まくら 2
フィンレーの後に僕が、その更に後ろを3人の仲間が続くようにして僕たちは外に出た。
宿の中庭はすっかり暗くなっていて、夜空に浮かぶ三日月と無数の星々が僕たちを上から見守っていた。
季節は冬に近づいてきていたが、これから起こるであろうことを想像すると寒さを感じる余裕はなかった。
中庭にはレンガの屋根が付いた石で組まれた井戸があるだけだったが、僕の剣を振るうには少し手狭に感じた。
真後ろにケイレブが、左右にそれぞれグルナとソフィアが立ちつくし、正面からは暗闇でも翳ることを知らない琥珀色の双眸が僕のことを貫いていた。
「これしか方法はないのか?」
いまだに決心がつかない僕は今一度彼に問う。
「お前とお前の持っているその鉄の塊が、ただの重りでないことを証明して見せろ」
そういうや否やフィンレーは腰に差した鞘からロングソードを抜き放ち、刹那のうちに僕に肉薄した。僕は慌てて背中から自分の背丈と変わらない長さのツーハンド・ソードを抜き、グリップとリカッソを強く握りしめて彼を迎え撃った。
彼の銀色の長剣と僕の白銀の両手剣が打ち合わされ、金属が擦れあい、火花が散る。
「防具も付けずに真剣で切り合うなんて正気の沙汰じゃない!!君は勇者なんだぞ!」
僕の上ずった声が夜の静寂に響き、ひどく情けなく感じた。
「なんだぁ?俺が傷つくってか?とことん気に食わねー野郎だな」
そういい捨てた彼は怒涛の勢いで長剣を振るった。真上からの振り下ろし、真横への払い、鋭い刺突、シルバーグレーの軌跡の1つ1つが僕の命を一撃で終わらせるのに足りうるものだった。
「くっ・・・!!」
正直、高速の初撃に反応し、その後の息もつかせぬ連続攻撃を防ぐことができたのは奇跡に等しかった。僕の必死の防御を嘲笑うようにフィンレーの剣が僕を少しづつ消耗させる。
彼の一振りが僕の頬を僕の肩を僕の両足を切り裂く。もはやその剣筋を知覚することすら敵わなかった。
僕は荒くなった呼吸を整えるために後ろに下がる―――ことは叶わず、背中にすさまじい衝撃を感じ、顔から地面に倒れこむ。呼吸が一瞬止まり、喘ぐようにして何とか息を吸っているとケイレブの声が後ろから聞こえた。彼は笑っていた。
「おいおい、残りたいって言うお前のためにわざわざ最後のチャンスを与えてんだぞ!!藁のかかしのほうがまだ歯ごたえあるぜ」
「剣を振るうつもりがないのなら、両の手で盾を構えた方がいいのではないか『勇者の剣』どの?」
グルナのしゃがれた低い声が続いた。
「フィンレー、時間の無駄だよ。弱い者いじめはかわいそうだし」
退屈そうな態度のソフィアはそう言った。
フィンレーは抑揚の欠けた表情で口を開いた。
「がっかりだよマシュー。お前の残りたいという言葉は嘘だったんだな」
「違う!!」僕は否定する。「ただ、ただ・・・」
「おいおい、この期に及んで友達だから切れないなんてことを宣うのはやめてくれよ?」僕の言葉を遮るようにしてフィンレーは続ける。
「覚悟を決めろ。ここで地べたを舐めたまま終わるか、力を示し、旅を続けるか。二つに一つだ」
ひどく悲しかった。ひどく惨めだった。ひどく恥ずかしかった。
誰一人僕をかばってくれる仲間がいないことが悲しかった。
みっともなくも彼らに最後のチャンスを求めたくせに、何もできず這いつくばっている自分が惨めだった。
何よりも未だに自分自身に嘘をついているのが恥ずかしかった。
あまりに突然のことで現実を受け入れられないというのは自己欺瞞だった。ただ、自分が捨てられたということを、僕がどうしようもなく弱いということを認めたくなかっただけだ。本当はいつかこうなるとわかっていたんだ。自分に力が無いことは僕自身が一番よくわかっていた。
それでも僕は彼ら彼女らに甘えていた。僕は神によって選ばれた『勇者の剣』だ。いつか彼らのように僕も力に目覚め、英雄になれると思っていた。
体が小刻みに震える。出血や夜の寒さで震えているんじゃない。怒りだ。僕は怒っている。神の権威の上に胡座をかき、ただ奇跡を待ちわびていただけの僕自身に。神様からもらった大切な剣を鈍と馬鹿にされ、それに言い返すこともできない僕自身に。あまりの激情に涙が出てきた。体が熱い。
僕は地べたを這うようにして両手剣に近づいた。
震える両の手で剣をしっかりと握る。この両手剣は僕が神様から唯一賜ったもので、白銀の刃全体に黒色のルーン文字が象嵌されていた。残念ながらリカッソに刻まれた『ᚾᛁᚺᛏ』という文字以外はかすれていて、読むことはできないが、このプラチナの光沢はただの剣というにはあまりにも神々しかった。
どんなに情けなくても、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだったとしても、ここで立ち上がれなければ、僕は本当にお終いだと思った。
覚悟は決まった。震える手足に力を込めて立ち上がり、剣身を下にして剣をそのまま地面に突き立てた。右腕で顔を拭い、そのまま顔を上げた。琥珀色の双眸と視線が交わる。
どうして文字通り身の丈に合わないような剣を僕が授かったのかは分からない。それでも、僕はこの剣に見合う英雄になりたいと思った。英雄譚に出てくる勇者に共に憧憬を抱いていたあの頃と同じように、君の隣に居続けたいと思った。
「覚悟はできたようだな」
曇り空のようなスカイグレーの長剣を真っすぐと僕に向けながらフィンレーは短くそう言った。
読んでくれてありがとうございます。
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