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63 ダンジョンの入り口

 草原を越え、暗く繁茂する森にアンリが近づくにつれ、踏みしめる草が長くなり、腰ほどに伸びてくる。草本は寒いのに青々としており、雪や大気の影響も受けていないように見える。


 濃い深緑の常緑樹が大きく空を覆うように枝を伸ばしている。森の入り口は暗く、瘴気のような、どんよりした雰囲気が漂い始める。人によっては気分が悪くなるかもしれない。

 纏う空気も冷えてきた。草原では楽しそうに舞っていた小雪も、こちら側には近づかない。アンリは早足で歩いてきて、うっすらとかいた額の汗を拭った。冷たく軽い雪はもう止んでしまったが、むしろ雰囲気は汚濁した空気が渦を巻き、冷徹で頑な存在と相対した気分だ。


 周囲に他の冒険者や商人はいない。

 入り口の傍で、朽ちて半分崩れた木の標識が、森の危険と探索における注意点を訴える。

 アンリは一人で森に分け入る。


「すみませ~ん、入ります」


 アンリが森の奥に向かって叫ぶと、ざわりと森の樹が揺れる。

 木葉や枝が返答したのは偶然だと思うが、森に入る前に丁寧に挨拶するように、ギルドやランダハから口を酸っぱくして警告されていた。

 お辞儀でも何でもいいので、挨拶をすること。森に敬意を払わない生き物は、動物、人間を問わず、森に喰われてしまうのだという。


 ねっとりした空気が少々緩んだように感じたので、アンリは獣道のような細い通路に分け入った。

 この道から一歩も外れてはいけない。外れるならその場に銀貨や果物を落とせ、誤魔化すな、と教えられている。ガサガサと横から伸びる枝を手で避け、藪を獣道に沿って踏みながら、アンリは前へと進む。この辺りまでは触って危険な植物は無い。


 小一時間掛けて、ようやく広場に着いた。ここは森中の安全地帯で、季節を問わず、薬草採取の定位置である。あまり奥に生息する魔物を刺激しないよう、この場所で節度をもって採取活動することがギルドでは奨励されている。

 しかしアンリはさらに奥に進む。


 広場と言っても見晴らしは悪く、茂みや高低差、足元の凸凹があって歩きづらい。

 装備が整っていないと近づいてはいけない毒々しいピンクの捕食植物を避け、水たまりに化けた液体状の無害な魔物を飛び越えて、アンリはさらに茂みを分け入りながら、広場の奥の道を目指す。広場から見えなくなるまで、風化したレンガの道を突き当たる。ここで行き止まりだ。一本の大樹がそびえている。


 大樹の裏には人が入れるほどの大きな洞がある。アンリはさっさと中へ入った。

 銀貨を一枚足元に置いて、両手を合わせて森にお願いすると、すぐにアンリは別の場所へ転移させられた。ここまではランダハの言う通りに事が進んでいる。


 転移した先には、美しく長い緑の髪を結わえた人物がいた。模様が違う、白く透けるほど薄い衣を何層も纏っている。濃い緑と青のアイメイクとサークレットをしており、海外のミュージカルに出演できそうだとアンリは思った。体型はすらりとしており、男性か女性か分からない。

 その人物はギロリと厳しい目でアンリを見定める。アンリも人物を直視する。


「何用ですか、人間? いや、薄いが死臭がするな」


「初めまして、私はアンリと言います。姓は月華です。

 こちらの迷宮に妖精髪のローズ姫が避難しているということで、お迎えに上がりました」


「ふむ……お主一人か? ずいぶん弱そうじゃの。まあ挑戦する分には構わんぞ」


「ありがとうございます。ではさっそく行ってまいります」


「あの半端者で異端児のアンリ・マドラが何を寄越すかと思ったら、妖精髪の小娘か。

 まあ期待はしておくよ。救出するついでに魔法の見識を深めるがよい」


「はい。しばらく日数が掛かると思いますが、よろしくお願いします」


 謎の人物がパチンと長い指を鳴らすと、黒く渦巻く穴が開いた。爪も長く伸ばされ、青と緑のネイルで飾られている。節のある長い手でアンリを指差した。


「以後お主が来たら、樹から直接ダンジョンへ繋がるようにしておくぞ」


「はい」


「凄まじい力をもつ青緑髪の姫か。妖精王の後継者候補としても考えておく。会ったら木の実を渡すように」


 謎の人物が煙のような靄を残して消えてしまった。

 跡に小さな茶色のどんぐりを残したので、アンリは忘れずにポーチのポケットに入れた。


 アンリはウィンドウを出して新しいスロットにセーブしてから、ダンジョンに通じる黒い渦巻きに飛び込んだ。

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