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4話 第二種助け舟運転免許

 その日の夕食時、テーブルには四人が着座していた。

 僕、薫彦(くにひこ)兄様、母上、父上の四人だ。

 八王子領の領主である父上、八王子充気(みつるぎ)は八王子領の中で最強との呼声が高く、息子の自分から見ても圧迫感を感じる、存在感の塊のような人だ。

 屈強な肉体が椅子に座っている、それだけで緊張感が生まれる。

 一種のカリスマ性なんだと思うし、薫彦兄様が憧れる気持ちも良く分かる。

 メイド達が給仕を行っていて、そこに子花の姿は無い。

 父上がいる席に見習いメイドの子花を呼ぶことはない。

 領主とは、そういうことなのだろう。

「聞いたぞ高幸(たかゆき)。今日は何時に無くやんちゃしたそうじゃないか」

 夕食時、父上が僕に問いかけてくる。

 僕が池に落ちた時の話だ。

 勿論、素直に忍者のスキルを練習してた、なんて言えるはずも無い。

「はい、池の鯉を捕まえようとしたら落ちてしまいました」

「一応司祭様には診てもらったんですが、風邪の心配は無いそうです」

 母上は簡単に説明してくれているけれど、実際は大事になった。

 この世界には予防接種や、BCGワクチンなど存在しない。

 だからスキルが発達していない子供の病気は死に至りやすい。

 池に落ちた僕は、池から運び出された後、メイド達の手によって裸にされ怪我していないか全身くまなく確認、そのまま浴場で体を温めてもらった後、司祭様に診察され、最後に母上から1時間のお説教でワンセット。

 本当は免疫力のスキルは最大まで上げてあるから心配無いんだけどね。

 そんなこと言える訳も無い。

「高幸、鯉は目で見て愛でるものさ、捕まえる物じゃないんだよ」

 薫彦お兄様は得意げに教えてくれているけれど、僕は知っている。

 池の鯉に向かって剣を振り回していたところ、直行(なおゆき)さんに止めらたことを。

 ダンジョンで狩りをすることに憧れている薫彦兄様らしい。

「はっはっはっは! 薫彦も随分と風流なことを言うものだ!」

 父上が高笑いすると、薫彦兄様はばつが悪い顔をした。

 不機嫌な顔を見せない努力をしているようだけど、まだ六歳児の薫彦兄様からは隠しきれない不貞腐れた顔が滲み出ている。

「いやぁすまんすまん、薫彦が間違えている訳では無いんだ。しかしな、高幸はこれまで四歳児としては大人し過ぎるくらい静かだったから、少しは活発になってくれたほうが父親冥利に尽きるってもんだ!」

「確かに高幸さんは理性的と言いますか……子供らしくない所は多いですが、冷水に飛び込むなんて心配にもなります! もっと気を付けていただきませんと!」

 それにつきましては心当たりがあります……。

 それもそうだよ!

 転生したら赤ちゃんスタートだよ?

 元の世界では成人だった僕が、オムツ交換してーって泣き叫ぶ?

 断じて否!

 オムツを交換したくなったら、右手に持ってた玩具で壁をコンコンコンコンと無限ノックしてメイドさんを呼んでたよ。

 生後半年で一番最初に喋った言葉が「うんこ」だった時は、大爆笑のムーブメントが起きたことは今思い出しても恥ずかしい。

「ごめんなさい、母上。池の底よりも深く反省しております」

「もー! そういうところー!」

 テーブルの対面から母上の手が伸びてきて、頬を捕まえては上下に左右にと引っ張り回す。

「いてててててててて」

 怒った顔の母上も可愛らしくて、つい笑顔になってしまう。

 母上も最後は笑って許してくれるから、僕も安心して甘えられる。

「あ、あの」

 尋ねるように声を出すと、皆の視線が僕に集まった。

「父上は、最初は何の職業だったのですか?」

 僕が最初に選んだ職業は忍者だ。

 でも、本当に忍者で良かったのかと不安も残っている。

 だから周りに確認したい気持ちがあった。

 しかし、僕よりも興味津々な薫彦兄様は、食い入るような顔で話しを聞いていた。

「高幸も職業を意識するようになったか! 早る気持ちも分かるけどな。そういえば薫彦はあと二年で転職の時期だな」

「はい、俺も父上が何の職業から修めたのか気になります!」

「そうか……、そんなに面白い話でも無いんだけどな」

 さっきまで大きな声で話していた父上が、ゆっくりと話し始める。

「父さんが最初に選んだ職業は、飛脚だ」

 飛脚……。

 予想外の職業だった。

 八王子領最強の武人である父上、最初の職業は剣士や槌使いだったと言われた方がまだ納得出来る。

 薫彦兄様は目を大きく開いたまま固まっている。

 母上は目を伏せて静かにお父様の話を聞いていた。

「静岡県にある富士山の山頂には、地獄の業火で近付く者を焼き尽くす灼熱のダンジョンがある。その富士山ダンジョンから魔石が発掘されたのは今から二十五年程前の話だ……」


