60 突然の好意
「よし、行くか」
アンリは腰のポーチの蓋をもう一度開く。ポーチは箱状になっており、瓶を入れる仕切りが中に付いているのでガチャガチャしないし液漏れも無い。
HPポーションは残り半分、MPポーションはほぼ満タン、消毒薬は殆ど空になっている。後は妖精の雫の小瓶、閃光弾、万能鍵と銀貨三枚だ。
「消毒薬とHPポーションはお掃除で使ったんだろうなあ。
まああまり使わなさそうだし、大丈夫かな」
瓶をポーチにしまい、客間に入る。自分が筋トレに使ったベッドのリネンをさっと整えた。
机を見ると、ホワイトドラゴンはまだフェニスタの頭陀袋の中で寝ている。袋の口付近にパン屑が散乱しており、一度起きてフェニスタが集めた食料を食べた形跡がある。この白竜の食事も必要そうだ。
アンリは廊下を進んで階段を降りた。先ほどランダハに教えてもらったキッチン横に置いてある袋を借りに行く。
キッチンの右手の壁に収納庫がある。掛かっている布を開けると、中にはがっしりした木棚があった。下段の棚に平袋が十枚以上重なっている。
上の一枚を手に取ってみる。袋は一メートル四方ほどの大きさの背負い袋で、平袋の口と下部を結ぶように紐が付いており、肩や背中に掛けられる形だ。
状態が良さそうな一枚を選んで背中に回し、紐を肩から腰に掛ける。
「武器も防具も無いのは不安かなあ。この服も上品だから汚さないようにしないと」
着ている服たちがアンリの言葉に反応し、大丈夫だと言わんばかりに揺れる。毛皮の帽子も動いてくすぐったい。言葉は話さないが、なんだかシンシアと共にいたときのようだ。この世界では服は生き物なのだろうか。
服の質が良くないと外を歩きづらいという世界観と、衣類の意思が関係しているかもしれないので、アンリは素直にこの服装で出歩くことにした。
ダンジョンで防具を拾ったら返しに来るかもしれない。
「わかった。良い時間だし、そろそろ行こう。できるだけ汚さないようにするね」
カラン、とベルを鳴らして玄関を出る。今日も晴れており、小雪がちらつく。青空には雲が幾つか見える。風は強くない。ハァッと白い息を吐いて寒さを確認しながらアンリは広場まで歩いた。
屋敷から広場までのコースは一本道だが、不思議とこの道を来る人はいない。人避けの術でも掛かっているのかもしれない。
「おう、嬢ちゃん!」
広場の入り口に着くなり声を掛けられる。
「おや、その節は、どうも……」
アンリは一瞬で警戒し、いつでも殴れるように身構える。昨日アンリに水をぶっかけた飲食店のオヤジだ。ウィンドウを出そうか迷うがオートに任せる。
「こんにちは! おじさん。いい天気ですね!」
思いのほか友好的で明るい声が出て、アンリは男性に自動的に挨拶した。心の中で吃驚するが、顔が満面の笑みを形作っている。アンリは攻撃的だった自分の態度を反省した。前世でも自分の態度が原因で、OG訪問時にトラブルになったことがある。
男は相変わらず胡散臭い雰囲気だ。店主の体格が大きいのは美味しい料理店の証拠だと知人が言っていたのをアンリは思い出す。
今日の男性は泥で汚れた作業着を着ている。寒い中、水で野菜を洗っているようだ。野菜は泥だらけで木の板を張り合わせた台車に沢山積まれている。見るからに大変そうな仕事だ。男の両手は白く変色している。
「おう、昨日は悪かったな! ちょっと待っていてくれ」
店主が傍らに掛かっていた布で手を拭き、いそいそと店の奥へ引っ込んだ。
アンリは面食らうが仕方がないので男を待つことにする。ぼんやりと、店の中から用心棒が沢山出てくる未来を想像したが、そのような雰囲気でもない。
店主が店から出てきた。腕には沢山のジャガイモのような芋が入った茶色の紙袋が抱えられている。
「ちょっと古い芋だからもうすぐ破棄処分になるんだが、良ければやるよ! 洗ってきちんと熱を通せば大丈夫だからな!」
男が袋の口を大きく開いたので、アンリは中の芋を覗いた。古くなっていると言っても、芋は緑色になっているわけでもなく、芽が出ているわけでもない。似ているがジャガイモではなさそうだ。量は一抱えほどある。大体ニ十個、三キロぐらいだろうか。
「ええ! どうもありがとう。無料ですか?」
店主は大きく頷いた。昨日とアンリに対する態度が違いすぎる。
何か裏があるかもしれないが、オートモードは芋をありがたく貰うように、アンリをけしかける。
「そうですか、ではありがたく頂きます。
ところで、猫がこの芋を食べることはできますか? 料理して一緒に食べたいのですが」
「猫!? 猫ならキャットフードのほうが良いんじゃないか? あっちに量り売りのフード屋があるぜ」
男は広場の中央から少し外れた辺りを顎でしゃくった。
「情報ありがとうございます。覗いてみますね」
アンリは軽く会釈してお礼を言い、男から芋の袋を受け取った。
フード屋があると言われた方へ歩くが、まだ頭は混乱している。
店主は白い歯を見せて笑い、手を振ってアンリを見送った。




