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1話 アカシックレコード


 1941年、世界初の電子コンピュータが産声をあげた。

 コンピューターの第一世代として生まれた電子機器は、車、テレビ、携帯電話、軍事から医療まで、ありとあらゆる物がコンピュータで埋め尽くされ、コンピューター無しでは生きられないほど人々の生活を支え続けてきた。


 2019年、第二世代となる量子コンピューターが誕生した。

 量子機器の誕生は、人間とロボットの境界を曖昧にしていった。

 戦争はロボットが戦闘機を操縦して争った。

 交通は飛行機・船・電車・車・ドローンまで、AIが舵を握ることで、それまでの事故発生率を大幅に減少させていったという。

 医療においても、ロボットが診断から手術まで行っている。

 ファミレスでハンバーグを注文したら、自動で調理してテーブルまで運ばれてくる。

 こんな当たり前の光景ですら、量子コンピュータのお陰だと言うのだから、いやはや量子コンピュータ様様である。


 そして現在、2080年。

 今世界で注目を浴びている第三世代、それが、重力子コンピュータだ。

 光の速度を超えるという重力子が発見されてから五年。とある学者が言った。

「光よりも早い重力子でコンピュータが完成したなら、計算が始める前に計算を終えているだろう」

 世界中の研究所で開発が進められていた。

 が、我が家で世界初の重力子コンピュータが生まれていたなんて、誰が予想出来ただろうか。



***************


「……つはるさま」


 頭がボーっとしている。

 意識がはっきりしていないと自分でも分かる。

 昨日は何時に寝たっけ?などと意味も無いことを思考しながら、少しずつ意識が現実に戻されていく。

達春(たつはる)さま、達春さま?」

 目を開けると可愛い妖精がパタパタと浮かんでいた。

 パタパタと言っても音を立てている訳ではなく、背中に付いた羽は動かさなくても空中に浮いていられる。

「おはよう、アカシックレコード」

「おはようございます。達春さま!」

 茶髪で青目の妖精、アカシックレコードはホログラムだ。

 僕のネックレスに本体が入ってるらしい。

「ちょっと暑いかな」

「では、二度ほど室温を下げますね」

 体がポカポカと温かいのは、寝起きが良くなるようにアカシックレコードが体温を調節してくれたようだ。

「間もなく朝食のお時間のようです、リビングで秋絵(あきえ)様と玄人(くろと)様がお待ちですよ」

「わかった。今行くって伝えてもらえる?」

「はい!」

 その場から姿を消すアカシックレコードを見送った後、寝巻を脱ぎ捨てた。


 普段着に着替え、洗顔をしていると身長1メートル程のAIメイドが近寄ってくる。

 名前は“あいちゃん”だ。

 頭にはリボン、服はドレスとメイド服を合わせたような装飾をしているのは母さんの趣味だ。

 彼女は無言でタオルを差し出してくる。

 話しをすることも可能なのだが会話機能は普段はオフになっている。

「ありがとう、あいちゃん」

 返事はない、ただのロボットのようだ。

 軽く会釈をすると少し離れた場所で佇む。

 タオルを渡せば片付けてくれるのだけど、今回はタオルを首に掛けたままリビングに移動する。

「たっちゃーーーーん!おはよーー!」

「むぐっ……!苦……しいよ母さん!」

「うふふふー、離しません!」

 リビングに入るとママに力強く抱きしめられる。

 四十代に差し掛かろうというのに美人で自由奔放、そして、科学者だ。

 十年前脳に障害を抱えて植物人間になっていた患者に、補助人工知能を入れることによって意識を取り戻させたらしい。

 今では健康保険証に死んだ後の臓器提供の他に、補助人口知能を使っての延命の意思確認の項目まであるのだ。

 “ロボットを限りなく人間に近付けてしまった天才”と称賛されていたが、五年前に重力子を発見してからは、世界中から“量子テレポートに一番近い人間”と囁かれている。