 父上の話は二十分程続いた。

 まとめるとこうだ。

 大江戸国の領地である富士山ダンジョンから、火の魔石が発見された。

 その魔石があれば大江戸国は発展、武力も大幅に強くなると期待が高まったのだが、問題はそれが大阪国に知れ渡ってしまったことから始まる。

 大阪国が富士山ダンジョンを奪うべく攻めてきたのだ。

 静岡県は海沿いに多くの城を構えていることもあり、大阪軍は長野県を経由して山間を行軍してきたことで、合戦場は山梨県の甲府城となった。

 時間を掛けてしまうと火の魔石が戦場に投入される恐れのあった大阪国は、大量の戦死者を出しながらも撤退することはなく、その戦争は苛烈を極めた。

 そんな戦争を終わらせたのは一体の魔物だった。

 両軍合わせて三万五千人程の戦死者を出し、その戦死体から大量の魔力が溢れ出して合戦場が濃密な魔力スポットとなることで、混沌の魔物ベルゼブブが生まれたのだ。

 驚異的なスピードと戦闘力で、兵士を次々と狩り続けるベルゼブブ。

 このままでは、二体目のベルゼブブが現れる可能性もあった。

 そして戦争は僅か一ヵ月も掛からずに休戦した。

 大江戸国と大阪国の間に結ばれた条約が“山梨県と静岡県を中立国とし、大阪国と大江戸国の両国で死体の処理を行う”という物だったらしい。

 交易や税金の取り決めも条約にあるかも知れないけど、僕は分からない。

 この時、八王子領の前領主だった男乕(おのとら)公が殉職したことで、まだ子供だった父上が若くして領主となってしまった。

 父上の領主としての初仕事、それが死体の処理だった。

 その為の飛脚という選択。

 飛脚のスキル、アイテムボックスを使って死体を回収したのだろう。

 夕食も殆ど食べ終わっているけれど、まだ食事中。

 父上も表現を柔らかくしているが、そこまで聞いて父上の顔を見れば簡単に予想が付く。

 祖父の遺体は、父上がアイテムボックスのスキルで運んだのだ。

 初めての職業が飛脚。

 初めての領主としての仕事が、父の遺体を運ぶこと。

 それがどんな思いだったのか、僕には計り知れない。

「それでベルゼブブはどうなったんですか?」

 薫彦兄様の質問に、父上は空気を換えるように明るく応えた。

「消えちまった!」

「え?」

「世界が混沌に満ちた時に現れる災厄の魔物ベルゼブブ、この目で一目見てやろうと思ったんだがなー……、甲府城に到着した時にはいなくなってたんだ」

「それでは父上はベルゼブブを見てないんですか?」

「幸運にもな」

「幸運……ですか」

 父上からすれば複雑な気持ちだ。

 軍を壊滅に追いやる程の魔物、当時子供だった父上のことを考えればベルゼブブに遭遇していたら死んでいただろう。

 でも父の仇を見ることも出来なかったこと。

 無力だった少年時代を経て、最強となった父上の心境を考えるのは難しい。

「俺が大人になったらベルゼブブを倒して見せますよ!」

「ふふっ、薫彦は英雄を志すか」

「英雄になれたら俺が公爵になれますか?」

 無邪気に笑う薫彦兄様とは逆に、父上の顔は真剣だった。

「あらあら、春空(はるく)さんに可愛いライバル出現ですね」

 父上が薫彦兄様を見つめる。

 あー。

 これは(まず)い空気だ。

「薫彦。公爵家の爵位は長男である春空が継承する。それは決定事項だ、変わることはない!」

 普段の父上さえ圧迫感を感じるほどなのに、ゆっくりと力強く語られるとその比ではない。

 まだ六歳の薫彦兄様が耐えられる訳も無く萎縮してしまっている。

 か細い声で「はい」と薫彦兄様は応えるが父上はそのまま言葉を続ける。

「去年、学園に入学した凛凛(りり)が新入生の中でも首席という話だ。もしもの場合は、凛凛が次の当主となる案もある。薫彦には次代の当主を支えてやってほしいと考えている」

「はい」

 薫彦兄様は小さな声で返す。

 不貞腐れている訳では無い。

 自分の些細な一言が、春空兄様の不幸を望む言葉になってしまったことに驚いている様子だ。

 無理もない。

 まだ六歳の子供が公爵家当主になれたら、と思うのは当然のことだ。

 しかし当主になることは無いとばっさりと切り捨てられたのだ。

 理解は出来ても、納得するのは難しい。

 仕方がない。

 僕が助け舟を出してあげよう。

「それじゃ、僕は次期領主補欠候補代理ですね」

「「え?」」

 空気が止まる。

 父上も薫彦兄様も口を開けて見つめてくる。

 えっやだ。

 恥ずかしい。

 穴があったらダイブしたい。

「くすくすくすくす」

 そんな静止した空間を優しく壊してくれたのは母上。

「相変わらず、高幸さんはよく分からないことをおっしゃいますね」

 理解されてなかったー!

 ド滑りかましたー!

 誰か俺に助け舟出してくれー!

「どういう意味ですか?」

 笑いながら聞いてくる母上。

 追い打ちですか?

 止めを刺しにきてるんですね?

「つ、つまりですね、春空兄様が次期領主なら、凛凛姉様が次期領主補欠で……」

「俺は次期領主補欠候補ってことか?」

「あ、あは、あはは」

 もう、逃げたい!

 この世界にツッコミはいないのか?

 ファンタジー世界には助け舟を運転できる船乗りは存在しないのか?

 許すまじファンタジーめ!

「それで、次期領主補欠候補代理は成人したら何をするんだ?」

 父上に尋ねられた。

 唐突に訪れるチャンス。

 いずれ言うなら今言ってしまおう。


 父さんと母さんを探しに行く。


 そのまま伝えることは出来ない。

 何て説明すればいい。

 実は転生したんです?

 僕は神様の子供なんです?

 地球から来ました?

 こんなことオブラートに包むことだって出来ない。

 だからこんな言い方をするしかなかった。


「僕は冒険者になりたいです」

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