第一夜
ハノーニア視点で試運転です。
――私は、自分が死ぬ夢を、よく見る。
最高に寝覚めが悪いけれど、確か夢占いとしては悪いものじゃなかった。古い自分を葬り去り、新しい自分に生まれ変わることの象徴…だったっけ。
そんなことを、唐突に思うのは。考えてしまうのは。今まさに自分が死にかけている事態から目をそらしたい、から。なんて。
(ほんッッとーに! わらえ! ないッ!!)
現実逃避から帰ってくる合図は、自分で引き金を引いた銃の音。嗚呼、笑えない。笑っている暇なんてない。もっと言えば、息つく暇さえおしかったりする。
これでも私は軍人で。つまるところ、国を守るのがお仕事だ。
私の今の仕事場は、比較的国境に近い所にある。つまりは隣国が近いわけである。幸いなことに、近年は戦争だなんて物騒なことは起きていない。近年は。それでもだ、色んな考えをお持ちな方々はいつだって何処にだっていらっしゃる訳でして。小競り合いに駆り出されたことも少なくない。もっと言えば。数年前にそこそこ大きい戦闘に巻き込まれたというか、いつの間にか放り込まれていたこともあった。それは、正直私の人生というかそういうものを大きく変えてしまうものだった。
そして、今のこの状況。雰囲気というのか、気配というのか、においと言うべきか。そういったものが、とても、よく、似ている気がする。人生の岐路といっても過言じゃなかったあの数年前の出来事に、ものすごく似ている気がして、正直尻尾巻いて逃げ出したい。しかし、お仕事だもの。そんなこと出来る訳もない。万が一やらかせば、敵前逃亡のレッテルをデカデカと貼られて銃口の前へ。銃殺刑によって、さらば人生。…まぁ、現状を見て、仲間というか同じ制服を着た奴に殺されるか、敵に殺されるかぐらいの違いしかないのかもしれないけれど。
(死にたく、ない)
これは夢じゃないのだ。死んでしまえば、もう二度と起きることはないんだから。
(ああ、嗚呼、死にたくない)
けれど、自分がそこまで強いかと聞かれれば、首を横に振るしかない。
前は、辛くも生き延びることが出来た。運よく、死に戻ることが出来た。だけれど、奇跡はそうそう起きはしない。偉い人すごい人にも起きないから奇跡なんていうんだ。私みたいのに、もう起きることはない。
(起きても、怖いけれど)
立て続けに引き金を引く。撃ち出された弾丸は、注ぎ込んだ魔力の尾をひいて、まさにこっち目掛けて同じく発砲しようとしていた敵へと命中する。体勢を崩したそいつの胸元に足をかけて、乗り上げる。踏み台にして、私は高く跳びあがる。魔力でもって強化した筋力でもって跳んで、その敵兵に続いていた数人の背後へと上手く着地して、奴らが振り向く前にまた引き金を引いた。軽い音だ。まるでタイプライターみたいな。それでいて、命を奪う音。命まで取らなくても、後の人生に深く濃い影を残す。
感傷に浸っている時間でもなければ、生死を確認している間も惜しい。少なくとも行動不能にしたことは手応えで分かる。分かるくらい、軍人兵士をやってきてしまっているのだ。
(これでもまだ若いんだけどなあ)
溜息を吐く代わりに空になった弾倉を入れ替えて、私は地面を魔力一杯、力一杯、蹴り上げる。
本日は晴天だった。その青空の下、中央からお偉いさん方が視察に来た。その歓迎式典会場のあちこちで銃声が上がり、合間に剣戟さえ聞こえて、嗚呼、本当に嫌になる。視察はめちゃくちゃだ。地方とは言え、軍上層部が出席するこの行事をこうまでしたのだ。我らが帝国の顔に泥を塗った点において、この襲撃首謀者は成功したと言えるだろう。襲撃犯たちは統率がとれているが、その外見はバラバラで、成程企んだ連中を特定することも遅れるだろう。だが、そこまでだ。これ以上の失態は御免被る。
