星空と梅(1)
ゆっくりと夜の道に、コツ、コツ、コツ、コツと濡れたアスファルトを蹴るヒールの音が聞こえる。
パンツスタイルのスーツ姿で、髪を後ろに結っている。クールな印象を与えるが、どこか夢心地のようで、どこか寂しげで、すぐ横の大通りを行き交う車の音さえ聞こえていないようだった。
程なく彼女は昔を思い出すように、フッと空を眺め始めた。
『あぁ、綺麗。今日はいつもよりも星が綺麗に見える....なんでだろう……』
感嘆だった。彼女の瞳は、ゆらゆらと煌めいていた。彼女の足は、自分の夢に近づいてゆくようにして、止まらない。
カンカンカンカン、カンカンカンカン
遮断機が降りてきている。
彼女は気づかず歩き続ける。
電車が轟音を立てて踏み切りに差し掛かり......
フワッ
ビピューーーーーーーー
電車の通り抜ける風で髪が強くたなびき、ふと我に帰った。
『は!今、電車が、私の、すぐ前を.......』
気付くと、誰かが、肩を掴んでいる。気づいて私を掴んで止めてくれたのだろう。
『お疲れですか、危ないですよ。今日は星がいつもより綺麗に見えるからって、よそ見をしてちゃいけない』
とその人は言った。街灯の光がここまで届かずよく顔が見えない。が、それは男性の声だった。
ん、なんだ。なんでこの人、私の思ってることがわかったんだろ。私のこと見てたんだろうか。なんだか気味悪いな。
『あぁ、、ありがとうございます。今度からは気をつけて歩くようにしますね、あはは』
『えぇ、そうですよ。今日みたいな美しい夜は特に注意しないと。』
『改めて、ありがとうございました。それでは。』
彼女は、そうそうに話を切り上げて、会釈をし遮断機も上がる前にその場を離れた。
遮断機が上がるまで、『こんな美しい夜』なんて言っている不審なやつの近くに留まっているのは危険だと判断したからだ。
『あぁ、びっくりした。何考えてたかも忘れちゃった。それにしてもお腹減ったなぁ。あの踏切渡った先に、確かお店あったのになぁ。どうしよぉ』
彼女は行く当てもなく、その後数分間歩いた。
『もう20時36分じゃない。もぉ、これじゃ、どこも閉まっちゃうよぉ』
少し先に、ライトで照らされた洋食屋の路上看板のようなものが見える。近づいていくと、どうやら洋食屋のようだった。
あ、このお店。最近SNSで話題になってるお店じゃない。時間は大丈夫かしら。まぁ、ちょうどいいし、入っちゃおーっと。
カランッ。
『いらっしゃいませ。』
店内をみやると、客はもう帰る支度をしている人のみで、食事をしている客はいなかった。
『ラストオーダーはまだですか?』
『えぇ、まだ大丈夫ですよ。』
『そうですかっ。じゃあ、お願いします』
『かしこまりました。では、こちらにどうぞ。』
『はい。』
そのまま、カウンター席に通された。
店内はジャズ調の音楽が流れて、やわらかなオレンジ色の落ち着いた空間だ。店の奥には、梅がいけられており、上品さをも感じさせる。
次来た時は、カウンターではなく、奥のテーブル席にも座ってみたいな。