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57 新生のシンシア

「アンリ、何だか機嫌良いな」


 銀髪の少女フェニスタがため息まじりに言った。

 フェニスタが使っている二階の客間はかなり広く、家族連れでも泊まれそうだ。ベッドは五つ並んでいる。それぞれに豪華なカバーが掛けられ、カーテンや内装もグレーで統一されている。生活感が無く、階下の先王が寝ていた部屋より豪勢なのではないだろうか。壁沿いに長い木製の机があり、フェニスタの私物である刀とアイテム類、頭陀袋が置かれている。女神の領域から持って来たらしい傘や黒い玉も纏めてことにアンリは気づいた。部屋の奥には天井まである高い本棚と梯子が見える。片隅にはガラス張りの物入れが置かれ、鍵穴に鍵が刺さったままだ。

 フェニスタは一番手前のベッドに肘をついて寝そべり、布団を頭から被っている。本は布団の中にしまってあるようだ。どうしてそのような格好で待っていたかというと、何度も過去をやり直して疲れたから、ということらしい。


「こちとら十回くらい酷い目に合ってるんだからな」


 彼女の話によれば、アンリとランダハ、シンシアが戦闘になって屋敷が吹っ飛んだり、吹っ飛んだり、木端微塵になったりしたらしい。フェニスタも何度も即死したようなので、アンリと問答をするサポートをした後、ランダハの声が聞こえたら勉強どころではなく二階に籠るようにしたようだ。

 フェニスタには大変迷惑を掛けたようで、アンリは何か恩返しをせねばと考える。


「フェニスタ、男性の見た目に戻りたい? そのままが良い?」


 アンリがフェニスタに問うと、うっとおしそうに長い銀髪を手櫛で梳かしていた美少女が目を丸くする。


「できるの?」


「『女神の古詩』という名前のシステムだったけど、頑張れば女神の見た目を男性風に変えられるみたいだよ。性別は変えられないんだけどね。

 どうやら人間側の女神は女性、魔族側の魔神は男性で固定されているらしい」


「あ~、うん、どうしようかな」


 フェニスタは長い睫毛を伏せて口ごもった。


「筋肉ムキムキの、前と同じような見た目に戻すことができるよ。あれなら誰が見ても勇者だと分かるし、身体が大きいから、あの刀も振りやすくなるんじゃない?」


 アンリが力説したが、フェニスタは首を横に振ってアンリの申し出を断った。


「いや、いい。このままで過ごすよ。

 いつ会うか分からないルカルラを騙してしまうかもしれないし。

 自力でも男に戻る方法を探すよ。きっと解決策があるはずだ。

 創造魔法もあるし、地球に戻れるかもしれないしな」


「そうか、分かった。本当にこのままでいいのね?」


 ベッドの上に胡坐をかいて座り直したフェニスタが頷き、強く肯定の意を示したので、アンリはこの話を終わる。


「隣の広い部屋の奥の方に、シンシアのクローゼットがあるから一度開けてね。彼らも待っていると思うから」


「彼らって誰? まあ分かった。おいランダハ、何ニヤニヤしてんだ」


 ランダハが口を挟んだ。


「プククッ。後で一緒に行こうね。で、シンシアの事なんだけど」


「そういえば彼女がいないな。

 ところでランダハの頭と首に巻きついているその小さい竜は何だ? まさか……」 


「ジャーン! 新生のシンシアです! 幸運の白竜だよ。本物のシンシアが見つかりますようにって、『女神の古詩』から設定し直したんだ」


 白竜が顔を上げてフェニスタを鋭い目で見た。白竜は五十センチほどの細長い形状で、真ん中辺りに白い膜が張った翼が生えている。可愛いというよりは棘が額に何本も生え、精悍な顔つきだ。


「アンリ、女神は迷宮のラスボスだから、もっと強いのでも良かったのに。アンリが戦った女神も強かったでしょ?」


 ランダハがぶーたれる。ムスッとしているサビ猫もやはり可愛いが、白竜が巻き付いて黒茶の猫耳しか見えない。


「いいや。迷宮は魔族が攻めてくるかもしれないんでしょ? 以前と比べて、さらに難易度を上げるよう設定したんだ。これで誰も女神の間まで到達できないんじゃないかな。かなりアイテムやリソースを使ったけどね。

 その分女神を、ステータスが低めだけど幸運値がめっちゃ高いホワイトドラゴンに変更したんだ。

 これで女神の守備範囲を完全に無効にして、敷地外のどこでも出られるようになった。屋敷はダンジョンで強固に守られる。

 本来は魔王が居ない状態でないと女神側の設定もいじれないんだけど、力を繋げたらできるようになったよ。


 あとは『女神の古詩』とフェニスタを統合できれば良いんだけど」


 アンリはフェニスタを横目でチラッと見た。


「何か問題でも?」


 フェニスタは冷や汗をかいている。さすがに察しが良くなってきたようだ。


「正式な女神になってもフェニスタがそのままの魂と人格でいられるようには設定できた。

 しかし勇者が魔王を倒さなければ、女神と統合できない、という設定は変えられなかった。

 するとフェニスタの完全な女神化は、魔王を倒さない状態で、かつルカルラと結婚する可能性があるから、ずっと成就しないかもしれないと思った。

 ルカルラと魔王とも三人で仲良くなれるかもしれないし、それも幸せかもね、と。


 でも勇者が魔王を倒さないで時間が過ぎると、数十年後に時限装置が発動して、フェニスタは強制的に、正規の女神になるらしい。既に天使の卵に選ばれているわけだからね。

 だから今すぐ魔王を倒しても、数十年待っても、いずれにしろガチャを回せるようにはなる。

 他にすぐにでも完全になる裏技が、あるにはある」


「そうなのか!?」


「そのためには……魔王とね、アレしないと」


「アレ!?」


「そう、アレ」


「それは絶対無理。心情的に、魔王とは友人止まりだな。そういう接点は無しで」


「うん、魔族は結婚しても、交渉自体は自由に基づくと古詩に書いてあったから、その意見は受け入れられると思う。魔族って意外と先進的だよね」


「ああ。絶対無理だからな!」


「基本的には殺し合うのが勇者と魔王の運命だからね。一応抜け道があるというだけで。

 じゃあ普通に人間側の勇者として魔王を倒す?」


「そうだな。それしかない。早く修行を終わらせて強くなるよ。創造魔法をマスターして、かつゲームのガチャまで並行して引けるようになれば俺最強じゃね?」


 勇者の決意は固まったようだ。


「女神の見た目はまあまあ気に入っているんだけどな。さっき鏡で見たけど、すっごく可愛いじゃないか。

 女として見られるのは勘弁だけどな」


「何を言っているのか分からないんだけど。そうそう、生理とかホルモンバランスとかあるかもしれないから、後で説明する」


「おう」


 ランダハが欠伸をしてからフェニスタに話しかけた。ランダハはお腹を見せて寝そべっており、白竜がグルグル巻き付いて遊んでいる。随分仲が良いようだ。


「話は終わった? シンシアのクローゼットに行こうよ」


「いいぜ。何があるんだ?」


「行ってらっしゃい。楽しんできて」


 アンリは隣の部屋へ行くフェニスタとランダハを乾いた声で見送った。ホワイトドラゴンはランダハから離れ、アンリの足首にじゃれついて遊び始めた。

勇者と魔王がカップルになる予定はありません。ご安心ください。

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