61 フード屋
アンリは広場の中央付近へ歩く。
黒や茶色の地味な服装が多い通行人をぬって、ゴミが落ちている二色の石畳を気を付けて進む。
時たま舞踏会に行くような豪華な衣装を着ている人、カジュアルなジーンズやパーカーを身に着けている若者がいる。前世の地球でのファッションとしても違和感はない。
背の高い羽根の生えた人とすれ違った。民族衣装のような煌びやかな服装をしていて、髪型も凝っている。背中の翼は大きく、鷲のように茶色い。
その男性はアンリの視線に気付くと羽を軽く広げてくれた。中の白っぽい羽毛の色彩が見える。誇らしげな表情をしている男性に、アンリは軽く会釈する。
うっかり他人を見てしまっても失礼ではないらしい。男性も目視でアンリの服装を細かくチェックしているからだ。
見た目や視線に関しては文化の違いもあるだろう。ここまで多様性がある国なのだ。アンリが気を付けていると、店員などからもチラチラと目線を感じた。
アンリは服装や持ち物に変な所が無いかを振り返る。芋を持っているからかもしれないと思い、アンリは両手に抱える紙袋を鑑定する。
『ゴート芋 食用化』……ただの芋のようだ。原因はこれではない。アンリはゴート芋を袋ごと背負い袋にしまった。両手が空き、少し歩きやすくなった。
シンシアを着ていたときもそうだが、この服装も周りから浮くほどおかしなものではないと思いたい。アンリから見ても上質な素材を使い、縫製も丁寧だ。視線を気にすることはない。
気を付けて歩いていると、スリとおぼしき男の子にぶつかられそうになった。ヒラリと躱して何事も無いように歩く。チッ、と舌打ちが後ろから聞こえた。
「いらっしゃい! 家畜や動物たちの餌はどうかね!」
芋をくれた男性が教えてくれたフード屋に着いた。かなり盛況のようで人だかりになっている。テントで日よけが作られ、隣には食事用の屋台や総菜屋がある。総菜屋から若い女性の店員が出てきて、ボウルに入った野菜屑を、フード屋の前の大きな桶にザッと入れた。
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「一つ下さい。この袋に入るまで、ネズミ向けね!」
「はいよ!」
年配の女性がフード屋の壮年男性に声を掛け、フード屋の主人は客の女性から一リットルほどの革袋を受け取る。
フード屋の前には肉類、ミンチ、細かい野菜屑、種子類、穀物、粉類、パン類の切れ端、人間用の料理の残飯が、樽や桶に入れられて並んでいる。一つひとつの容器にカップが付いており、それぞれ大きさが違う。肉類のカップは小さく、野菜のカップは大きめだ。
店主は客と雑談しながら野菜、種子、穀物、パンをカップで計りながら混ぜ、器用に革袋に入れた。
「賤貨五枚だ! 毎度あり! 今日中に食えよ!」
「助かるわ。また明日」
年配の女性は革袋を受け取って代金を払い、その場から離れていく。
店主は次々と来る客の相手をし、その場で餌をミックスして売っている。ペットや家畜の健康状態まで把握し、適切な餌を作ってくれるらしい。
中には食費を節約したい庶民まで注文している。桶の中の食品を鑑定してみたが、すべて新鮮で安全そうだ。食中毒になる心配はしなくていい。
会話を聞いていると、アンリが知らない様々な動物の話題が、市の喧騒の中に上る。聞いているだけでも楽しい。
闇色のローブに身を包み、深くフードを被った奴隷商人まで来て、残飯を大量に買っていった。奴隷を扱っていると分かったのは一言二言の会話からだ。そこで扱う人間は魔物向けの食用で、数がまとまったら輸出すると言っていた。
アンリは激怒するが、今は勇者とランダハを守るためにも騒ぎを起こせない。アンリはアンデッドであるため、何かあった時には、人間に比べて立場が弱いとサビ猫に念押しされている。奴隷商人の風姿だけ深く心に刻む。
アンリは踵を返した。これ以上突っ立っていても仕方がない。猫用フードは人気があるようだが、ランダハに買って帰る気にはなれなかった。




