3話 自分に溺れ気味
僕は昼食を食べた後、裏庭に来ていた。
≪ライト≫
右手に持っていた木の枝に呪文を吹き込む。
木の枝が明るく輝きだす。
夜なら暗闇を照らすことが出来るけど、今は昼間だからそこまでの恩恵は無い。
光る棒を振り回しながら物思いに耽る。
ライトは子供が習得できる生活魔術だ。
確かに便利だ。
科学が発達していない代わりに、便利な魔法が多い。
便利な魔法が多い所為で化学が発達していない、の方が正しいのかもしれない。
しらんけど。
ライトの魔術は色々な使い方が出来る。
魔力の込める量で明るさを変えることも出来るし、懐中電灯のように真っ直ぐに光を飛ばすことも出来る。
スキルレベルを最大まで上げたらどんなことが出来るのか楽しみにしていたけど、光の色が変えられる程度なのは驚きだった。
逆にね。
流石にビームサーベルとまでは期待していなかったけどさ。
光魔術の最高到達点がまさかの光の色が変わるだけとか、逆に驚くわ。
赤とか、青とか、木の枝を光らせてライブでも開くか?
この黒色の光とか、何に使うんだよ。
ん……?
黒?
うおおぉぉぉぉぉ!?
闇だ!
棒が暗闇に輝いておる?
思わず地面に落としちゃったよ。
しかしまあ、取りたくねぇぇぇ!
もう木の枝が暗闇に隠れちゃって、地面に闇が落ちてる状態だよ。
地面にブラックホールだよ!
本当に光魔術なのか不安になるわ!
自分の魔術だから恐れることないんだけど、ちょっと触りたくないな。
恐る恐る手を伸ばす。
畜生……持っていかれた……! にならないよね?
そんな期待は裏切られて、ちゃんと木の枝が闇の中にあった。
セーフ。
いや、分かってたよ?
分かってても怖いことってあるじゃん?
木の枝から魔力を抜いて、光を解除した。
「ふ~」
これはこれで使い道はありそうだけど、暫くは封印だな。
≪ステータス≫
ステータスプレートを開いて、そのまま職業のページを開く。
……………………………………………………
職業:子供
転職条件:初期職業
習得済スキル:
[生活魔術Lv.Z][治癒力Lv.Z][免疫力Lv.Z][体力回復Lv.Z][魔力回復Lv.Z]
……………………………………………………
スキルランクはAからZまでの26段階。
Zまで上げるとスキルマスターだ。
子供という職業は人なら誰もが必ず通る道。
回復系のスキルが多く得られる。
治癒力のスキルは怪我の治りが早くなる。
免疫力のスキルがあれば、風邪とかの病気も治る。
そんなの当たり前じゃん?
そう思ったら大間違え。
地球の治癒力、免疫力とは訳が違う。
小さな擦り傷程度なら1分もあれば元通り。
免疫力に関しては、毒を飲んでも平気なんじゃないか?
飲まないけどな!
