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54 理由

 地下室へ降りる前に、アンリはあれこれ考える。

 ランダハとの関係をどうするか。敵対するのか、懐柔するのか。昨夜、偶然ではあるが毒薬を使った時のように、こちら側を攻撃しないように対策を取るか。

 そしてランダハの手の内が、まだアンリには分からない。寝ているアンリを殺害することが出来るということは、HPとMP両方を一度に減らせる技能やアイテムを、ランダハが使えるということだ。どういったものか分からないが、聞いても教えてくれそうもない。現時点での対策は難しいとアンリは感じた。


 現在シンシアとアンリの命は繋がっている。当然フェニスタも運命共同体である。全員が元気にこの世界を生き抜かなければならない。そのためにはランダハと仲の良いシンシアの気持ちも大事だと、アンリは思い至った。

 シンシアはランダハに何かあると悲しむだろう。

 しかし現在のアンリとランダハの関係性では、シンシアが仲介したとしても、アンリとランダハが、お互いに背中を預けられる間柄になれるかは微妙なところだ。やはりランダハと仲良くなるしかない。


 アンリはゲームのオートモードにちょっとだけ気持ちを預ける。

 オートからは、ランダハを手に掛けようという意思が伝わってくる。しかし同時に決め手に欠け、負けそうな兆しもじわじわと感じさせる。

 ランダハと戦うには、良い武器か仲間、有利な条件、時間がもっともっと必要だ。

 ランダハがいなくなればシンシアが悲しむし、この物件の管理者が王城の名簿から消え、また数人の兵士が屋敷に来るだろう。ランダハだけが知っていることも沢山ある。まだ良い関係でいたい。

 ランダハはどうしてアンリを襲撃したのだろうか。ランダハは妖精髪の姫を助けるようにアンリに頼んだ。にも関わらず、アンリに対して殺意をもって行動している。姫の救出はブラフだったのだろうか。それとも別の理由があるのだろうか。


 アンリはステータス画面を開き、吟味を始めた。


「フェニスタ、分からないことがあったらまた話して」


 アンリは階段を降りず、大声でランダハ達にも聞こえるように、食堂のフェニスタともやり取りをする。ただの時間稼ぎだが、ああ、じゃあこの数式なんだけど、とフェニスタがあちらからも声を張って話を合わせてくれる。


ステータス


名前:月華アンリ

種族:イモータル

所持金:3000

LV:423

HP:1680/1680

MP:836/1591

筋力:483

知力:1294

俊敏:855

体力:1

魔力:727


アイテム

E:上着(精霊魔法耐性アップ)

E:布の服(罠回避アップ)

E:スカート

E:布の靴

E:革のポーチ

HPポーション

MPポーション

消毒薬

閃光弾

万能鍵

妖精の雫


スキル


汎用スキル

戦士スキル

盗賊スキル

魔術師スキル


永続魔法 

火魔法

水魔法

風魔法

雷魔法


「レベルが下がってる……面倒であまりチェックしていなかったけど、勇者が生き返った直後はレベル八百はあったはず」


 アンリは項垂れた。ランダハの歯牙に掛かったのは実力が足りていないことが原因だろうか。


「シンシアを生き返らせるために相当持っていかれたんだなあ。

 シンシアに力を分けても、勇者の時みたいに金貨が撒かれることはなかった。ということは、シンシアは金貨を吸収出来るのか」


「今のシンシアは人じゃなくて物だからだよ。ただの物だから金貨に変換出来るんじゃない?」


 後ろから冷たくこわばった声が聞こえた。アンリが振り返ると、ランダハが暗い階段の入り口で、背中の毛を逆立てて牙を見せるような表情をして立っていた。ぬっと顔だけを一階の部屋に出す。

