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55 地下室にて

「ランダハ、おかえりなさい」


 アンリとランダハが地下室へ降りると、人型のシンシアがタタタッと駆け寄って来る。


「フェニスタさんは大丈夫でしたか?」


 シンシアがニコッとアンリに微笑みかけた。アンリも笑みを浮かべて頷き返しておく。


「フェニスタ、頑張ってたよ。ところでシンシアは何をしていたの?」


 シンシアは一瞬目を泳がせ、戸棚に掛かっている白っぽくごわついた布を指差した。


「あの布で薬品類の瓶を磨いておりましたの。埃が掛かると厄介な物もありますから」


「そう。お疲れ様、シンシア」


「いいえ」


 ニコッともう一度笑ったシンシアの手をアンリが取った。

 笑顔が固まるシンシアに力を与える。


「私、まだ『女神の古詩』を全部読んでないんだけど、どうやら歴代勇者に嘘つきがいたらしい。ランダハもね、分かっていると思うけど」


「何の事? アンリ」


「とぼけても無駄だよ。シンシアは優しくて誠実だった。ランダハはそんな彼女が大好きだった。じゃあ何で女神と合体しただけでこんなに煩い人格になるの? 一緒にいた時間が長いランダハだけは欺けない。シンシア!」


「やっぱり気づかれてた!」


 シンシアの表情から生気が無くなる。手を振りほどこうとするが、まだアンリの方が腕力が強い。


「うんうん。じゃあ力を合わせて」


「ちょっと待って! アンリは一体何の話をしているの? 今すぐボクのシンシアから手を放すんだ!」


 牙を剝くランダハに対してシンシアを盾にする。


「シンシアはまだ女神だ! 正確に言うと女神の意識が残ってる! ランダハ、期待しちゃいけない。これは生前のシンシアじゃないよ!」


 シンシアの腕を捻り上げ、アンリは馬乗りになる。シンシアはたまらず本の形状に戻った。


「アンリ! さっきの話はどうした!」


「そんなの適当に決まってるでしょ! 貴方に殺されないためだよ。

 ランダハ、私を信じて。シンシアの言う事に耳を貸しちゃダメだ。

 この女神は私かランダハのどちらかを消そうとしているんだ」


「煩いですわ! ランダハ、わたくしの方を信用して下さいませ! ずっと一緒にいた仲ではないですか!」


 本の状態のシンシアをパラパラと捲る。サビ猫は動けないまま、床で迷ったように二人を見比べている。


「なぜ? アンリ……」


「シンシアは私の眷属だから、直接手を下せないんだ。だからランダハを使って、私を乗っ取ろうとしているんだよ。

 できなければ隙を突いてランダハを殺し、私たちを屋敷から追い出せば良い。そうすればシンシアは自由に動ける。目的を達成するのは時間の問題だね」


「ああそうか、なるほど。つまりシンシア、いや女神の人格はシンシアの性格を真似ているだけなんだね! それなら納得いくよ」


「ありえませんわ! アンリさん、考え直して下さいませ」


 ページを捲るアンリの手が止まった。そこに書いてある内容をアンリは読む。


「どれどれ、輝く紫のジェム一つ、黄の宝石三個、真珠五個……でアメジスト五個。これが素材なんだね。女神と勇者二人分のセットになってる」


「ぐぬぬぬ。放して下さいまし」


「これが揃うとアンデッドの魔法を打ち消せるって書いてある。解除したいのは永続魔法だね。

 私が初めて女神に会った時、宝飾品や宝石も一緒に吸収していたから、それらを回収できれば、すぐに支配から抜け出せると考えたんでしょ?

 女神と私がこういう風に繋がっている状態で、私の内にある金貨を奪って吸収できれば強くなるし、宝石素材を吸収して使うことができれば永続魔法を打ち消せる。

 それから女神として任命されたフェニスタを処分して自分に天使の卵を戻し、貴女は本当の女神に戻ることができる」


「ち、違いますわ!」


「シンシア、残念ながら私が死んだらお終いだよ。

 一度吸収した物を、他の人が活用することはできなくなるんだ。私をどうこうしても、あの宝石類は戻らない。私の方はそういうゲームシステムだから、ユニットが死ぬと素材も失われるはずだよ。

 植物人間にしようとしても、アンデッドだからいつか回復するしね。

 というわけでシンシア、ちょっといじらせてもらうね」


 奥の手としてセーブとロードシステムがあるが、それには全く言及せずにアンリはランダハに問いかけた。


「できるだけの事をするから、この屋敷にある物の使用許可を貰えないかな。必要なアイテムがあるかもしれない。ランダハの意向を汲むことを約束するから」


「う~ん、まあ良いよ。敵対はしないでね」


 ランダハが床にお座りし、大きな丸い目でアンリを見上げた。

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