体力回復のスキルがあれば、何時間でも全力疾走出来る。
魔力回復も一緒で、スキルレベルが高ければいくらでも魔術が使える。
大人たちが口をすっぱくして「職業を変更してはダメ」と言ってきた理由が分かる。
子供という職業は生きていく上で必要なスキルばかりだ。
過保護な程に。
そう思うのは地球での記憶があるからだろうか。
そんなことを言ったら、地球の文明のほうが過保護だって父さんに笑われちゃうかもな。
それと子供という職業は、生活魔術も獲得出来る。
飲み水を生成する≪ウォーター≫
薪に火を起こす≪ポイントライト≫
暗闇を照らす≪ライト≫
汚れを落とす≪クリーン≫
子供という職業は、とんでもなく便利なスキルばかり。
地球人としての記憶がある僕から見れば、スキルの存在自体がチートだよ。
子供は子供であることを強要される。
健康な体で育ってほしいから。
だからこそ、この世界では八歳になるまで子供でいることが義務。
つまりこの世界では八歳までがチュートリアル。
それだけ、子供という職業で得られるスキルが万能。
だと言うのに、子供で得られるスキルを全てマスターしてしまった。
四歳にしてチートっぷりを遺憾なく発揮してしまっている。
スキル経験値32倍のチートスキルのお陰で。
そう、チートだ。
この世界に転生してきた時に聞こえた声。
……職業チートの加護が施されました……
あの時の声、そしてスキル経験値32倍のスキル。
導き出される結論は一つだ。
母さんが……、アカシックレコードが僕を今でも守ってくれている。
会いたい……。
家族に会いたい。
母さんに会いたい。
母さんの隣にはいつも笑顔の父さんがいて、無言だけど優しいAIメイドのあいちゃん、何事にも真剣でちょっと天然な母さん。
いつも一緒にいてくれたアカシックレコード。
皆に会いたい。
あの家に帰りたい。
この四年間、何度も何度も繰り返し願ってきた。
……秋絵様と玄人様をお探しください!……
アカシックレコードのあの言葉。
この世界に母さんと父さんが来てる。
言葉の意味を変化球で捉えるなら、母さんと父さんに会う手段がこの世界にある。
隠れているのかもしれない。
僕と同じように転生している可能性もある。
性別が変わってることだって……。
いや、その可能性は否定したい。
断固拒否だ。
分からないことは大きく分けて二つ。
母さんと父さんの安否。
そしてこの世界の事。
父さんの会社で創られた世界にしては余りにも歴史が深い。
歴史や伝説を聞いた限りでは三百年以上は昔からこの世界は存在している。
世界5分前仮説。
地球とは時間の進み方が違う説。
元々存在した別の世界に紐付けて、母さんが書き換えた説。
実はゲームでした説。
考えても分からない。
分かる訳もない。
だから旅に出なきゃいけない。
今はこのチートスキルで成長することが当面の課題だ。
この四年間で獲得したチートスキルは、スキル経験値8倍、スキル経験値16倍、スキル経験値32倍、職業選択の自由、の四個。
一歳の誕生日にスキル経験値8倍を選択したら、二歳の誕生日にはスキル経験値16倍のチートスキルが選択出来るようになっていた。
その調子で三歳の誕生日にスキル経験値32倍、四歳の誕生日には職業選択の自由。
最初から習得していたスキルが、ストレージ、異世界ドロップの二個。
せっかくの異世界だからね。
スキルの習得がしたくて、スキル経験値32倍のスキルをゲットした後は、毎日のようにスキルレベルが上昇してて楽しかった。
達成感のような。
自分自身を育成しているような、毎日が充足感で満ちてた。
でも、もう子供から学べるものが無い。
次は大人の階段を昇らなきゃいけない。
そこで今回、活躍しますチートがこちら。
職業選択の自由。
自分で職業を選択できます。
どういうこと? って思うかもしれない。
この世界で生きていく上で絶対に必要な要素。
それが職業。
うん。
地球でも一緒だよね。
違う違う、そういう意味じゃない。
この世界において職業とは、特別な意味がある。
魔術師、剣士、司祭、それらの職業から得られるスキルは神の加護とも言える奇跡。
いや、神って母さんじゃん。
この世界で生きる人にとって職業は、切り離すことの出来ない絶対の理。
地球で言うところの機械かな。
車、水道、電気、ガス、インターネット。
それらが無くても便利に暮らせるのは職業から得られるスキル。
この世界で豊かに暮らすにはお金、それとスキルだ。
でも誰でもなりたい職業に就ける訳じゃない。
上級階層に転職条件が隠蔽されているのが現状だ。
鑑定士、職人、司祭、賢者。
それらの転職条件は弟子、もしくは息子に継承させる。
スキルも財産になるのだ。
だから僕もスキルを最大限に活用するのは当然のこと。
今は成長しなきゃいけない。
本来なら八歳まで子供でいることが義務。
四歳で転職するなんてルール違反。
だけど、スキルはカンストしている。
仕方ないよね?
