陸、お茶会
そう決心してから数日後、ドアをノックされて侍女に呼ばれる。あ、まずい……また毒草の調合してて部屋中にめちゃくちゃ異臭を放ってしまっている……。
「そろそろお茶会の準備です」
「お茶会……あっ!」
しまった忘れてた!
『今までパーティーに出ていなかったんだから歳の近い令嬢の友人を作りなさい』ということでティーパーティーを開くって兄デライドが言ってた!そうだ今日だ!
で、でももう少しで“肌のシミが取れる薬”が出来るのにっ!
ドアを開けて入ってきた侍女の顔が歪んでいる。そうですね異臭を放ってますものね。
「まずはお風呂です!」
「ひいっ!も、もう少し待ってもらえないかしら?あと少しで“肌のシミが取れる薬”が出来そうなのよ!あなたもどう?タダであげるからもう少し時間をくれない?」
「は、肌のシミを……?!」
侍女は自分の両手を頬に当て、羨望の眼差しで私を見つめた。よしこれなら上手く買収できるぞ!
「そうよ、今やめたらもう二度と作れないわ!そうねあなたになら1か月分渡すからーー」
「リーナ、うちの侍女を取り込むな」
「デ……ジルジート様……」
確実に気持ちがこちらへと傾きかけた侍女の後ろからニュッと顔を出し、貼り付けた笑顔で兄デライドが仁王立ちしている。彼はパチっと指を鳴らすと大勢の侍女が部屋に押し寄せ、私はそのままお風呂へと連行された。
「ああぁぁぁ!シミがぁぁぁ!」
「リーナ、ご令嬢のみんなと仲良くするんだよ?」
笑顔でそう言った彼の声が段々と遠くなり、お風呂場のドアがパタンと閉じた。
「ようこそ、私アンジェリーナ・スコットレイスの開催するお茶会へ」
心にもない台詞を笑顔で言い放つ私。そもそも私が開催したわけじゃない。だけど直前に兄デライドからの圧力に屈し、棒読みでなんとか口にできた。兄デライドめ……、私は弟デライドと結婚したいのに!兄デライドはやっぱり私の好きなデライドじゃない!
集まったのは6人。何人か顔を見たことはあるが、なにせ私は過去のパーティーに参加していない。はじめましての人もいる。
「聞きましたわよ。幼い頃に会ったきり一度も会わずして婚約まで結んだのでしょう?パーティーにも出ずに閉じこもっていたのに王妃になれるなんて、なんと羨ましいこと」
「幼い頃に結婚しようという話を兄殿下となさったんですって。そんな呪縛のせいで、社交性のないご令嬢と結婚をしなくてはいけない彼が可哀想ですわ〜」
「そんな約束をしたものだから、アンジェリーナ様が18歳になるまで兄殿下は結婚できなかったんじゃないかしら?女性は18歳にならないと結婚出来ないもの」
「権力のあるスコットレイス公爵家ですもの、兄殿下も断れなかったのですわ」
巣で泣き止まない小鳥たちのようにピーチクパーチクと次々に厭味ったらしい言葉がテーブルの上を飛び交う。
「デ……ジルジート様は再会をとても待ち望んでおられましたので……」
「んまあ!名前を呼ぶ許可を頂いているのね」
「ハコイリの娘ですもの、呼びたいと駄々をこねたに違いありませんわ」
「私達だってまだ兄殿下に数回しかお話し出来ていないのにっ!」
お母様から、女性たちが集まると面倒だと聞いていたけれど……想像以上だった。私の陰口を言いたい……っていうかもう陰でもないし。もう少し若いうちからティーパーティーを開いて耐性をつけておくべきだったわ。
しかし逆に色々と情報が入ってくる。彼女たちの言葉を右耳から取り入れ、必要な情報だけを受け取り左耳から流した。
わかったことは、デライド兄弟のことを名前で呼べず、“兄殿下”“弟殿下”と呼んでいること。病弱な弟殿下に一切興味はなく、元気な兄殿下に皆が興味を持っていること。あとは私に嫉妬していること、それだけだった。
じゃあ私のこの場所と誰か代わってくれないかしら?!私、弟デライドと結婚したいのよ。顔は似てても兄デライドに興味ないのよ!なんか胡散臭いんだもの!
話すのが面倒になって、会話には入らなかった。みんな好き勝手に話してくれるので、私は黙ってケーキを食べた。ああこれ美味しい。どこのケーキ?やっぱり王城のシェフが作ったものだから売ってないわよね?