「ぷはっ!おはよう、母さん、父さん」

「おはよう、たっちゃん!」

「おう、おはようさん、達春!」

 テーブルでコーヒーを啜りながら、ニコニコとこちらを眺めているスポーツマン風のナイスガイ、しかし、本業は科学者だ。

 父さんは会社の社長をしていて、母さんがそこで科学者として働いている。

 “天才を天才にした男”と言われ、母さんを昔から支えてきた陰の立役者だ。

 今は“アース・アネージャ”っていうファンタジーゲームを作ってるなんて言ってたけど、何故に科学者がゲームを作ってるんだと疑問が残る。

「おはようございます、達春様!」

「おはよう、アカシックレコード、さっきは起こしに来てくれてありがとうね。」

「はい!私は秋絵様から達春様の身の回りのお世話をするように仰せつかっていますので、これぐらいは当然です!」

 ドンッと小さな胸を叩くと、得意になって踏ん反り返ってみせる。

「私達はこれから仕事があるから、さっそく朝食にしましょう」

 テーブルに三つの丼が並ぶ。

 母さんの情報を元に考えるならば、これは朝食だ。

 朝食のはずなのに

「母さん、……これは?」

 丼の中を覗き込むと、真っ赤なスープが入っている。

 顔を上げると溜息混じりの父さんと目が合う。

「ふっふっふー、これはね“母さん特性、アスタキサンチン麺・リコピン出汁・アントシアニン具の三身一体、食物繊維レッドオーシャンラーメン”よ!」

「ごめん、何言ってるか分かんない」

「よくぞ聞いてくれました!麺は人参粉末を使って食物繊維抜群!スープはトマトとグァバを使って食物繊維抜群!具材には干し紫芋に干しナスを使って食物繊維ばつぐ…」

「いや、聞いてないから」

「母さん特製レッドオーシャンラーメンよ」

「大丈夫、このラーメンにライバルはいないよ」

「むしろブルーオーシャンだな」

 父さんも会話に交じってくる。

 食欲も失せる程に真っ赤なラーメンを見て、ブルーオーシャンとはなかなかに皮肉が効いてる。

「レッドブルーオーシャンラーメンじゃん」

「あらやだ翼を授けられちゃう?」

「エナジー凄そうだもんな」

 父さんが腹を抱えながら笑ってる。

 それに釣られて僕も笑顔になる。

「何抜群ラーメンなんだっけ?」

「食欲戦意抜群ラーメン」

「食物繊維が抜群なんです!」

「いや、朝から真っ赤なラーメンとか発送が抜群すぎるでしょ」

「ラーメン界の星だな」

「スターオーシャンじゃん」

「それなら満点よね!」

 母さんが立ち上がり腰に手を当てて言うと、アカシックレコードが笑いながらパチパチと手を鳴らしている。

「最近母さんは、DSVRでリメイクされたレトロゲームやってるんだよ」

 父さんが言ったDSVRと言うのは、Deep Sleep Virtuar Realityの略で、深い眠りの中で仮想現実で遊べるという物。

 DSVRが発売されるようになってからは、睡眠不足は解消され、遊ぶ時間の無い大人にも好評で、子供から大人まで大人気の商品なのだが……製作者はなんと父さんだ。

 母さんが研究に夢中になると、寝ることも忘れてしまう程に没頭してしまうらしい。

 そんな母さんを心配して、父さんはDSVRの研究チームを作ったそうだ。

「はいはいイリヤイリヤ、スクエニに怒られるよ?」

「平和がいいわね」

「オーシャンパシフィックピースラーメンで決まりだね」

「そのネーミングは止しお」

「ネーミングなんて何でもいいから冷める前に頂きましょ!」

 もう何の会話をしていたのか、分からなくなってきた所で現実に戻される。

 麺、スープ、具、全てが赤いレッドオーシャンと呼ばれたそのラーメンと五秒程目を合わせてから覚悟を決める。

「いただきます」

 ズズッと音を立てて麺を吸い上げる。

「お……美味しい」

「うん、うまいな」

「ポカポカして朝の目覚めにもバッチリよ!」

 したり顔の母さんを見て、こっそり溜息を漏らすと父さんと息が合ってしまった。

 これだから科学者って奴は……。

