伍、仮面舞踏会
仮面舞踏会。
身分を隠し、無礼講で踊るこの舞踏会。
しかし、いくら仮面をつけてるとはいえ、私がデライドにエスコートされて入るのはおかしくないだろうか。明らかにデライドはバレバレだ。顔を隠す意味は何処へ……。
大勢の人が、楽しくお酒を飲みながら会話をしている。普段なら、きっと身分の差で近づけないような男女が仲良く会話を楽しんでいるのだろう。そんな中、顔の半分以上を隠したデライドが私をダンスに誘う。
「パーティーに全然顔を出さなかったのに、ダンスは完璧だね」
「パーティーへ出ない分、厳しくされておりましたから」
幼い頃から薬を作る時間が与えられるとともに、いつどこで急に呼び出しがあるかわからないからと、公爵家では徹底的にマナーや座学、ダンスレッスンを受けていた。本当に役に立つときが来るとは思わなかったわ。
「あと少しで君も王妃だね」
「……あ」
……そうだった。私この人と結婚しなくちゃいけないんだった!
10年前に約束したときは本当に結婚したいと願っていた。彼となら、自分の趣味である新薬作りも変な目で見られずに過ごしていけるのだろうと。
だけど再会してから徐々に感じるデライドの違和感に、私の中にある気持ちに揺れが生まれた。
この人は、本当にあのデライドなのかと。
ダンスが終わると、彼は知り合いの所へ行くと言い残し、別のところへと行ってしまい姿が見えなくなった。私はこっそりと会場から抜け出してテラスへ移動し、夜風に当たる。
もし、私の予想があっているなら……だけどそんな確証はない。成長したから雰囲気が変わったと言われれば、それまでだ。あれから10年が経っているのだから。
でも……。
色んな感情と考えが頭を埋め尽くしていると、肩を叩かれてビクッと驚いてしまう。振り返るとデライドがいた。
「あら、早かったですね」
「……」
デライドは何も言わない。言わないが、そっとエスコートの手を差し出した。
「どうしたのですか?」
私の問いにも答えず、仮面から覗く赤い瞳がじっと私の瞳を捉える。
わけがわからないまま手を添えると、ひんやりとしていた。そのままデライドはダンスホールへと再び歩みを進め、ダンスを誘ってくる。
ついさっきも踊ったのに……。そう思いながら私はその誘いを受けると、仮面から少しだけ見える彼の目の下の頬がほんのりと赤く染まっているのが見えた。かつてのような、少し照れ屋さんなデライドで、私は懐かしく感じた。
ダンスは先程と同じように踊る。だけどやっぱり彼は何も言わない。
「さっきから黙って、どうしたのですか?」
「……」
「怒ってます?」
「……」
私の問いに、彼は目を大きく開いて首を横にブンブンと振った。そうじゃない、と必死に訴えるように。
私は彼の瞳をまじまじと見る。そしてあることに気づき、思わず息を呑んだ。
彼の目は、薄い二重だった。私が知っている、10年前の彼の目の形だった。動揺して思わずステップを外しそうになる。
やっぱり、もしかして……。
「あなた……今のあなたはヴィンバート様ではないのですか?」
「……」
目の前の男性は驚き、今度は首を小さく横に振る。でも間違いない。今ダンスを踊っている彼こそ、私が幼い頃にたくさん話して、結婚の約束をしたデライドだと。
「覚えていますか?私です、リーナです!鼻血が出て、ハンカチをお借りしたリーナです」
何度訴えても、彼は無言だった。何も答えてくれなかった。
絶対に彼なのに……。あの時、たくさん話した本物のデライドのはずなのに。
私のこと、どうでも良くなってしまったのだろうか。
考えれば考えるほど、負の感情しか生まれない。私は悲しくなり、泣きそうになる。それを見た彼は目を彷徨わせて困っているようだった。
「私のこと、忘れてしまったのね……。私はあなたと結婚したかったのに。あと少しで私は、別の人の妻になるのよ……」
ダンスが終わると、俯いて涙をこぼしてしまった。仮面の下から落ちてくる涙を拭うように、私の顎に彼の指が触れた。私のことを忘れたのか、忘れようとしているのかわからない。だけど私は目の前の彼を片時も忘れたことはなかった。
顔を上げると、仮面越しには同じく瞳をうるませた彼がいる。口が小さく開き、言葉は発さないものの口の動きでハッキリと分かった。
『リーナ』
再び口を閉じる彼。高まる私の鼓動。彼に……デライドに名前を呼ばれた。昔の彼の心地よい声を思い出し、脳内に響く。やっぱりあのときのデライドだ。ずっとずっと会いたかったのに会えなかった、デライドなんだ。
いえ……彼はヴィンバートなんだわ。幼い頃に会ったのは、双子の王子の弟だったんだ。デライドという名はきっと弟の隠し名で、さっきまで一緒にいたデライド……兄のほうの本当の隠し名は別にあるんだわ。
ダンスが終わって立ち去ろうとする彼の腕を掴んだ。
「ルビーと」
彼と二人だけの合言葉。確かめたかった。デライドなのだと確信が欲しかった。
それを小声で発すると、驚いたような顔をして、だけどこちらに顔を向けて口を動かした。
『アメシスト』
口を閉じると、彼は少し微笑む。
覚えていて、くれたんだ。嬉しくて、全身が震えた。彼は私の手を取り、手の甲にキスを落として去っていった。あの日のように、私を置いて一人で立ち去った。
彼が立ち去ったあとも私はしばらくそこを動けず、手の甲に感じた彼の温もりを思い出して再び静かに涙をこぼした。
身長は伸びて、だけど体は細かった。1回目に踊った王太子のデライドとはやはり別人で、今踊ったのは病気がちの弟のほうだ。
幼い彼は、瘴気を溜め込んだ苦しい体で私に会いに庭園へ来てくれたんだわ。そして今も……。もしかして瘴気のせいで声が出なくなったんじゃ……。
それでも、彼は私に会いに来てくれた。短い時間なのに、昔のようにとても幸せな気持ちになれた。本物のデライドに会えた。
なら私は……、彼を治す薬を絶対に開発しなければいけない。また彼と話がしたい。声を聞きたい。彼の兄とではなく、彼と結婚がしたい。
そう決意した私は、1人で舞踏会を後にし、王城へ帰っていった。
翌日。仮面舞踏会に連れてきてくれた王太子のほうのデライドに一人で帰るなと説教を喰らう羽目になった……。
さて。頭の中が混乱しそうなので整理しよう。
幼い頃に会ったデライドは、私が結婚したいと思う弟のヴィンバート。大人になってから再会したデライドは兄のジルジートってことになるのよね?
んー。……でもその名前に慣れないから、ヴィンバートのことを弟デライド、ジルジートのことを兄デライドと呼ぼう。
さて。ほぼ確信して私が好きなのは弟デライドだ。しかしなぜあのように兄デライドは嘘をついてまで私と結婚しようと迫るのか。それがわからないのだ。いくら双子だとはいえ、私は兄デライドと結婚なんてしたくない。というか王妃にもなりたくない。
なんとかして、『昔私が会ったのはあなたではなく弟です!』と言いたい。しかし二人だけの合言葉があるといったところで皆が納得するのだろうか、いいやしないだろう。
こうなったら、彼らの親である国王陛下や王妃殿下だけが気づきそうな二人の特徴を見抜くしかない!
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