 ランダハはピリピリした雰囲気で猫耳を後ろに向けて身構えた。全身で怒っていると、アンリから見ても分かる状態だ。

 シンシアはランダハの後ろにいない。彼女はまだ地下室にいるようだ。呑気そうな歌が階下から聞こえる。


「アンリ、ボクと戦え。気が済むまで殺り合おうじゃないか。

 何故シンシアを自分の都合で改変した? 彼女は昨夜からずっと様子がおかしいんだ。

 シンシアは優しくて素晴らしい人だったけど、女神なんかと混ざった状態でアンリに復元させられるなんて、ボクには耐えられない。

 今すぐ昔のシンシアを返してほしい!」


「女神と混ざったってどういう事? 昔のシンシアとどう違うの?」


「シンシアは、食事を作る際に鼻歌を歌ったりしない。シンシアは、来客に食事を提供してから、どうぞって言ってニコニコ笑ったりしない。

 不味いって言われたらどうしようって勝手に落ち込むんだ。もっとおどおどしていて暗い性格だった。部屋の隅っこに座って箒の穂を数えるのが趣味なんだ。それが昔のシンシアだ。

 でもボクは、そんなシンシアが大好きだった。優しくて思いやりがあったから!」


 ランダハの声は泣きそうだ。しっぽが逆立っている。

 アンリはランダハを元気づけるように反論した。


「私が会った時から既に、シンシアは女神と一つになっていたから、私はあの性格のシンシアしか知らない。

 高笑いをしたり、人の恋路をあれこれ批評したりするシンシアが私は好きだ。

 生き返ったらずいぶん穏やかになったね。元のシンシアや女神の性格が色々と混ざったんじゃない?

 でも私は、彼女がどんな性格でもシンシアだと思ってる」


 ランダハはガックリと肩を落とし、木の床を見下ろしながら座ってポツポツと喋り始めた。耳がへたり、元気が無い。


「シンシアは夜寝る前、ボクを撫でながら……いつも他愛もない話を一生懸命聞いてくれた。でも今は、人形みたいに相槌を打つだけなんだ。

 今シンシアに地下室で待ってもらっているけど、昔の彼女ならそんなことはしない。怯えながらそーっと聞き耳を立てて、内容をあれこれ想像して、自分の悪口を言われているんじゃないかと後で一人で悩むんだ。おかしいでしょ?

 でもさっきから地下室の薬品を上機嫌で掃除しながら、素直に待ってるんだよ! あのシンシアが!」


「もっとレベルを分けてみる? 何かが変わるかもしれないよ」


「アンリの支配力が強くなるだけじゃないの?」


 ランダハが疑いの目をアンリに向けた。アンリは即座に否定する。


「違う。シンシアが強くなるだけ。自意識や選択能力に影響は無いよ。私は誰かを支配なんてしていない。

 ランダハは、私がシンシアを支配していると考えていたから、私を殺害すればシンシアを解放できると思ったのね」


「そうだ! ……あれ、違うの?」


「やっぱり誤解があったのか。

 彼女の性質に関しては、シンシアは女神の端末になったのだから、自分で設定を変えられるかもしれないよ。出来ることが増えたのかもしれない。

 それならランダハがシンシアに願えばいいじゃない。どうなってほしいのか。どう接してほしいのか。

 その上で彼女が自分で決めることだと思う」


「本当!? うーん、でもなあ……」


「シンシアの性格は、生前と比べると多少変わったかもしれないけど、ランダハを変わらず愛して、子猫の時のように可愛がっていると私は感じるよ。

 気持ちは変わらず、接し方が違っているだけでしょう?」


 アンリはランダハをよしよしと撫でた。ランダハは牙を剥き、一瞬アンリに噛みつこうとしたが、迷った素振りを見せてそれ以上抵抗しなかった。鍵しっぽがブンブン揺れている。

 アンリはサビ猫を抱っこしてみせた。ランダハが非常に嫌そうな顔をする。前足の先から爪が少し出ている。


「行こうか。地下室へ。シンシアを随分待たせちゃったから」


「分かったよ。でもアンリの話を完全に信用しているわけじゃないからね!」


「はいはい。ランダハ、降りよう」


「ちょっと待って! ボクが先に行くよ! 君は何をするか分からないんだ! 突然戦闘が始まったり、物が無くなったり、スキル本が消えたり、変な薬品を使ったり――」


「ええ! 悪い事だけではないでしょ? シンシアを復活させたり……勇者は妨害したけど……女神と戦って……何か良い事したっけ。あれ?」


「フン! 迷惑製造機関の自覚があるならボクが先に降りるよ!」


 ランダハがアンリの手を逃れて階下に走って行ってしまったので、アンリもしっぽをピンと立てたサビ猫に続いた。

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