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58 恋文

「遅いな……」


 フェニスタが別室に行って小一時間が経過した。シンシアのクローゼット内にあるリボンや装飾品、洋服たちに、あれこれ着せられているのだとは思う。白竜は部屋の長机の上にあったフェニスタの頭陀袋の中に潜り込み、しっぽの先だけを出して寝ている。

 アンリは待ち時間にプッシュアップ、クランチ、ヒップリフトなどのメニューを入り口から二番目のベッドの上でこなしていた。ベッドから降りてノーマルスクワットをし、ベッドに戻って柔軟をする。スカートを履いていてあまり開脚できないので、筋をほぐす程度にする。筋肉を大きくしたいわけではなく、単純に健康増進目的なので、アンリの筋トレの負荷は軽めだ。部屋を歩いて身体のバランスをチェックした後、大きな本棚に近づいた。

 数冊の立派な革表紙の本を手に取り、パラパラと捲ってみたが記号と式ばかりで読みづらい。文字が書いてあるものもあるが、見たこともない言語である。


「三角形と丸だけで構成された言語って地球にあるかな。楔形文字に少し似ている」


 本を棚に戻し、じっと沢山のクラシカルなデザインの背表紙を見上げていると、一冊がキラッと光ったように見えた。梯子を登ってその本を手に取る。アンリの手の長さでギリギリ届いた。


「げ……」


 その本は開くと中身が空洞になっており、丁寧に一つの大きい魔石が嵌め込まれていた。勇者の魔石は紫色だったが、これは薄い緑色で、宝石のペリドットに似ている。アンリはペリドットもけっこう好きだった。八月生まれである自分の誕生石なのだ。

 取り出してみると、魔石は大人の拳よりも少し小さめで、周囲を黒く柔らかい布で保護されていた。空きスペースにミミズののたくったような文字で走り書きがあるが、勿論読むことはできない。


「力を分ける? でもどんな人か分からないし、注意書きも読めない。魔物かもしれないし。何よりこれはランダハの持ち物だ」


 鑑定したが失敗してしまった。アンリのレベルが足りないのかもしれない。アンリは仕方なく魔石を本に戻した。


「オートに任せて調べるぐらいなら良いよね?」


 オートに集中すると、魔石に弾かれる感覚がある。このような反応は初めてである。それ以上の危険を冒さず、アンリは本を閉じ、元あった場所に戻した。

 本をきっちり戻すと、背表紙の墨汁で書かれたような文字が浮いて、アンリの腕に巻き付いた。剝がそうとするが取ることはできない。何かのスペルを受けてしまい、解除できないということはオートによって理解できた。


 梯子を元の位置に戻し、アンリは廊下に出た。隣の部屋をノックする。

 ランダハが転がるように扉を開けて部屋から出てくる。ランダハの首には細い水色と銀のリボンが結ばれ、鍵しっぽにはファンシーな鈴が付いている。


「アンリ、もう大変だよ、もう!」


「ランダハ、これ何か分かる?」


 ランダハは金の瞳を閉じてゴシゴシと拭ってから、アンリの袖を捲った腕を見た。


「これ? 恋文だね! おめでとう! 何か気に入られるようなことをしたんでしょ。誰からかは分からないけど、パートナー候補って書いてあるよ!」


「うっそ」


「禍々しい雰囲気を感じるから人外確定だね。誰から貰ったの? あ、あの魔石? あれは封印された凶悪な存在だよ。狡猾な悪魔で、逆らったら全員皆殺し!」


「お断りしたいんだけど」


「相手が見限って勝手に外れるのを待つしかないね。

 それにしてもアンリ、お似合いだと思うよ。応援する!」


 腹を抱えて笑い転げるサビ猫のしっぽを踏もうとしたらひらりと躱された。

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