50 これからの目標
「じゃあ僕、いや俺は創造魔法の修行を始めると。プロローグは至って普通だったのに、エンディングへの道のりから外れ始めているな」
四人で暖炉の火の前で会話する。フェニスタが覚悟を決めたように口火を切った。
外は寒く気温は落ち、夜も更けてきた。冷えてきたので全員で居間から階段脇の部屋に移動してきたのだ。暗い石造りの部屋の木の床に、ロッキングチェアやランダハが入った籠の影が伸びる。パチパチと暖炉内の薪が燃える音がする。予備の薪は階段の脇に大量に積んである。
階段の下が小さな物置になっており、アンリとシンシア、フェニスタは木の椅子と大きなクッションをランダハの指示で出してきた。
狭い部屋なので、もう少しで場が暖まるだろう。時刻は夜十時を過ぎている。正確な時計は無いが、大体の時刻をガラスに映す、不思議な花時計が壁に掛かっている。ランダハの説明によると、ガラスの周囲に咲く花が時を刻むらしい。花自体は百合のような形で、淡い黄色の蓄光塗料のような色である。
「思えば女神の見た目から違ったような気がするんだよな。美しく魅力的な外見ではあったけど」
フェニスタが銀髪をかき上げ、しみじみと回想する。彼女は一番に、どかりとロッキングチェアに座った。アンリは隣に木の椅子を並べてそこへ座る。
「フェニスタ、この世界の謎を解いてみない? 『女神の古詩』の記述には、興味がそそられる部分があるんだ」
アンリが話したくてうずうずした様子でフェニスタに話しかけた。
「何だって?」
「ここ。ほら読んでみる?」
アンリがシュンと本型に戻ったシンシアの最初のページを開く。字が小さいのでアンリが目を近づけて読み始める。部屋が暗いので夜目スキルも掛けてある。
「曰く、この世界には神々がいる。この神はゲームの神である」
「ほう!?」
「ゲームを司る神々は、ただ一つの神を探すゲームをしている。
その唯一神は人に化けているかもしれないし、深海に潜むただの岩かもしれない。人ごみに紛れているかもしれないし、誰も見たことがない高山に咲く小さな花かもしれない」
「見つけるのは難しそうだな。心の中にある愛かもしれない……なんちゃって。ああルカルラ……」
魔王の婚約者の一人であるルカルラを思い出し、フェニスタが頬を染める。アンリは気にせず続きを読む。少しくさい台詞だと思ったが、ルカルラなら魔王の居城まで行けば簡単に見つけ出せそうだ。物質ではなく精神的な何かを見つけるとしたら可能性が多すぎるし、手掛かりも殆ど無い。
「唯一神が見つけ出された時、ゲームは終わり、在るべき所にいるべき人は戻される」
アンリとフェニスタは目を見合わせる。シンシアは人型に戻って床のカーペットに直接座った。地味な柄のスカートが円状に広がった。小柄なお掃除妖精は、傍らの籠の中でゴロゴロと喉を鳴らすランダハを撫でる。籠が小さすぎてランダハごと転倒しそうだが、サビ猫はうまくバランスを取っている。
「私はその唯一神とやらを探したいと思っているんだ」
「同感。なんか面白そうだな。あと地球に帰れそうな記述だよな」
「魔王を倒すだけでゲームは終わらなければ、一緒に来てくれない? ルカルラにも説明してさ。彼女たちと出来れば協力関係になりたいんだよね。
一つの神を探し、倒せ。さすれば最高の栄誉が与えられる、だってさ。めちゃくちゃ強そうだと思わない?」
アンリがニヤリとした。アンリの場合は地球に帰りたいという気持ちも勿論あるが、歯ごたえのある敵と戦うのも好きである。けっこう好戦的な性格だったんだな、とアンリはこの世界に来てからの自分を振り返る。ルカルラとも女神とも、また戦いたいと思っている。
「テンプレって感じだな。昔のRPGだとありがちなラストかも。
