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5 戦闘

いつかほのぼのする予定です。

 誰も弾いていないのに美しいメロディーを奏でていた片隅のグランドピアノが、がらりと曲調を変える。クラシカルでアップテンポの、どことなく物悲しい曲だ。アンリには聞き覚えがない。このゲームの戦闘BGMだろうか。


 アンリは駆け出し、首から上が無いがまだ立っている女神の胴体を、下から切り上げて追撃しようとした。しかし丈の長いワンピースドレスを着ているので、足に纏わりついてうまく踏み込めない。自分の装備欄には服とムシロとあったはずだ。このワンピースは防御力に影響せず、幻影かアバターコスチュームのようなものなのだろう。アンリは舌打ちした。このようなワンピースは着慣れていない。日本だと着る機会がなかったので、身ごなしが上手くいかない。


 血まみれの女神の頭部がごろりと転がる。その口が言葉を発する。


「まあ、貴方アンデッドでしたのね。部屋全体に掛かっている強力な魅了とデバフ効果が、及んでいないようですわ……可哀想、わたくしの勇者になれば、貴方は人間になれるのですよ」


「いえ、私はダンジョンを回ると決めましたし、オート周回放置されるだけのユニットになりたくないですから。でも初戦闘になるとは聞いていませんでした。ただ塔から追い出されるだけで、何回でも訪問できると」


 女神が手のひらをこちらに向けた。両手から銀色に輝く衝撃波が飛んでくる。アンリは間一髪で転がって避けた。


 アンリは再度ステータス画面を開く。


ステータス


名前:(なし)

種族:イモータル

所持金:0


LV:1050

HP:357/1789

MP:1934/1934

筋力:350

知力:5849

俊敏:428

体力:0

魔力:711


アイテム

E:服

E:ムシロ


スキル

永続魔法


 レベルが上がってステータスも伸びている。動きも良いし、HPにも余裕が出た。しかし女神のレベルが分からない。鑑定スキルか魔法が必要そうだ。


「まあ、お仕置きしなければなりませんね……死になさい!」


 刎ねたはずの女神の首が飛んで胴体の元の場所に収まり、女神はギロリとアンリを睨んだ。そして血だらけの口で呪詛を吐いた。女神の全身から湯気のように光が立ち上る。


 何か来る!


 アンリはその場に忍者刀を捨て、宝箱の陰に伏せた。銃弾のような衝撃が周囲を襲う。

 床に何冊か落ちていた本のタイトルを確認する間もなく、内容をインストールするよう集中する。このゲームは魔法やスキルを即時に覚えられるはずだ。手の中で、内包するスキルを失った本が燃え尽きる。

 何のスキルを習得したのか分からない。アンリはさらに右側の宝箱中身に両手を当てて、全ての本の魔法とスキルを得るようにイメージする。できた! 宝箱の本がボウっと焼けて音を立てた。

 とたんにアンリが隠れていた金属製の宝箱自体もバリバリと音を立てて破壊され、アンリは体勢を低くしたまま走る。


 アンリはたった今習得したばかりの、出来うる限りのバフを、自分にかけるよう集中した。身体能力系と耐性系、確か魔法威力アップもあったはずだ。


 このゲームの売りである、優秀なAIによるオートとセミオート戦闘。覚えたスキルや魔法を最適解で使ってくれるらしい。何となくどのように動けば良いのかが分かり、武術の経験など無いのに自然に身体が戦ってくれる感じがする。

 習得したスキルを本人がかけなくても自動で発動してほしい。よろしく! とアンリはオート戦闘モードに、自分の身体活動を丸投げした。


 ゴウッと凄まじい音を立てて、竜巻のような風がアンリの両腕と胸部を細切れにした。

 衝撃に混乱しそうになるが痛くない。アンリは身体を回復するように念じる。両腕と胸部が一瞬で再生し、ついでに痛めていた足も良くなった。痛覚耐性スキルも役に立ったようだ。ただしバフだけでは防御力が足りないようだ。


 アンリはさらに、服を火魔法で燃やし、シールドを服のように身体に纏わりつかせるように念じた。確かそのような戦士系のスキルがあったはずだ。スキルブックのページをぱらぱら捲っているときに見た。火のダメージは火耐性スキルで何とかなるだろう。

 輝く鱗状の服が現れ、アンリを包んだ。本来はダンジョン産の防具の上に展開するスキルであり、そこまでの防御力はないのだが、ワンピースに比べて動きやすい。彩度や輝度を調整できるようだが、これもオートに丸投げする。するとさらに強く輝きだして不可解だった。デザインも変化し、すでに女神よりも派手である。

 武器もあるかな、とも思い、手を出して念じてみたが、それは該当するスキルが無いのか、出現しなかった。


 女神が跳躍し、殴り掛かってきた。少女の身体では体格的に肉弾戦は不利だろうとアンリは判断し、武器箱の苦無を扇状に数本投げた。投げてから全ての刃に毒を付与する。女神は毒性があるかどうか分かるのか、もう一段ジャンプして苦無を避け、アンリに肉薄する。


 その数瞬にウィンドウを開いて準備していたアンリが、覚えたてのフォルイという雷系広範囲魔法を女神の至近距離から撃つ。使える魔法を確認したので良さそうなものをコマンドで使ってみたのだ。どうやら女神には、アンリのゲームウィンドウが見えていないようだった。


 何回も女神を鑑定しようとしているが失敗している。何か問題があるのかもしれない。


 少しだるくなってきた、とアンリは感じた。MPを使ったからだろう。アンリの今の種族はイモータルで、HPがなくなっても死なないが、HPとMP両方がゼロになると死んでしまう。HPとMPのリジェネレートスキルをアクティブにした。長期戦に持ち込めばいいのだろうか。


 もう一度ステータスウィンドウを開いてMP値を確認したいが集中する必要がある。しかし女神から、また銃弾のようなものが飛んできたので躱す。ついでに雷撃をもう一度、コマンド無しで撃つ。先ほどよりも大きな雷攻撃が出た。


 雷撃に全身を焼かれた女神が長い髪を部屋中に振り乱し始めた。触ってはいけないような気がして、アンリは宝箱の大斧を取り、ステンドグラスの方へ駆け出した。速い! やはりレベルが上がると走る速度が全然違うものだと、ずっと学校の運動部に憧れていたアンリは感動した。

 部屋に魅了効果が掛かっていると女神は言っていた。他のマイナス効果もあるらしい。ここは女神に有利なフィールドなのだろうが、部屋の使えそうなものは全て使い、めちゃくちゃにしてやろう、とアンリは思った。もしかしたら状況を突破できるかもしれない。


「はああぁぁ!!」


 戦士系の衝撃波っぽいスキルを発動し、アンリは目の前の大きく美しいステンドグラスを一気に割った。ヒュウと冷たい天空の風がなだれ込んできた。気持ちいい、とアンリは思った。

 そして悲しい旋律をひとりでに奏でているグランドピアノを、地球上の音楽家と音楽愛好家全員に心の中で謝りながら大斧で叩き切った。

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