丘の上のお城 2
前回のあとがきで過去回はこれで終わると書きましたが嘘でした。
僕たちを乗せた馬車は武装した野盗に襲われた―――ということもなく、定めらた通りの道をたどって予定通りに町へと至った。
町までの街道はしっかりと舗装されており、時折旅人や行商の馬車とすれ違うのみで獣の姿を見ることもなかった。
町の周りには土塁と濠がめぐらされており、土塁の上に木でできた柵が置かれていた。
馬車は濠の上に架けられた跳ね橋を通って町の入り口の関所の前に止まった。
教会の豪奢な馬車と神父様の影響か、煩わしい手続きもなくすんなりと関所を抜け、町の中に入った。
町を入ってすぐのところには馬屋や住居、納屋などがあり、その先には広場が広がっていた。
僕たちは馬車を降り、広場を通って町の中心にある教会を目指して歩いた。
広い街路の両脇には様々な建物とが立ち並んでおり、左右どこを見回しても未知のものが溢れていて、駆け出すのをこらえるのが大変だった。
村長のオムレイさんに連れられてしばしば町に出てくるフィンレーは僕に比べると幾分か落ち着いていて、「田舎者みたいな立居振舞をするな。一緒に歩くのが恥ずかしい」なんて言って笑いながら僕を揶揄ってきた。
彼も僕も同じ村の出身なのに垢ぬけた態度を精一杯取ろうとしているのが可笑しくて二人で笑っていた。
道行く人々の香水の匂い、住居から漏れでる生活の音、僕たちは都会の喧騒に包まれる。
それらすべてが新鮮だった。
多様な風貌の人々がごった返す道を僕たちは神父様に付き従って進む。
普段なら安心感を与えるであろう神父様の鷹揚な足取りは今に限ってひどくゆっくりと感じた。
町の中心に向かうにつれて街路は上り坂となっていき、しまいには石畳で出来た階段になった。
階段を上り切るとそこには町の入り口の広場がとるに足りない物であったと感じるほど開放的な広場が広がっていた。
そしてその広場の中央には正に荘厳という言葉がふさわしい教会が聳え立っていた。
教会には2つの巨大な尖塔が左右についており、それらを行き来できるように間に橋のように屋根の付いた廊下が架かっていた。
一面真っ白に塗られた外壁がその神聖さを際立たせている。
結構な勾配の階段を上ったにもかかわらず、高年の神父様は息一つ切らさずにそのままの足取りで教会へと歩みを進めた。
フィンレーや他の皆も神父様に付いて教会へと向かう中、僕は一歩遅れて彼らを追いかけた。
教会の入り口の前には巨大な石像が置かれていた。
甲冑を纏った禍々しい風体の怪物が尻餅をついていて、その怪物は男性とも女性ともわからない者によって胸の真ん中を槍で穿たれている。
そんな物語の一場面を顕現させたような石像だった。
槍を携えた中性的な人物の両腕はその長槍を如何にして振るうのか疑問に思ってしまうほど細く柳のようであった。
同様に胴部や脚部も戦うためにはいささか心もとない繊細さではあったが、そのしなやかさと美しさには目を見張るものがあった。
身に纏う衣は瀟洒ではあるがあまり華美には感じず、襟から肩に流れるように垂らした髪はとても甘美な様子であり、女性的だった。
しかし、敵対者に向けるその横顔からは確かな猛々しさと権威を感じた。
僕はこの地に住むものならだれでも知っている『勇者ルーカス』の言い伝えから、この甲冑の怪物を「愚者ルーカス」、そしてこの美丈夫とも美姫とも形容できる方を「ヘルマトス様」だと推測する。
そしてこの推測が正しいということが神父様の説明によってこの後すぐにわかった。
その言い伝えというのはこういうものだ。
『昔々、大災害が起こるより前、ある田舎の村にルーカスという少年がいた。
ルーカスには心優しい両親がいて、家族は裕福ではないが倹しく暮らしていた。
ルーカスの母親は彼が眠るときにはいつも勇者や英雄の冒険の話を語って聞かせてくれた。
ルーカスはそのお話が大好きだった。そのようにして育ったルーカスは当然英雄に憧れるようになる。
15歳の時、そんな彼の人生は一変した。
洗礼を受けたその日、彼は勇者に選ばれたのである。
祝福を授かったルーカスは見る見るうちに力を伸ばし、双頭の竜アンフィスバエナを屠り、島とも見紛うほど巨大な海の怪物アスピドケロンを倒し、そのままの勢いで世界を脅かす魔王を退治した。
魔王を滅ぼしたルーカスが戻ってくると国中の人が彼の凱旋を祝った。
ルーカスは喝采に包まれ、物語は幸福な結末を迎えると誰もが予想してい
た。
しかし、魔王を討伐し圧倒的なまでの力を手に入れたルーカスは次第に勇者であることに満足できなくなった。
そこで次に彼が憧憬を燃やしたのは彼に力を与えた神であった。
彼はあろうことか神ヘルマトスに剣を向けたのである。
力に傾倒し、神に反旗を翻したルーカス。
彼の欲望が肥大化するに伴って、彼が纏っていたヘルマトス様から賜った白銀のフルプレートは漆黒に染まり、白鼠色の愛刀もまた闇色に変わった。
「勇者ルーカス」はその勇気を以てして戦いに臨む。
しかしその時に限って彼の抱いた勇気は蛮勇であった。
彼に力を与えた存在、神ヘルマトスはその圧倒的な力によって反逆者であるルーカスを討ち滅ぼした。
なすすべなく蹂躙されたかつての英雄は、ヘルマトス様の長槍によって胸を貫かれ最期を迎えた。
それでことが収まればいかに僥倖だっただろうか。
彼の犯した罪は彼一人の命で償えるほど小さくはなかった。
祝福を、生きる力を与えてくださった方に祈りと感謝ではなく鋼を向けたのである。
その後、この地から一切の祝福は消え去り、大災害がもたらされた』
ヘルマトス様の祝福が無くなり、大災害が発生したのがルーカスの叛逆と因果関係があるのか定かではないが、生き延びた人々はルーカスが原因だと考えたのだろう。
彼らは「勇者ルーカス」を「愚者ルーカス」という名前で呼ぶようになり、彼らの子孫にルーカスの物語を語り継ぎ現在へと至る。
僕たちは教会の入り口で神父様から石像の説明を受けた後にいよいよ教会の中に入った。
中に入ってまず目につくのはその白さであった。
建物を支える太い石柱、アーチを描く天井は外壁と同様に、雪を思わせるような純白であった。
そしてその次に見えたのは向かって正面に位置する祭壇に光を射すガラスの窓だった。
ガラスと言っても透明なものではなく様々な色が混じったガラスで模様が描かれていた。
これほど大きな窓や色のついたガラス、空と見紛うほど高い天井を見るのは初めてだった。
東西南北どこの壁にも色鮮やかなガラスを使った大きな窓があり、これだけ大きな建物なのに日陰になっている場所はなかった。
祭壇へ向かうための通路の両脇には茶色の木材で出来た長ベンチがいくつも設置されていて、既に来ていたこの町の住人や近隣の村の成人たちとその保護者と思われる人たちが席についていた。
僕たちを連れてきてくれた神父様は一礼するとその鷹揚な足取りで他の聖職者たちのもとに向かっていった。
神父様の礼服の背中を見送った後、僕たちはベンチの空いている席を見つけて座った。
読んでくれてありがとう。
次こそ進むとおもいます。