで一人旅なんてしない。

 寝てる間に魔物に襲われれば終わりだ。

 そして、もう一つの理由がある。

 日本地図は完成している。

 誰でも地図が買えるし、発見されていない地域なんて無い。

 つまり冒険が無い。

 この日本には。

「はい! 知りたいんです、この世界を!」

高幸(たかゆき)はまだ四歳だからな、知らないことが多いんだろう。分かるぞ? でも大人になれば分かることが増えるんだ。世界にはダンジョンがあって、町があって、大江戸国から出れば大阪国がある。その先は海だ。そこで冒険は終わりだ。そこで思うのさ、こんなもんかってな!あっはっはっはっは」

 父上は冗談のように言っているが、遠回りに諭されている。

 冒険には出るなと。

「海の外には何があるんですか?」

「はっはっは…………は?」

「海の先には国はあるはずです!」

「高幸さん、何を言って……」

「海の先には何もない!」

 母上の言葉を遮る。

「いいか?」

 口調は明るい、笑顔のままだ。

 それでも不思議な圧迫感がある。

 父上は顔を近付けて、目線を逸らすことなく話し続ける。

「海にいる魔物は地上の魔物よりも何倍もでかい。高幸なんて丸呑みするくらいでかいんだ」

「それは鯉よりも大きいのですか?」

 薫彦(くにひこ)兄様の興味を引いたようだ。

「そりゃ大きいさ! 父さんよりも何倍もでかいぞ」

「父上は見たことがあるのですか?」

「薫彦はあと二年したら江戸の学園に通う歳だな」

「はい!」

「それなら海を見る機会は何度もあるだろう、見てくるといい」

「承知しました!」

 薫彦兄様は拳を握りしめて小さな声で「よしっ」と言う。

 おいおい。

 戦う気満々じゃないか。

 オラわくわくすっぞ気質なの?

 明日は池の鯉と模擬戦でもするんじゃなかろうか。

「その海の先には何があるんだろう? 誰だってそう思うさ」

 父上は改めて話し始める。

「十年前江戸城から海に大きな調査船を出したんだ、その時の乗組員千人。中には各領地から集められた歴戦の猛者、宮廷魔導士、腕利きのハンター達が乗り込んでいた。順調な航海、魔物が出ても宮廷魔導士達が何とか撃退していたそうだ。そして、人類はそこで知ることになった」

「なにを……ですか?」

「壁だ」

 壁!?

「世界の端っこには壁があった。その壁を調査しようと船を壁に寄せた船員達の地獄は、ここから始まる」

 ゴクリッと喉を鳴らす僕と薫彦兄様。

 気付けばメイド達も聞き耳を立てている。

「バサッバサッと空から漆黒の怪鳥が舞い降りてきたんだ! 空を覆いつくす程の無数の怪鳥。人一人を丸呑みしてしまう大きな口、鋭い牙! 口から火のブレスを吐いては獲物を焼き尽くす。そんな怪鳥が世界の果てに住み着いていたんだ……。縄張りを荒らされた怪鳥共が船に襲い掛かってくる。人は食われ、甲板は焼かれ、逃げ惑う船員達! 急いで世界の果てから離れようと船を旋回させた時に異変に気付く……、海が暗い……! 火を吐く怪鳥の影ではない。それは……海の主だった。千人も乗せた調査船よりも何倍も大きな怪魚が姿を現す! その怪魚がひと泳ぎすれば忽ち大波が船を襲う! 右に左に傾く船、海に放り出される船員達、空から襲いくる脅威、それでも諦めない船員達!」

 手に汗握る薫彦兄様とメイド達。

 熱く語る父上の周りは、ちょっとした劇場になった。

 地球の記憶がある僕は、ある意味娯楽に慣れている。

 場の空気に飲まれず、今の状況を冷静に観察していた。

 海に壁がある。

 日本列島を囲むように壁がある?

 そんな世界を母さんが創るだろうか……。

 その壁に近付く者を排除する。

 何の為に……。

 この世界には日本しかないのか……。

 ということは地動説か……。

 分からないことが増えた。

 なら僕の出す答えは最初から一つだ。

「……そうして命辛々に帰ってきた調査船。船は焼かれ、帰ってこれた乗組員は僅か二百人。その誰もが口を揃えてこう言うんだ」

 気付けばメイド達に囲まれていた。

「海の先にあるのは、世界の終わりだ。国なんて無かった」

 うんうんと頷く薫彦兄様。

 一人のメイドは小さくパチパチと手を鳴らしていた。

 父上が「ふぅ」と息を吐くとメイド達は仕事に戻っていく。

 メタバースやVRニュースの無いこの世界では、一つの事件でさえエンターテイメントになる。

 親が子供に言い聞かせをするならば、最高の手段になるのだろう。

 そう、この世界の人間ならば。

「だからな高幸、この世界に冒険は無い。高幸の気持ちも分からないことは無いんだが……」

「でも僕は知りたいよ」

「高幸……」

「神様はどうしてこの世界を創ったのか」

 母さんはどうしてこの世界を創ったのか。

「壁の向こうに何があるのか」

 壁の向こうに国はあるのか。

「神様に聞きたい」

 家族に会いたい。

「だから」

「いけません!!」

 突如破裂音のような轟音が耳に響く。

 同時にテーブルにあったコップが地面に落ちる。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、それにすぐに気付く。