「ご馳走様でした!」

 あいちゃんが、会釈をしながら食器を運んでくれる。

 母さんが創ったあいちゃんは、ファミレスや市役所で見るような、与えられた仕事をするAIロボットと比べるとかなり高性能だ。

 家事は何でもこなしてくれるのはもちろん、何かを指示を送ることも無く、自分で考えて行動出来る。

 例えば、母さんがラーメンを作ると言ったら、あいちゃんは朝食を作らない。

 窓を開けたまま外出すれば、窓を閉めてくれる。

 今運んだ食器も、あいちゃんが洗ってくれる。

「秋絵様、玄人様、ドライバーレスタクシーをお呼びしましたので、出発のご準備を」

「ありがとう。たっちゃん、留守はお願いね」

「うん、いってらっしゃい」

「アカシックレコード、何かあったら、たっちゃんの事を頼んだわよ」

 母さんが真剣な眼差しを送ると、アカシックレコードもそれに反応して、深々とお辞儀をする。

「もちろんです!」

「それじゃあ行ってきます」

「行ってきます」

 両親を見送った後、今日は何をしようかと思案を巡らせる。

 去年、高校を卒業したが大学受験もしなかったし、就職もしなかった。

 両親の会社に何度か行ったことがあるけど、科学者とAIロボットしかいないので何か手伝えるような環境じゃなかった。

 そう、僕はニートだ。

 ニート自体は珍しくない。AIが充実したこの世界で人が働くことのほうが危険なことが多い。

 車の運転はほとんど無人だし、生産、流通、農業、様々な分野でAIが活躍している。

 この世界で、仕事をしている人は半分以下だ。

 残りの半分はニートか、メタバース農民をやってるか。

「我が家は金持ちだから、たっちゃんは働かなくても問題ないわよ」

 そう母さんが言ってくれて甘えてしまっているけど、少し疎外感も感じている。

「アカシックレコード、一緒にDSVRやろうか」

 DSVRは寝なくても勿論遊ぶことが出来る。

 異世界で剣や魔法の冒険しても良し、学園生活を体験してピュアな恋愛しても良し、過去に実際に起こった戦争に参加しても良しの疑似体験ゲーム。

 今日は何して遊ぼうか……。

「はい!お友達もお誘い致しますか?」

「いや、今日はアカシックレコードと二人で、オフラインで遊ぶよ」

「分かりました。何して遊びましょうか?」

「二〇五〇年の冬コミに参加しようかな。お客さんは五千人に抑えてもらって、所持金は三十万円ぐらいで」

「マニアック抜群な設定ですね」

「ブルーオーシャンな設定でしょ」

「それではガジェットボックスを起動してお待ちしてますね」

「うん、すぐ行く」

 いつも笑顔のアカシックレコードも、更に上機嫌で飛んでいく。

 その後を追うように僕も付いていく。

「緊急事態です、緊急事態ですー!」

 飛んで行ったと思ったアカシックレコードが物凄い勢いで戻ってくる。

「どうしたの?」

「大変です!達春様!」

「聞いてるよ。」

「秋絵様と玄人様の会社が襲われました!」

 アカシックレコードの言葉に思考が止まる。

「秋絵様の最上位命令により、これから達春様を量子テレポート致します」

「え?いや、ちょっと待って、全然分からな……」

 ピンポーン

 玄関の呼び鈴が鳴る。

「もう来た!」

「お客さん?」

 情報量が多くて、混乱していることは自分でも分かった。

 玄関に行こうとするとアカシックレコードが眼前に飛び込んできた。

 小さな体を両手いっぱいに広げて、通行止めをアピールしている。

 ホログラムのその体で僕を止めることは出来ないけれど、気持ちの問題なんだろう。

「カスタム……!」

「誰!?」

 ピンポーン

 もう一度、呼び鈴が鳴らされる。もうゲームが起動しているのかと錯覚する。

 いや、まだガジェットボックスに入ってないから、それは有り得ない。

「アフリカの量子科学研究所quastom(カスタム)の工作員です。玄人様の会社を襲撃した部隊とは別部隊でしょう。これから秋絵様の命により達春さまを飛ばします。≪量子テレポート起動≫」