よしっ。
ステータス画面に人差し指を伸ばす。
職業選択の自由を押すと、凄まじい数の職業が表示された。
……………………………………………………
[剣士][剣闘士][魔剣士][剣神][槌使い][槌術士][魔槌士][撃槌王][槍兵][槍術士][魔槍術士][無盾の矛][射手][狩人][魔弓士][狙撃手][武士][侍][虚刀士][間者][忍者][拳士][武闘家][武術家][飼育員][調教師][魔獣使い][木霊][精霊術士][魔術士][炎魔導士][水魔導士][土魔導士][風魔導士][賢者][呪術師][黒魔術師][記憶キュレーター][死者記憶キュレーター][ネクロマンサー][検視官][リッチ][サイキッカー][測量士][設計士][建築士][解体士][美食家][料理人][一流シェフ][細工士][加工職人][錬金術師][参謀][軍師][探偵][魔法探偵][鑑定士][魔法鑑定士][人物鑑定士][弁護士][ビートボクサー][音楽家][歌手][美容師][吟遊詩人][算術士][芸術家][薬師][介護士][修道士][牧師][司祭][神の証人][聖女][聖母][剣聖][聖槌][槍聖][弓聖][勇者][農民][アクアポニックス][エアロポニックス][整体師][飛脚][デザイナー][3Dデザイナー][商人][護衛][木こり][アイドル][政治家]……
……………………………………………………
……。
いやー。
ないわー。
むしろ、あるわー。
下までスライドさせると盗賊とか、海賊王とかあるんですけど。
押すなよ?絶対押すなよ?
とか、一人芝居やってる僕……。
自演乙。
自由過ぎるわ!
四歳児にどんだけ期待してんの?
何の職業になろうか。
って逆に迷うわ!
セオリーで考えるなら、魔剣士は剣士と魔導師の職業を修めないと就職出来ないことは知られている。
ということは、剣技と魔法の両方を習得しないと魔法剣が発動しない可能性がある。
将来必ず魔剣士になりたい。
男のロマンだね。
けど、今日は、まあ、保留。
家の中でレベリングが可能な職業は料理人とかかな。
公爵の子息が料理をしてたら、屋敷が騒ぎになりそうだな。
料理人にはならないけどね。
飛脚の職業を修めればアイテムボックスのスキルを得られるけど、ストレージがあるから必要ないか。
んー、選択脚が多すぎて難しい。
思い切って勇者になるか。
しかし、子弓さんに見つかったらマズい。
八歳までは子供でいる義務がある。
なるべく派手な職業は選ばないほうがいい。
公爵家の子息である俺が、義務を放棄したことがバレる訳にはいかない。
バレずにレベリング可能な職業……。
「あ!」
あった。
これしかない。
読んで字の如く、この職業しかない。
ポチッとな。
それを押すと現在の職業である子供が解除され、新しい職業に変化した。
「くぅーー!!」
ゾクゾクしちゃう。
早く、早く試したい。
高鳴る鼓動に身を任せ、そのまま池に向かう。
周りを見渡しても誰もいない。
新しく使えるようになった魔術が頭の中に浮かんでくる。
もう待ちきれないとばかりに、呪文を口にした。
≪水遁、水蜘蛛≫
水の表面に魔力が張り巡らされるのを感じる。
恐る恐る水面に足を伸ばすと、ゆっくりと足を下す。
……沈まない!
靴の裏がしっかりと水面に固定されている。
「ふおおお」
感動で声が漏れる。
仕方ないでしょ。
仕方ないよね?
そのまま逆の足も水面に乗せる。
「おお……おおぉぉぉ……!」
足がプルプルと震えて、水面に波紋が広がる。
腰も引けて、超絶ダサい体勢で奇声を発しているこの少年は誰でしょう?
そう、私です。
ビバ、ファンタジー世界!
嬉しさのあまり天に両手を広げると、足元がブクブクと泡を立てて沈みだす。
「わっわわっ」
水面で体勢を崩すと、持ち直すことも出来ずにそのまま池に倒れこむ。
「わーー!」
池に飛び込んでしまった、と言っても庭の池だ。
そこまで深くないし、すぐに立ち上がる。
「いてて……ん?」
人の気配を感じて、顔を上げると目の前にメイド姿の女性が立っていた。
「あ、子弓さん……」
「高幸様、説明してくださいますか?」
俺の教育係である彼女の笑顔は、目だけが笑っていない。
「アッハイ」
忍者の道のりは長い。