53 勇者の声援
「あ、そうだアンリー」
木製のツルツルした手すりに掴まって階段を降り、地下室に行こうとしたアンリに、食堂の方からフェニスタが大声で呼びかけた。ランダハとシンシアは既に薄暗い階下に降りてしまっている。
ランダハ達への言付けかもしれないので、アンリは先にフェニスタの用向きを聞こうと思った。
「何ー? フェニスタ」
アンリがクルッと後ろを振り向き、降りかけた階段を上って、足早にフェニスタに用件を聞きに行く。
フェニスタが食堂で本を開いていたが、部屋に入って戸を閉め、隣に座ったアンリを見ると、真面目な顔でこそっと耳打ちした。
「お前死んでね? 女神戦の時とか」
「え? 私? 一度も死んでないと思うけど」
「やっぱり気づいてない? 女神に一度、屋敷で昨夜から今に掛けてランダハに三度、殺されてる」
「はあ!?」
フェニスタに告げられた内容に驚き、つい大きな声が出てしまう。
「俺はオートセーブのみだから仕組みが分からないんだけど、アンリが死ぬと、何故か時間が巻き戻るんだ。
前々回は、まだアンリが寝ている朝方に襲撃されて、カラカラのミイラみたいな死体になっていて驚くんだけど、ランダハが『良かった~、シンシアに影響が無かった』と嬉しそうに言うんだ。でも俺とシンシアがすぐに倒れて。
それから一瞬で、昨晩の解散直後になっていた。何回も暖炉の部屋の、ぼんやり光る花時計を見に行ったから間違いない」
「あーそういうことかー」
アンリが顎に指を当てて納得する。寝る前にセーブした記憶がある。ロードボタンが無いので不思議に思っていたが、死ぬと自動的に直前にセーブした所まで戻るのだろうか。
そうするとセーブ用のスロットが四つあるのは何故だろうか。
「毎回ではないよ。今朝は生きていただろ? ランダハの気分とか、ちょっとした隙を狙われるとかあるんじゃないか? 一応、前回は地下室で殺されてたから。今回は妨害して声を掛けた」
「フェニスタは巻き戻っても記憶が連続しているんだね」
「そうだな。女神もシンシアも、それにランダハも覚えていないみたいだが。でももう四周目の朝だ。だから俺、二十時間ぐらい延々とこの本を読んでいるんだよね。この調子だとすぐマスター出来そうだ」
フェニスタが生気のない目で乾いた笑みを浮かべた。だからそんなに疲れているのか、とアンリは納得した。
「女神戦の時はどうだった?」
「冒険者ギルドに寄ってクロロンちゃんと合流したりせずに、広場から直接女神の所に行くんだ。そしたらあれよあれよという間に巻き戻った。
服だったシンシアは、ずっとうるさいほどお喋りしてたぞ」
「ルカルラへの告白は二回目だったの?」
「違う違う! 彼女とは今回初めて会ったかな。
前回は血だらけのアンリだけが広場に立っていて、大鎌も無かった。それで俺に『おはよう。突然倒れたけどどうしたの?』って聞くんだ。
そしたら奇跡の泉から、白銀の塔が誘うように出現したんだ」
「なるほど。勉強になった。ありがとう」
アンリは扉を開け、地下室まで戻ろうと歩き出した。もちろんセーブしておく。
「延々とループするのはウンザリだぞー」
背中からフェニスタの心強い声援が聞こえた。