 ガチャガチャと玄関のドアノブが鳴る。

『量子テレポートシステムを起動します』

 胸元のペンダントから音声が鳴り響く。

「量子テレポート?まだ完成していない技術……だよね?」

「量子テレポートの技術は完成しています!重力子コンピュータの完成と共に実現しました」

「いやいや、それが我が家にあるって?そんな……」

『量子テレポートまで三〇〇秒です。』

「今まで言うことが出来ませんでしたが、私、アカシックレコードは秋絵様がお創りになられました、重力子コンピュータのプログラムコアです」

 母さんと父さんが襲われている?

 カスタム?

 アカシックレコードが重力子コンピュータ?

 量子テレポート?

 理解が追い付かないまま情報だけが増えていく。

『転移先はアース・アネージャに指定されました』

「アース・アネージャって母さんが開発中のゲーム?」

「アース・アネージャは秋絵様がお創りになられた、この地球とは異なる理の世界です」

 言葉を絞り出すことも出来ない。

 何を言ってるのかも分からなくなってきた。

 ガチャガチャとドアノブが音を立てる度に、心臓の鼓動が早くなる。

『国枝達春の疑似量子体を作成します』

 胸元のペンダントから音声が鳴る。

 それも気になるけど、アカシックレコードの言葉に耳を傾けている今、それどころじゃない。

「達春様、よく聞いてさい!重力子コンピュータは人間にはオーバーテクノロジーです。監視カメラが無い海の底だってリアルタイムで覗くことが出来ますし、量子テレポート、新世界の創造だって出来ます!」

「ファンタジーすぎるでしょ」

 パンッ!パンッ!

 冗談を聞かされているのかと思う。

 そんな希望的思考を打ち消すように玄関から銃声が鳴り響き、恐怖でその場に座り込む。

「達春様、これから向かう世界で秋絵様と玄人様のことをお探しください!」

『疑似量子体の作成に成功しました。これよりベル測定を開始します』

「アース・アネージャって何なの?」

「玄人様の会社でお創りになられました、魔法の世界」

「母さんと父さんは、そんな世界作ってたの?」

「アース・アネージャは、人口が多くなり過ぎたこの地球の人類補完プロジェクト、その試作世界です」

『疑似量子体から拒否信号を受けました。量子テレポートに失敗しました。量子テレポートシステム解除。転生システムに切り替えます』

 胸元のペンダントは何かのプログラムを起動しているようだけど、今一つ一つ理解している余裕はない。

 人類補完プロジェクト?

 ツッコミを入れる余裕すらない!

 そんなくだらないことを考えていても、相変わらず思考置き去り状態。

 ガチャガチャ、バンッ!

 カスタムと言われた奴等が家に上がり込む足音が聞こえてくる。

「お別れです、秋絵様と玄人様をお探しください!」

『ガフの部屋作成、……成功しました』

「アカシックレコードは来てくれな……」

『観測を開始します。転生システム開始』

 視界が暗く染まる。

 最後に見たアカシックレコードの笑顔が脳裏に刻まれたまま。


『職業チートの加護が施されました』


「くそ!間に合わなかったか」

「ガキは逃がした!仕方ない、アカシックレコードを探せ、ネックレス型になっているはずだ」

「これか?床に落ちてるぞ!」


『ガフの部屋に魂の定着を確認しました。』


「いけません!」

「なんだ?」

「私がアカシックレコードです! 連れていくなら私を連れて行きなさい!」


『続いてガフの部屋の転送を開始します』


「これはホログラムだ。本体はペンダントの中に……」

「やめなさい! こら! こらぁ!」


『ガフの部屋転送まで10秒です……』


「このままじゃ目障りだ、おい、制御装置を出せ」

「それは……重力子制御装置! なんでそんな物がここに!」


『9……8……7……』


「お願い!やめ」

「よし、片っ端から資料を漁っていけ!」


『転生システムが中断されました。深刻なエラーが発生』


『重力子コンピュータ、強制シャットダウンします』

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