でもだからこそ記述自体に真実味がある。ここはゲーム内なんだから」
「私は応援しますわ。勇者の残り滓として、永遠に女神システムに囚われるのは嫌ですので」
シンシアが立ち上がり、アンリとフェニスタの隣の椅子に座った。ランダハが大きいクッションの上に飛び乗って丸くなる。
「そろそろ寝ない? 明日からフェニスタはさっそく修行ね! シンシアはボクと一緒にいてくれる?」
アンリが自分の顔を指差す。
「私は?」
「アンリは今度こそ妖精髪の姫を助けて来てよ。頼んだよ!」
「あ、ちょっと忘れそうになってた……」
「やっぱり。シンシアとボクは一階のベッドの部屋、アンリは隣の食堂脇に個室があるからそこ。フェニスタは二階の客間ね! 朝食は朝七時だよ。シャワーとトイレは玄関の横ね」
「分かった。ありがとうランダハ。
シンシア、寝る前だから出来るだけMPを分けておくね」
「ありがとうございます。
戦うのであればもっと力を頂いておく必要がありますが、ランダハが守ってくれますのでちょっとでいいですわ」
アンリが思案しながらシンシアの手を握ってMPを渡す。
「でも余るから。多い分には大丈夫でしょ。
私の場合はランダハに襲われないかどうかの方が心配だけど」
サビ猫がシャーとヘビのような音を鳴らす。
「大丈夫だよ。君シンシアの生殺与奪の権を握ってるじゃないか! 僕の大事な人と同じ寿命なんて卑怯だぞ! フェニスタだけなら何とかなったのに……」
「まあランダハ! 相変わらずシャーが可愛いですわね。もっとしてくださいませ!」
シンシアが背中の毛を逆立てているランダハをギュッと抱きしめてにこやかに笑った。
ランダハはせっかく怒っているのに可愛がられ、目を白黒させている。
「アンリ、本当に覚えてろよ!
まあ昔のシンシアに戻してくれたことには感謝しているけどさ」
ランダハがポツリと言った。アンリはその言葉が本心から出たと判断し、ランダハの頭をよしよしと撫でた。サビ猫がシャーともう一度アンリを威嚇した。
「じゃあ今日は解散しようか! 皆おやすみ。明日は食堂に集合だよ」
ランダハがしっぽを振って暖炉の火を小さくした。シンシアがランダハを抱っこしたまま、先王が寝ていたベッドがある部屋に行こうとする。
先ほどから腕を振ったり目を瞑ったりし、自分の身体の調子を確認していたフェニスタが、ランダハ達にこわごわと声を掛けた。
「なあ、俺全然眠くないんだけど……ベッドに入っても寝られそうもない」
「知ってるよ。フェニスタは女神だけど、まだ勇者としての力が残ってるからだよ。
二階の客間に大きな書棚があるよ。右上の方に魔法と触媒の図鑑、中央の棚は全部、創造魔法の理論書だから。今夜から早速勉強してね。明日から実技だよ」
「はあ!? マジか……勉強なんてだるいだけなんだけど」
「時間を有効活用できて良いでしょ! そもそも修行に何年掛かると思ってるの? 休まなくて良いなんてチートだよ。さあ今度こそ解散、解散!」
アンリはランダハに追い立てられるように部屋に通された。扉の後ろから勇者の金切り声が聞こえたが気にしてはいけない。
食堂脇の個室は四畳半ほどの大きさだが快適で暖かく、ふかふかのベッドもあった。元は使用人向けの部屋のようだが、壁紙や調度品も統一された雰囲気に作りこまれ、丁寧に改装してあった。ベッドの他には、小さいチェストとランプ、背の高いクローゼット兼物入れが付いた部屋だ。
クローゼットを開けると薄いネグリジェのような寝着が飛び出してきた。服類がバタバタと外れ、無理やり着替えさせられる。アンリはウィンドウを開いてセーブし、魔法で軽く身繕いした。そしていつも旅行でするように、ポーチの中身を簡単に整理してから就寝した。