 母上が風の魔術を使って声を飛ばしてきた。

 僕を威圧する、それだけの為に。

 その時、父上がワインを顔に被ったようだ。

 メイドは空気を読むように、物音を立てずに割れたコップを拾い集める。

「母上」

「冒険なんてさせません!」

 母上を完全に怒らせてしまった。

 僕は意見も言えずに、母上の顔を見ることしか出来ない。

 こうなることは予想出来ていたことだ。

 しかし、自分の気持ちを今さら変えることは出来ない。

 母上と睨めっこ状態の中、父上が口を開く。

「母さん、ワインがかかっ」

「あなたは黙ってて!」

「はい」

 渋々と父上はメイドの方を向くと、すぐにメイドが顔を拭いてくれる。

 母上は立ち上がると僕の隣まで歩み寄ってくる。

 地面に膝を突き、僕の目線に合わせて語り掛ける。

「高幸さん、貴方は先ほど言いました、僕は次期領主補欠候補代理だと。それがどれほど重みのある事か分かっていないのですか?」


 重み。

 重いことは知っている。

 地球では母さんと父さんの息子だった。

 僕は天才夫婦の間に生まれた一人っ子。

 周囲から向けられる視線は様々だった。

 社長の御曹司。

 天才のDNA。

 金持ちの子。

 未来の国宝。

 知らない大人達から何枚も名刺を渡された。

 神童なんて言う人もいた。

 そんな環境の中で育った僕は、自分でも疑うことなく将来は科学者になるんだって漠然と思ってた。

 テストで学年一位を取ったこともあった。

「流石は天才の子供だ」なんて言われたりして、僕が頑張ったのに何故か母さんが褒められてるような気がした。

 それでも良かった。

 誇らしいと感じることもあった。

 そんな自分が凡人だと理解できたのは高校の時だった。

 母さんの頭の良さは常軌を逸してた。

 理屈とは思えない母さんの思考は、息子の僕から見ても異常だった。

 母さんや父さんのようにはなれない。

 科学者にはなれない。

 幼少期からずっと科学者になるんだと、信じてきた自分の想いが音を立てて崩れ去った。

「我が家は金持ちだから、たっちゃんは働かなくても問題ないわよ」

 母さんと肩を並べて働く、そう信じてたのに母さんは期待していなかった。

 それが不思議と悲しさよりも、肩の荷が下りた気がした。

 比べなくていいんだ。

 そのまま僕はずるずると、やる気が無くなってニートになった。

 僕を責める人なんていなかった。

 こんな僕を羨ましい、なんて言う同級生もいた。

 偉大過ぎる親を持った子供の苦労なんて誰にも分からない。

 だから、この世界で公爵家の三男として生を受けた僕は、自分らしく生きようと決めた。

 メイドが居ても、周りからちやほやされても、知らない大人達から挨拶されようと、公爵家を継ぐのは春空(はるく)兄様だ。

 僕じゃない。

 それなら地球の時と一緒じゃないか。

 僕は僕らしく、やりたいことをやる。

 そう思ってた。

「高幸さんは、自分の事を薫彦さんの代わりだと思っているのかも知れませんが、高幸さんの代わりは何処にもいないのですよ?」

 母上の目から涙が零れ落ちる。

 母上に抱きしめられる。

 いつものぽかぽかと温かい抱擁とは違う。

 母上の体は熱を帯びて、とても熱い。

 僕の体に、熱が伝わってくるのを感じる。

 それでも唯一、冷たい場所がある。

 母上の涙が肩に落ちる。

 一滴、一滴と肩に落ちる涙がとても冷たく感じる。

「貴方は賢い子です、四歳とは思えない程に。だから分かるでしょう? 領主の継承権だけじゃない」

 僕を抱きしめる力が強くなる。

「息子の死を喜ぶ親が何処にいますか」

 初めて触れる親の涙。

 心臓に棘が刺さったように苦しい。

 地球でも母さんを泣かせたことは無い。

 地球の母さんを一番目の母とするなら、この世界の母上を二番目と考えていた。

 リアルの母とVRの母。

 母上を偽物なんて思ったことは無い。

 それでも、本物なのか? と問われれば本物ですと即答は難しかったと思う。

 最後はお別れしなければいけない人なんだと、心の何処かで線引きをしていた。

 気付けていなかった。

 僕はもう、この家が大好きで、すでに本当の家族だった。

「私を悲しませないで」

「ごめんなさい」

 母上を抱きしめる。

 背中が熱い。

 指先から伝わる母上の熱。

 その背中は小さく震えていた。