「いたぞ! 『オオカミ犬』だ!!」
(誰が犬だ!! 私はそこまで可愛くないし、そもそも)
貴様らに気安く呼ばれる筋合いもない。より一層魔力を全身に行き渡らせて、地面を蹴る。私は、強くはない。ないけれど。目をかけてもらえるくらいには、弱くない。
「ッ!?」
風を切って肉薄すれば、相手の息を呑む音が聞こえた。見開いた目に映る歯をむき出しにした女が自分だなんて、ついついわらってしまう。
そのままその男の首に手をかけて捻る。クッと肉が絞まり、骨が折れる感触が伝わってきて、目が細まってしまう。事切れた男を盾にしてお仲間を振り返ってやれば、一瞬の躊躇いが生まれた。
「いい人だったんだね、あなた。それとも、私が怖いだけかな?」
そう独り言ちながら銃を撃つ。とどめとばかりに、男の腰から手りゅう弾を一つ拝借。ピンを抜いて亡骸と共に放り投げ、私はまたまた駆け出す。数秒置いて、ドォンと大きな音がしたけれど、もう距離があいていたので衝撃は感じなかった。
「みんな向こうでも仲良くね」
一人じゃないだけいいじゃないか。なんて思う私は、捻くれかさみしがり屋が極大値を突破してしまっているんだろう。
そうして、私はようやく貴賓席近くまでたどり着く。流石にここはまだ陣形が崩れていない。比較的平穏が保たれているというか、残っているというか。ただし、退路の安全確保には手こずっているというのが見た感じ。
私でも、いないよりはマシだろうと加勢に加わろうと踏み出そうとして、ゾワリと嫌な感じがして反射的に振り向いた。
「!!」
一人が、突出してきた。反応からして魔導師だ。もっと言えば、ただの突出じゃあない。あれは――恐らく自爆狙い。
「どちくしょう!!!!」
思わず、よくない言葉が口から出てしまったけれど、もう気にしてはいられない。
思いっ切り、お偉いさん方やその護衛にあたってるこれまたお偉い軍人方の顔や視線がこっちに向いた気がするけど、もう私はそれどころじゃない。
力の限り地面を蹴っ飛ばして、自爆狙いの大馬鹿野郎の目の前に割り込んだ。
目を見開いたそいつの胸倉を両手でもって引っ掴み、諸共前へと飛ぶ。
目の前には丁度大きな噴水。魔力を込められた爆弾相手にどこまで被害を押さえられるか不安だけれど、きっと無いよりはいい。私と同じで、無いよりはマシだと信じるしかない。
「ッ、貴様、貴様がッ、『宵の薄明』!!」
魔力をより一層集中させた私を――その目を見て、敵が口走った。
私はわらう。わらってやる。下半分は生来の琥珀色を残して、上半分が紫に色を変えた目を細めて。わらってやる。
「地獄行きの列車、お一人でどうぞ」
言うが早いか、魔力で張った防壁を閉じるのが早いか。
噴水の中へ落ちたその次の瞬間だった。魔力と、爆薬が弾ける。
「ハノーニア!!」
魔力熱と爆発の衝撃。暴れ狂う水。激痛。それらすべてによってぐしゃぐしゃにされる中、名前を呼ばれた気がした。空耳だと、幻聴だと分かっていても、私はふにゃりと笑ってしまった。
「か、っか」
――トゥエルリッヒ・フォン・エルグニヴァル総統閣下。
一軍人、一介の魔導師でしかない私を可愛がってくださる御方。『宵の薄明』なんていう希少なものを覚醒させた私を飼いならすために、婚約なんてさせられてしまったかわいそうな御方。まんまと乗せられた私に好意なんて寄せられてしまった、なんとも気の毒な御方。…まぁ、やんごとなき身分の御方であるから、意に添わない婚約結婚なんてよくある話、なのかもしれないけれど。婚約者自体、何人もいるのかもしれないけれど。
私にとっては、少なくとも、こうして自分を顧みない行動が出来てしまうくらいには、想っている御方。
(……ああ、嗚呼…、どうか、ご無事で…)
嗚呼、閣下――ごめんなさい。
(21/09/23)