怖がりひなちゃんの勇気
とても怖がりなひなちゃんという女の子がいました。
ワンワンほえる犬が怖い。ブンブン行きかう車が怖い。ニガニガしておいしくない野菜が怖い。
家のすぐそばにある幼稚園に行くことだって怖がっています。
「いやだいやだ。怖くて行きたくない」
「どうしてそんなに怖がるの? 誰かがひなちゃんのことを困らせることでもしたの?」
ママからきつく言われることさえも、ひなちゃんは怖がりました。
「ママ、おこらないで。おこると怖いよ」
涙を流すひなちゃんに、ママは困り果ててしまいました。
「こんなことで大丈夫かな」
最近は特に悩みのたねが増えました。
なぜなら、もうすぐひなちゃんはお姉ちゃんになるからです。
「このままだと、生まれてくる赤ちゃんのことまで怖がってしまうんじゃないかしら」
ママは冗談半分、本気半分でした。
赤ちゃんにまで怖がっていると、ひなちゃんは一生お姉ちゃんになれないわ。
なんとかしなくては。
ママは考えました。
それでも、大人しい仔犬もだめ。小さな三輪車もだめ。甘い果物だけは少しほほえんでくれましたが、やっぱり野菜になるとだめ。
あの手この手をためしてみましたが、結果はどれも同じでした。
不安は解消されないまま、ママの陣痛がはじまりました。
ひなちゃんは痛がるママの顔も怖くて、やさしくしてあげることができませんでした。
「ひなちゃん、ママと約束して。赤ちゃんが生まれてくるまで絶対に泣かないって」
そんな約束も怖くて、ひなちゃんはママと小指をからめることはできませんでした。
「そんなのむりだよ。だって約束守れなかったら、ママのことをもっとかなしませてしまうもん」
そう言っているそばから、ひなちゃんは瞳に涙をうかべていました。
泣きたい気持ちは、ママにまでうつってしまいそうでした。
そうこうしている内にママは入院し、赤ちゃんが生まれました。
元気な男の子です。
「ひなちゃんの弟よ。手をつないであげて」
ひなちゃんはやっぱり怖くて、生まれてきた赤ちゃんの顔を見ることすらできませんでした。
弟の手をつなぐなんてもってのほかです。
赤ちゃんが生まれたことのよろこびもつかの間、ママはため息をつきました。
「このままじゃいけないわ」
ママは心を鬼にして、ひなちゃんをお姉ちゃんにさせる決意をしました。
「ひなちゃん、この子の名前を決めてあげて」
いつものように、ひなちゃんは怖がりました。
「もしも変な名前になって、この子がいじめられるようになったらいやだよ」
「ひなちゃんが呼びたい名前をつけてくれればいいのよ。かんたんでしょ。さっ、赤ちゃんの顔を見てあげて」
ひなちゃんはおそるおそる赤ちゃんの顔をのぞきこみました。
ぐっすり眠った顔がいつ起きてきてしまうか、怖くてしょうがありませんでした。
「頭もなでてあげて」
そっと手をのばしました。どうか目を覚ましませんように。
ところが、その願いはかんたんに消えてしまいました。
お姉ちゃんのことを怖がるかのように、赤ちゃんが大声で泣きだしました。
エンエンと泣きわめく弟に、お姉ちゃんは何もしてあげることができませんでした。
「ママどうしたらいいの!」
「そんなの自分で考えなさい」
鬼の心を持ったママは、何も教えてくれませんでした。ひなちゃんも泣いてしまいたくなりました。
「泣かないの。ひなちゃんが泣いたら、赤ちゃんはもっと泣いてしまうわよ」
ひなちゃんは涙を引っこめて考えました。
赤ちゃんを泣きやますには頭をなでてあげなくちゃ。
怖いけど、自分が泣いていると赤ちゃんはもっと泣いてしまう。
ひなちゃんは生まれてはじめて勇気を出しました。
おそるおそる赤ちゃんの頭をなでてあげました。
「よしよし。いい子だね。怖くないよ。あたしはお姉ちゃんだよ」
やさしくやさしく頭をなでてあげました。
するとだんだん赤ちゃんの泣き声は小さくなり、あっという間に涙は止まりました。
「あたし、赤ちゃんを泣きやますことができたよ!」
ひなちゃんの勇気に、ママもうれしくなりました。
「やればできるじゃない。ひなちゃんは怖がりなんかじゃない。とても勇気のあるお姉ちゃんよ」
よろこんだひなちゃんは、すぐに赤ちゃんの名前を思いつきました。
「この子の名前はゆうき。勇気のある男の子に育ってほしいから」
それからひなちゃんは、ゆうきくんの名前を何度も呼んであげました。
すっかりたくましくなったひなちゃんは、ワンワンほえる犬も、ブンブン行きかう車も、ニガニガした野菜も怖くなくなりました。
幼稚園にもニコニコ通えるようになりました。
「あたしには勇気があるから怖いものなんてないの」
勇気の数だけひなちゃんの笑顔も増えていきました。
ひなちゃんの笑顔がみんなのことをしあわせにしてくれました。