 申し訳ない、仕方ないじゃん、泣かないで、ごめんなさい、ありがとう、嬉しい、悲しい、驚き、寂しい。

 ぐちゃぐちゃな気持ちだった。

 様々な想いがぐるぐるとかき混ぜられて、一つになっていく。

 母上の想いが、背中から手を伝って心に広がる。

 愛情で満たされていくのを感じる。

「私より早く死ぬことは許しません」

「はい」

 もう母上を泣かせたくない。

 母上を心配させたくない。

 母上を心から安心させてあげたい。

 母上の笑顔が見たい。

 本当にそう思う。

 けれど

「冒険者になることは許しません」

 僕はたった一言、はい、と返事することも出来なかった。


 自室。

「それでは高幸様、おやすみなさいませ」

「うん、おやすみなさい」

 メイドが部屋を後にする。

「はぁー……、大丈夫かしら……」

 ドアの外でメイドが溜め息を漏らして去っていく。

 そこでメイドの気配が途切れた。

 忍者のスキル、聞き耳を使ってみた。

 スキルレベルAだから期待はしていなかったけど、半径三メートル程は有効範囲のようだ。

 気配察知のスキルを使えば、会話が無くても隣の部屋に何人いるのか判る。

 聞き耳も気配察知も、今日獲得したばかりのスキル。

 忍者のスキルだ。

 スキルレベルAでこの性能。

 ぶっ壊れスキルなんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。

 それもそのはず。

 子供スキルは地味なのだ。

 治癒力は怪我の治りが早い。

 免疫力は病気になりにくい。

 体力回復は疲れにくい。

 実感が湧かないスキルが多かった。

 生活魔術も最初は感動してた。

 それも最初だけだった。

 種火を起こしたり、明かりを灯したり、泥を落としたりと、誰でも使える基本的な魔術だけ。

 地球ならスイッチをオンにする程度の話しだ。

 部屋の電気を付けるのに、毎回感動する人はいない、

 ここでは生活魔術を使えるということは普通のことでしかなかった。

 今日、忍者の職業に就いてからは驚きの連続だ。

 スキルが使える。

 なんとなく感覚が自分の中に芽生える。

 スキルを使おうと考えるだけで、スキルが使える。

 手足のように使えるとは、このことを言うのかも知れない。

 コップを持つように。

 二本足で歩くように。

 最初から自分の一部だったかのように、スキルの使い方が解る。

 魂が知っている、とでも言うように。

 地球で暮らしていた時、VRでファンタジー世界を体験したことは何度もある。

 どの会社が出したVRソフトでも、体の一部のように魔術やスキルを発動させたことは無い。

 VR世界で放った魔法はエフェクトばかりで、迫力はあったけど非現実的だったと今なら言える。

 呪文を唱えれば音声で認識して魔法が発動、決められた演出と運動、そして発動後は自動で制御されていた。

 そんなものに感動して遊んでいたものだ。

 それに比べてこの世界のスキルは余りにもリアル。

 この感覚を正確に表現することは難しいけど、自分の魂が制御している。

 スキルを覚えた瞬間から身体に馴染んでいる。

 僕は本当に、この世界のことを何も知らないんだ。

 冒険者になることは今は忘れよう。

 冒険者を諦めるつもりは無い。

 でも、その前にやれることがまだまだある。

 それに、今日の父上の言葉が本当なら、分からないことがある。

 何故この世界に片仮名がある?

 日本しか存在しない世界で。

 日本語しか必要としないこの世界で、英語が所々存在しているのは何故なのか?

 可能性としては、ステータスプレート。

 スキルや職業に片仮名が多数含まれている。

 それにしては不自然だ。

 東京国には知られていないだけで、実は大阪国は外国との繋がりがある?

 そんな大きな話が伝わらないで、英語だけが日常会話に浸透してくるだろうか。

 僕は、冒険者になる前にやらなければいけないことがある。

 まずは問題を明確にしよう。

 閉ざされた日本。

 英語を広めた犯人捜し。

 そして、この世界の最初の神話。

 始まりの人間、アダムとイブがいるかも知れない。

 インターネットの無いこの世界で、見つかるのか分からないけど探すしかない。

 見た目は子供、頭脳は大人。

 たった一つの真実みn

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