そのまま時間が過ぎ、解散となった。私も帰ろうとしていると、名前を呼ばれる。
「アンジェリーナ様!」
振り返ると、あの藍色の髪は確か……侯爵家のナビエラ様だったかしら。私に何かを言いたい顔で近づいてきた。
彼女も私と同じようにほぼ会話に入らずそわそわとし、たまにチラッと私のほうを見てビクビクしていた。私初めて会うんだけど何を恐れられているのかしら。
「アンジェリーナ様は……兄殿下のことを本当にお慕いしているのですか?ずっとお会いしてなかったのですよね?」
小声なのに叫んでいるナビエラ様に一瞬怯んでしまったが、少しして私はその言葉の真の意味に気づく。
ナビエラ様は、兄デライドのことが好きなんだわ。
「まぁ」
私にとって好都合でしかないこの状況に歓喜の声が漏れる。
ナビエラ様が兄デライドとくっついてくれれば、私は誰の遠慮もなく弟デライドと結婚できるわ!なんと素晴らしい案!私もナビエラ様もWin-Win!得しかないわ!
私は深呼吸をし、落ち着いて彼女に話しかけた。
「誰にも言わないこと、約束できます?秘密のことなの」
「え?」
「私、実は弟のヴィンバート様をお慕いしていますのよ」
「えっ?!」
ナビエラ様は驚いた顔で固まった。どうだ、これで私達は仲間よ。お互い望む殿方のところへ行くのよ?さぁ!手を取り合いましょう!私は手を差し出した。
しかし彼女から返ってきた言葉は私がのけぞるほどに真反対の言葉だった。
「なっ!駄目です!ヴィンバート様は私と結婚するのです!」
「えっ!?」
今度は私が固まる。ちょっと待ってよ、弟デライドは私と結婚する約束していたのよ?!っていうか名前で呼ぶ許可もらってるの?!
「私はずっとヴィンバート様をお慕いしておりました!なのに、なぜそのようなことを仰るのですか?!兄殿下のことはどうでも良いのですか?!ようやくヴィンバート様と結婚するって話になったのに……!」
ええぇぇ?!弟デライド、私以外にもそんな約束していたの?!ただのプレイボーイじゃん!
いえ、そんなわけないわ、弟デライドがそんなことするはずない!
「ねぇ、なにか勘違いしていない?ヴィンバート様はそんなこと言う人じゃないと思うのだけれど……」
「そんなわけないわ!」
「でも私だってヴィンバート様のことが幼い頃からずっと大好きなのよ。私も結婚の約束をしているんだから……」
「違うわ違うわ!絶対に……負けませんからっ!私はヴィンバート様が好きなのよー!」
「あっ、ちょっと……!」
ナビエラ様は私が引き止めたのにも関わらず、逃げるように去っていってしまった。
なんだったのこれ。
弟デライドがそんなプレイボーイみたいなことするわけないわよね。
……しない、わよね?
あんな純粋に笑う彼が?他の令嬢にも求婚を?嘘だ!信じられない!
「どうだった?仲良くなれた?」
ひょっこりと現れた兄デライドはニコニコとしてこちらに寄ってくる。仲良くなれる以前に、向こうが仲良くする気ゼロなのでこっちは何も出来ないっての。私がギロリと彼を睨むと苦笑いをしていたが、何か思い出したようにハッとした顔をした。
「?どうしました?」
「いや……なんでもない。……言うの忘れてた」
兄デライドが最後のほうに呟いた言葉が聞き取れなかったが、とても苦い顔をしている。
私は二度とお茶会を開く気にはなれなかった。もっと仲良くできる人を探そう。
そもそも私が王妃にならなきゃいい話なんだけどな。
無情にも時は過ぎる。
あと半月で私は兄デライドと結婚しなくてはならない。っていうか断りたいんだけど私の意見を聞いてくれないらしい。
なので私のやることは2つ。弟デライドを治す薬を作り、幼い頃に会ったのは弟デライドだと伝え、弟デライドと結婚することだ。
「デライド……。同じ王宮にいるはずなのに、あの仮面舞踏会でしか会えなかった……。会いたいな」
兄デライドが言っていたことが本当なら、私が好きな弟デライドは噂通り病弱で、長い間立っていられない。幼い頃のあの青白い肌や冷たい手も納得がいく。なのに仮面舞踏会で彼は来てくれた。
あれ?なぜ来ることができたの?立っているのさえ大変な彼がダンスを踊れる?ダンスなんて日々練習していないと踊れないわ。そんなこと、病弱な弟デライドが可能なの?
でもあれは間違いなく弟デライドだった。絶対に兄デライドではない。顔はほぼ瓜二つだけど、二重の形も違った。体型をカバーするような服を着ていたからちゃんと見ないと他の人はわからなかっただろうけど、私は体の細さの違いにも気づいた。
人形のように固まって考えた結果、私の頭の中に1つの可能性が浮かぶ。
……何か、特別な薬を使って一時的に舞踏会へ来たんじゃないかしら。
じゃないと辻褄が合わないし、その可能性しか頭に思い浮かばない。うちの家は王家直属の部下のようなものだ。頼まれれば、やるだろう。そんな感じの薬があると昔お父様に聞いたことがあった。
私は再び書庫へと行き、それらしい薬を探した。的を絞って調べたせいか、翌日にはその原因らしきものが判明する。
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